寺沢勘太郎一家による9年ぶりの巡業=ツアーが今年1月に開催された。わずか3公演のみだったためか、1公演終わるたびに観客からは惜しむ声が上がると同時に、それを上回る満足感に溢れた感想がSNS等を埋め尽くしていた。

寺岡呼人、岩沢厚治(ゆず)、内田勘太郎(憂歌団)がひと時の間、義理の家族として音と言葉を交わした記念すべき巡業より、最終日のレポートをお届けする。


 

ぐだつく姿も一興、それが寺沢勘太郎一家

世の中には色々なスーパーグループがいる。ここに記す寺沢勘太郎一家もその言葉に当てはまるだろうか? いや、スーパーグループなのは間違いない。ただ、強風吹き荒ぶ横浜で見た3人のステージは、そんな大層な形容はよしてくれと言わんばかりの力の抜け具合が印象的だった。

寺岡呼人、ゆずの岩沢厚治、そして憂歌団の内田勘太郎が9年ぶりに寺沢勘太郎一家として集結した。〈“寺沢勘太郎一家” 巡業の旅 リターンズ〉と題したツアーは大阪と愛知を巡り、千秋楽となる神奈川・KT Zepp Yokohamaに辿り着いた。

エタ・ジェイムズ、マーヴァ・キング、リオン・ウェア、カーティス・メイフィールド……ブルース、ソウル、R&Bの名曲が開演前の観客を優しく迎え入れる。定刻を少し過ぎたあたりで高倉健“唐獅子牡丹”が流れ始めると、はっぴ姿の3人がゆっくりと登場した。ゆるさ全開のまま各々が位置に着くと、おもむろに内田が“男はつらいよ”を弾き始める。強く張られたブルースギターの弦のしなりがビシビシと会場に轟く。ゆるい空気が一度引き締められたのち、岩沢の前口上も兼ねた挨拶を経てライブの幕が上がった。

寺岡呼人

内田勘太郎

寺岡「今日が終われば、我々はまた塀の中に戻ります」
岩沢「そういう設定だったの(笑)?」

曲の合間に差し込まれるこうした何気ないやり取りがアクセントになり、その日限りのライブが作り上げられていく。9年前のツアーの1曲目でもあった“昔父ちゃんは”を披露した際には、曲に紐付けて3人が〈父ちゃん〉にまつわるエピソードを話していく流れに。一番手の寺岡は「ウチの父ちゃんはそんなに偉くなかった」と笑いを誘うと、〈僕らにとっての音楽の父ちゃん〉として内田を持ち上げる。

続く内田は10代のころ、大阪は心斎橋のレコード店での光景、そしてブルースを聴き始めた当時に交わした〈父ちゃん〉とのエピソードを語る。トリを飾った岩沢は、久々となる寺沢勘太郎一家でのリハーサルで、いきなり内田が曲のキーを忘れた話を披露し見事なオチをつける。ぐだつきながらも曲そのものの空気感とマッチしたトークに、観客は手拍子と笑いで応えていた。

岩沢厚治

ここで寺岡だけを残して内田と岩沢は一度退場。芳賀義彦(ギター)、Dr.Kyon(キーボード)、sugarbeans(ドラム)を迎えた4人編成で“ウムウム”“パドック”“馴染みの店”をパフォーマンスする。初見でもノレるロックンロールナンバー“ウムウム”、品定めされる男の性を歌ったブルースロック“パドック”と、レコーディング前の楽曲を聴けるのも嬉しい。

昨年、寺岡のデビュー35周年&ソロデビュー30周年を記念してリリースされたミディアムナンバー“馴染みの店”で会場は哀愁に包まれる。寺岡が見てきたであろう景色がそのまま詞に落とし込まれていながら、ここにいる一人ひとりの記憶のどこかに引っかかる曲だ。ピアノの音色がセンチメンタルな気分にさせ、最後には〈出会い〉の大切さに触れられる、心温まる瞬間だった。

寺岡呼人

「厚ちゃん」コールが飛び交うなか登場した岩沢。ここからは寺岡との義兄弟コンビのパートだ。9年前の巡業ではベースを弾いていなかった寺岡だが、このパートでは本来の姿=ベーシストとしてステージに立つ。ゆずの楽曲から“方程式2”“ぼんやり光の城”、そして寺岡の“日々平安”を2人だけで披露し、楽曲そのものの良さを伝える。

特に寺岡がお気に入りだという“ぼんやり光の城”は、ここ横浜の近郊にある工場地帯の景色を歌った曲で、それをこの場で聴けるのはなんとも贅沢だ。最後には公演毎の日替わり曲として、ゆずの“灰皿の上から”をバンドメンバーも召集して力強く歌う。寺岡と岩沢の小気味よいやり取りと秀逸なハーモニーを存分に堪能することができたパートだった。