ステファン・グラッペリに捧げた自身初のリーダー作

 『Un violon pour tout bagage(持ち物といえばヴァイオリン一挺きり)』という原題は、ステファン・グラッペリの自叙伝「Mon violon pour tout bagage(持ち物といえば私のヴァイオリン一挺きり)」がインスパイア元になったという。「彼の権利関係を管理するマネジャーから許可を得て、使わせていただいたのよ」とマティルド・フェブレールは胸を張る。

 「このタイトルは、私の人生そのものを表しているみたい。ずっとヴァイオリンひと筋で生きてきたし、ヴァイオリンと共に世界中を巡ってきたから」

MATHILDE FEBRER 『バイオリン、それは私~トリビュート・トゥー・ステファン・グラッペリ~』 RESPECT(2023)

 昨年はシャンソン歌手のクレール・エルジエールの来日公演に参加するなど、セッション・ミュージシャンとして引っ張りだこのフェブレール。彼女が初のリーダー・アルバムを制作するとき、まず頭に浮かんだのが、ジャズ・ヴァイオリンのアイコン、ステファン・グラッペリをトリビュートすることだった。アルバムは、彼が生前にジャンゴ・ラインハルトと共にレコーディングした曲をはじめ、ライブで定番にしていた曲や映画のために作った曲、そして彼女のオリジナルによって構成されている。

 「ステファンが残した音源を徹底的に研究してレコーディングに臨んだのだけど、ファッツ・ウォーラーの“ザ・ジターバッグ・ワルツ”など、まだ私が知らないレパートリーがあることにビックリしたわ。本作ではこうした意外な曲も入れて、私ならではの選曲にしたかったの。そして、彼は若いミュージシャンのクリエイティビティに常に関心を持っていたから、オリジナルを収録することで彼のスピリットも継承できたと思うわ」

 “四月の思い出”のようなスタンダード、“優しきフランス”や“知っていたなら”などのシャンソンの名曲、日本での楽しい思い出を綴ったオリジナル“ジャパン・フィーリング”は軽快なマヌーシュ・スイング、そして見事にスイングするバッハのパルティータ……。アルバムを聴き進めていくと、実に多彩な楽曲が並んでいることに気づく。そしてそれらをつなぐのは「ジャズ」というキーワードである。

 「どの曲にもアドリブが入っているし、本作にはジャズという芯が一本通っている。ステファンの類まれなるインプロビゼーション能力へのオマージュともいえるわね。レコーディングも一発撮りだし。本作をひっさげて、日本のファンにもお会いできることを楽しみにしているわ」