Photographer: Sever Zolak Copyright: Parlophone Records Ltd

伝統音楽とクラシックは刺激しあってこそ進化する

 4月のツアーで情熱的なヴァイオリンを披露したネマニャ・ラドゥロヴィチ。最新作『ルーツ』はクラシック界の俊英が主に世界各地の民謡やポップスを演奏したアルバムだ。「心を動かされた曲を選んで、アレクサンダル・セドラーと編曲を考えた。彼はセルビアの作曲家で、クラシックからワールド・ミュージックまで守備範囲が広い。ぼくがヴァイオリンを、彼がピアノを弾いて、それぞれの国の音楽をどう表現するのか、現地の伝統楽器の音を参考に、奏法や調弦を工夫していった」

NEMANJA RADULOVIĆ 『Roots』 Warner Classics(2022)

 選んだのは彼の出身地セルビアやヨーロッパ各地の曲はもちろん、ブラジルを舞台にした映画の主題歌“黒いオルフェ”、キューバの祝祭的な“マンボ”といった有名曲から中国の現代古典曲“バタフライ・ラヴァーズ”まで多岐にわたる。“竹田の子守歌”やルーマニアの“ジェレム・ジェレム”のように、差別や困難に直面した人たちの感情、社会や歴史のドラマを伝える歌もある。そこにこめられた人間性を彼は表現したかったという。日本で長く活躍したヤドランカの“あなたはどこに”は個人的にも思い出深い曲だ。「彼女は旧ユーゴ時代からボスニアのスーパースターだった。この喪失の痛みの歌は、ぼくにとっても、大切な人を亡くした時期に聴いて忘れ難い曲なんだ」

 心あたたまる幸せな曲もある。「“マケドニアの娘”は、その国の少女や風土の美しさをたたえる曲。マケドニア出身の妻は普段は控えめなほうだけど、この曲では珍しくデュオでやりたいと言ってくれた。娘も半分マケドニア人だし」

 クラシックとそれ以外の音楽は〈洗練vs粗野〉と対比されることも多いが、彼の考えは柔軟だ。「いまは教育現場でもクラシックのスタイルで伝統音楽を表現することが教えられている。伝統音楽を否定するのは自分のルーツを否定するようなもの。伝統音楽とクラシックは、両方のアーティストが双方向に刺激しあってこそ進化すると思う」

 自分のDNAを調べたら、思いがけない地域の遺伝子を受け継いでいることがわかったと彼は言う。イタリア、ネパール、インド、ギリシャ……もちろんセルビア。「多様な先祖の遺伝子が交差したところに自分がいるように、伝統的な音楽に別の文化の要素が入ることで新しいものが生まれる。アルバムの最後にインドのラジャスタンの曲を入れたが、自分の中には、まだその響きが残っている気がする」

 ルーツをめぐる彼の旅はこれから先も続きそうだ。