日本のピアノ界の女王、中村紘子がデビュー55周年と古希(70歳)の記念として、モーツァルトの「ピアノ協奏曲集(第24番、26番《戴冠式》)」とショパンの「マズルカ集」を2枚組のディスク(ドリーミュージック)に収めた。いずれも演奏会で弾き込んできたレパートリーながら、録音するのは初めてという。

中村紘子 モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番&第26番「戴冠式」 ショパン:マズルカ集 DREAMUSIC(2014)

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 まず協奏曲。共演が注目の指揮者、山田和樹が率いる横浜シンフォニエッタ。管弦楽が休み、ピアノのソロだけで奏でるカデンツァの部分の作曲は第24番が往年のモーツァルト弾きのリリー・クラウス、26番が何かと話題の新垣隆で、後者は今回の録音のために委嘱した書き下ろしである。

 今年2月、中村は体調を崩し、病院とホールを往復していた。「ベートーヴェンの《皇帝》協奏曲を美智子皇后が聴きに来られた公演で、指揮者が山田さん。初共演でした。基本的素養に富み、バランスのとれた音楽性を備え、人間的にも優れ芸風が卑しくない。自分を必要以上に大きく見せることもない……と非常に気に入り、録音での共演を申し出ました。すごく売れっ子で、セッションの時間が限られていたのは少し残念でしたけど」

 クラウスとは中村が17歳の時、日本でいきなり4手連弾の共演が実現した。「私がそれまで受けてきた日本の音楽教育ではクラシック音楽を神聖と崇め、遊んだり楽しんだりして弾くのは不謹慎とされていました。ところがクラウスさんとのリハーサルを始めたら、ニコニコと色々な遊びを仕掛けてこられ、全く違う世界との出会いにカルチャーショックを受けたのです。以後も師事はしませんでしたけど、米国留学中を含めて随分、かわいがってくださいました。このカデンツァも彼女らしく素直ですっきり。気に入っています」

【参考動画】中村紘子の演奏によるショパン作曲“華麗なる円舞曲”パフォーマンス映像

 

 驚くのは、限られた録音時間ゆえにライヴ並みの緊張感を保つにもかかわらず、非常にくつろいだ語りくちで、装飾音もふんだんに加えた「遊び心」に満ちている点だ。「肩の力が抜けました。要するに自分がピアノを好きで演奏するのが楽しいなら、それで結構なのです。もはや天下に己を問おうとか、思いません」

 モーツァルトとショパン。ありそうでない組み合わせが意外としっくり、統合された美意識の下に共存しているのも発見である。「他の作曲家にはみられない共通点は、どちらも非常に声楽的であることです。例えばブラームスなら声よりもチェロとかホルンとか、音の低くて太い楽器が似合うでしょう。それがモーツァルト、ショパンだと圧倒的に声なのですね」

 私たちも融通無碍の境地に到達したピアノの女王が紡ぐ、心からの歌声にじっくりと耳を傾けてみよう。