©Dan Medhurst

 アルバム単位で軽く追うだけでも、往年のそれとは違う先鋭性を纏ったニンジャ・チューンには、老舗としての威光や近年のインディー・バンドの目覚ましい躍進に依拠しないレーベルとして、また違う角度で尖ったアーティストたちが多く集まっているように思う。ロイシン・マーフィー、ナビハ・イクバル、ジェイダG、ユール……音楽性が共通するわけではないが、そこに並ぶモダンな期待株といえばソフィア・クルテシスだろう。ペルーのリマ出身でドイツのベルリンを拠点とする彼女は、10年ほどのリリース歴を経て、2021年にニンジャ傘下のテクニカラーから発表したEP『Fresia Magdalena』で大きな脚光を浴びたDJ/プロデューサーである。

 ドリーミーな昂揚感に溢れたハウス・トラックの並ぶ『Fresia Magdalena』の、なかでも他界した父親に捧げたという“La Perla”などのエレクトロニック・ミュージック界隈における評判の高まりは、彼女が取り掛かるであろうフル・アルバムによってすぐさま大きく広がるはずだった。Mixmagの表紙に登場するなど専門メディアで話題の存在としてフィーチャーされ、グラストンベリーなどのフェスでもパフォーマンス、さらにカリブーとバイセップのツアー・サポートも行った。前後してジョージアやディプロ、フルームといった面々の楽曲をリミックスしてもいる。が、そんな好況のなか、父を見送った数か月後に母親が癌と診断されて長期入院したソフィアは仕事の合間を縫ってリマへ行き来する日々だったという。

 一方で、自身の恩恵のためだけに音楽を作るというマインドから、パンデミックを経て「顔を平手打ちされて現実に引き戻されたような気分」になったというソフィアは、「私たち音楽家はどれだけ特権的で表面的な生活を送っているか気づいていないことがある」と自他に厳しく語ってもいる。そもそも故国ペルーは政治腐敗と抗議活動の繰り返しもあって、この数年で大統領が頻繁に変わるなど不安定な状況にあり、彼女自身もたびたび若者たちと抗議活動に参加(そこでの音声が楽曲でサンプリングされていたりもする)。また、クィアへの迫害によって離れた故国におけるジェンダー平等やクィアの権利を求める活動も行っている。そのようにアーティストとしての影響力を政治や社会問題へのアプローチに行使する重要性をより鮮明に掲げているわけで、ニンジャ・チューン本隊に籍を移した昨年のシングル“Estación Esperanza”に政治活動と音楽を絡めた先人たるマヌ・チャオを招いたのも納得の流れだった。

 「私は自分の音楽がクラブやフェスでプレイされるような曲だけとは思いません。人生で起こる悪いことについて人々に気付かせるように努めています」。

 そんなソフィアが具体的なアルバムへのステップを踏んできたのは今年に入ってからだ。3月に“Madres”、7月に“Si Te Portas Bonito”、 8月に“Vajkoczy”という先行配信を経て、このたび待望のフル・アルバム『Madres』が完成した。同作は彼女の母親と、その奇跡的な手術に成功した世界的な神経外科医のピーター・ヴァイコッツィに捧げられている。

SOFIA KOURTESIS 『Madres』 Ninja Tune(2023)

 DJコーツェやフォー・テットが引き合いに出される作風は、本人いわく「ラテンの心とドイツのモーター」を持つ彼女の、ペルーで育まれたセンスとベルリンの野心的なクラブ・サウンドを個性的に融合したもの。収録曲は、制作時における彼女自身の葛藤を色濃く反映しつつ、全体的なトーンとなっているのは母の回復した喜びや、奇跡的な治癒への希望などを湛えた、穏やかで温かい空気感だ。その雰囲気を美しく象徴するのが、先行カットとして9月に配信された名曲“How Music Makes You Feel Better”のヒーリング的な聴き心地の良さ。ダンス・トラックの勢いや快楽性、社会や人間への眼差しと真摯なメッセージ、情緒的なサウンドスケープ……言うまでもなく、それらは決して相反するものではない。

 


ソフィア・クルテシス
ペルーはリマ出身、ベルリンを拠点とする85年生まれのDJ/プロデューサー。2014年にファーストEP『This Is It』を発表。その後スウェーデンのスタジオ・バーンヒュースと契約し、コンピ『Studio Barnhus Volym 1』参加を経て、2019年にセカンドEP『Sofia Kourtesis』を発表。ジョージアやディプロらのリミックスを手掛ける一方、テクニカラーに移籍した2021年のEP『Fresia Magdalena』が話題を呼ぶ。初のフル・アルバム『Madres』(Ninja Tune)を10月27日にリリースする。