第一期 革新を主流へ導いた〈ジャズ界のピカソ〉マイルス・デイビスの軌跡

 プレスティッジよりコロンビアへ移籍した第1弾『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』(1956年)以降、1985年リリース『オーラ』(ワーナーに移籍する前の)までのソニー全作品に加え、1949年の『パリ・フェスティヴァル・インターナショナル』、ジョン・コルトレーン在籍最後のクインテットによる『コペンハーゲン・ライヴ』(1960年)他を加えた、高音質CD全55タイトルが一気にリリースとなる。

 1955年、ニューポート・ジャズ・フェスティバルに出演した際、“Round Midnight”のミュート演奏が大評判となり、コロンビアと契約することになる。まだ残っていたプレスティッジ契約を全うすべく2日間で録り終えたマラソン・セッション4部作は、ジャズスタンダードのバイブルとして最高の輝きを発しているが、それ以降のマイルスこそが“ジャズ界のピカソ”と称される作品群を創出し続け、ジャズのスタイルを大きく4度変革したと言えよう。

 マイルスのスタート・ダッシュはチャーリー・パーカーのバンド、それも実質ディレクターのような役割を果たしていたのだから、既にジャズ界のスター街道を歩み始めていたと言える。だが、前任者ディジー・ガレスピーのように高速/高音で演奏するのが苦手だったことがむしろ功を奏し、ケンカ腰なソロバトルではなくアンサンブル重視型のクール・ジャズ・スタイルを構築。これが1回目の変革。先ほど述べたマラソン・セッションも、テイクワンだけを採用するなど即興性は高いが、マイルスのディレクションが秀逸でアレンジ的にもよく練られた作品に仕上がっている。

 さて、今回のリリースに関しては肝心の〈その後〉のことをしっかりと述べなければならない。もちろんマイルス一人で築いたわけではなく、そこには必ず良き理解者や協力者がいた。その筆頭と言えるギル・エバンスの独創的な音使いのアレンジで『マイルス・アヘッド』『ポーギー&ベス』『スケッチ・オブ・スペイン』が産み落とされた。床のきしむ舞台、演技やダンスをイメージさせる3部作である。

 『マイルストーンズ』ですでにモード・スタイルを提示してはいたが、アルバム全体としてはまだハードバップ色が色濃く残っていた。同年’58年に参加したビル・エバンス(マイルスとの共演期間はたったの7ヶ月間)を呼び戻して制作した『カインド・オブ・ブルー』では、“So What”や“All Blues”といった、白鍵をカリンバに見立てて創作したと思われるモード手法によってできた名曲や、J-Popで頻出する“Just The Two Of Us”進行の元になったと思われる“Blue In Green”を含む世紀の名盤を残した。

 この頃までのレパートリーをひっさげて、マイルスのライヴ活動が勢いづいたのはウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスによる黄金のクインテット(’64年の『マイルス・イン・ベルリン』から’68年の『キリマンジャロの娘』まで)。中でもショーターの参加は作曲/アドリブの両面においてグループの音楽性を革新し、モードジャズ以降のスタイルを至高のものにした。ここに至るまでが2回目の変革。

 ハービーが新婚旅行中のブラジルで体調を崩した間に加入したチック・コリアは、ハービーにも勝るクリエイティビティをもたらし、過渡期と言えるロストクインテット時代にアグレッシブな魅力を残した。そして、一度は共演を断ったジョー・ザヴィヌルが満を持して参加した『イン・ア・サイレント・ウェイ』。ハービー、チック、ザヴィヌルの鍵盤三人が一堂に会し、ショーター&トニー、そしてイギリス勢のジョン・マクラフリン、デイブ・ホランドが参加。アブストラクトな静寂アンサンブルだがそこには常にブルースが宿り、フュージョンの幕開けといえるサウンドを繰り出した。これが大きなステップとなり、よりダイナミックな問題作『ビッチェズ・ブリュー』発表。これぞ3度目の変革。キース・ジャレット、マイケル・ヘンダーソン、エルメート・パスコアルらが参加したライヴとスタジオのハイブリッド作『ライヴ・イヴル』や、ポストモダンな「オン・ザ・コーナー』、深遠な『ゲット・アップ・ウィズ・イット』など、指向は変えながらも一貫してサイケデリックでスタイリッシュなファンクネスが深みを増し、その路線は1976年の日本公演『アガルタ』『パンゲア』まで続く。そしてマイルスは活動を一旦やめてしまう。

 ’81年に活動を復帰したマイルスがその時期一番頼りにしていたのはアル・フォスター、そして後にプロデュースも務めるマーカス・ミラーである。復帰ライヴを集めた『ウィ・ウォント・マイルス』は、本調子でなくとも眼光が鋭いマイルスとバンドに抜擢された若手メンバーの真剣勝負がコントラストを成す。その頃からマイルスは絵も描き始めるが、ポリフォニック・シンセなど電子楽器や録音技術の進化と共に、エレクトリック・ジャズ・ファンクが熟したのは『スター・ピープル』『デコイ』にかけて。このあたりが4度目の変革と言って良いだろう。以降マイケル・ジャクソンやプリンスに傾倒しサウンドは多彩かつよりポップになる。

 ロバート・グラスパー監修の『エヴリシングス・ビューティフル』も秀逸。エリカ・バドゥが歌う“Maiysha”、スティービー・ワンダーが参加し“Nefertiti”のメロディも登場する“Right On Brotha”など、現代ジャズのテイストで見事にマイルスを蘇らせている。

 一貫してブルース・フィールと色気をにじませ絵画的でアーバン、革新するたびにそれを主流にしてしまったマイルス・デイビス。ジャズ界の帝王であることに改めて圧倒させられる55タイトル!

 


We Want Jazz
第1期は、ジャズの帝王マイルス・デイビスの全アルバムを一挙リリース。初の取り組みとして、マイルス・デイビスの主要アルバム7タイトルに関しては、同一演奏のステレオ音源とモノラル音源が両方入った2枚組CDでリリース。
2023年11月22日発売

●We Want Jazz 公式サイト https://www.sonymusic.co.jp/PR/wewantjazz/
●We Want Jazz 公式プレイリスト https://wewantjazz.lnk.to/samplerpL2