タワーレコードのフリーマガジン「bounce」から、〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに、音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴っていただく連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは青野賢一さんです。 *Mikiki編集部

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 とある事情から2年ほど横浜に足繁く通ったことがある。最初の1年は週に4日ほど、次の1年はやや落ち着いて3日ほどだった。あの頃は我ながら熱心だったと思う――と、含みのある表現をしてしまったが、なんのことはない、大学1、2年次の一般教養過程の話である。わたしが通っていた大学は一般教養課程が横浜キャンパス、3年以降の専門課程は白金キャンパスだったのだ(いくつかの学部は4年間横浜キャンパス)。横浜キャンパスといいながら、実際のところは戸塚。JR戸塚駅から結構な距離があるのでタクシー相乗りが常だった。わたしが通っていた1987、88年は戸塚駅周辺には丸井くらいしかなかったが、はたして今はどうだろうか。

 授業が終わってから、友人と桜木町や石川町、元町などへちょくちょく遊びに行った。現在「横浜みなとみらい21」と呼ばれているエリアの再開発が本格化するのは横浜市制100周年を迎えた1989年。それ以前の同地区は工事前、あるいは途中の殺風景な印象であった。東急東横線と直通運転しているみなとみらい線はまだ敷設されておらず、東横線の終点は桜木町駅だった。

 何もない戸塚から横浜の繁華街に出てすることといえば、服や雑貨を見たりするほか、たまにビリヤードなどもやって、また山下公園に憩いに行ったりもした。服はおもに古着やアメリカからのインポートものを物色していたように思う。1980年代半ばあたりから、その頃にはすっかり浸透していたデザイナーズ・ブランドに飽きてきた若者たちの一部でオーセンティックなアメリカン・カジュアルが流行の兆しを見せつつあった。わたしはアメカジにはさほど強くは惹かれなかったので軽くチェックする程度だったが、それでも横浜で服を見るのはなんだか楽しかった。新品古着問わず、都内でも原宿や渋谷、それから上野のアメ横で同じようなアイテムは見ることができたが、横浜のそれは立地や街の歴史からか外国の「匂い」や「空気」が感じられてまるで別もののように思えた。東京には世界から集まった「もの」はあるが、横浜で見られるものは物質だけでなく各国の「匂い」や「空気」もある、そんなふうに感じたのだ。

 なぜこんな話を書いているかといえば、クレイジーケンバンド(以下、CKB)の23作目となる最新アルバム『世界』を聴いて、先述の横浜によく行っていた頃のことをふと思い出したからだ。横山剣の言葉を借りれば「ライヴ感増量&キレが良くてコシのあるサウンドに仕上がっています」(CKBオフィシャルサイトより)という本作は、その説明に違わずタイトなグルーヴに貫かれたソウルフルな内容。モータウンの諸作やバート・バカラックからの影響を感じさせながらも、現時点でのCKBのオリジナルなサウンドをパーフェクトに提示している。そうしたサウンドにのる歌詞はここではない東洋のどこかの情景を浮かび上がらせ、これによりアメリカをはじめとする諸外国と東洋とが渾然一体となってチャプスイ的な独特の匂いを放っているのである。チャプスイ的であるからには、当然ながらどこか妖しいムードが漂っているのもまたいい。

 物資や人とともに文化の出入りがある港。そうしてもたらされた文化を自家薬籠中のものとしながら、独自に発展していった港町・横浜の姿と重なるCKBの音楽は「港町サウンド」とでも呼びたくなるワン・アンド・オンリーなもの。そんなCKBの港町サウンドがトリガーとなって、わたしは忘れかけていた横浜で見た服や雑貨の匂いを思い出し、久しぶりに横浜を訪れてみたくなった。行くならやはり伊勢崎町や元町。いきおい本牧埠頭まで足を延ばすのもよさそうだ。こんなときはやはり「キザなクルマ ラフに転がす」(『世界』所収「TERIYAKI」)のが気分だろう。惜しむべくはわたしに自動車免許がないことだ。

 


PROFILE: 青野賢一
1968年、東京生まれ。 ビームスにてPR、クリエイティブディレクター、音楽部門〈ビームス レコーズ〉のディレクターなどを務め、2021年10月に退社、独立。現在は、ファッション、音楽、映画、文学、美術などを横断的に論じる文筆家としてさまざまな媒体に寄稿している。2022年7月には書籍『音楽とファッション 6つの現代的視点』(リットーミュージック)を上梓した。

 

〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉は「bounce」にて連載中。次回は2023年11月25日(土)から全国のタワーレコードで配布開始される「bounce vol.480」に掲載。