Photo by Simon Fowler
©Parlophone Records LTD

バッハからシマノフスキなどへ繋がるアンデルシェフスの今を聴く

 音楽の旅人、という言い方はあまりに通俗的過ぎるかもしれないけれど、ポーランドとハンガリーのルーツを持つ両親の元に生まれ、ヨーロッパをはじめ世界でピアニストとして活躍するピョートル・アンデルシェフスキは、常に意外な場所から現れ、意外なお土産を持って来てくれる。彼のライヴもそうで、次第にその作品の世界の奥に連れて行ってくれるのだが、いつの間にか彼は旅立ってしまい、こちらの世界に聴き手が残される、彼の確かな音楽の印象だけを残して。そんなイメージを私は持っている。最近ではJ・S・バッハの「平均律第2巻」から12曲を選んだ録音(2020年録音)がリリースされており、この1月にはヤナーチェク、シマノフスキ、バルトークという東欧の作曲家の作品を集めたアルバムをリリースした(2016年、及び2023年録音)。

PIOTR ANDERSZEWSKI 『ヤナーチェク、シマノフスキ、バルトーク:ピアノ作品集』 Warner Classics(2024)

 「バッハの音楽も、またシマノフスキの音楽も、小さな頃から自分の近くにあって、演奏もして来たけれど、それだけではなく、他のピアニストの演奏を聴いたり、録音を聴いたりするなかで、自分の身体の中にまるでグラデーションを持った色彩のように、次第に染み込んで来た気がします。だから、特定のこの時期にこの作品に取り組むということは私の場合は無くて、自分がやりたいなと思ったタイミングで、それぞれの録音に取り組んでいます」

 とアンデルシェフスキ。旅人の視線はコロナ禍でも意外なものを発見するらしく、外出禁止令が出されたパリを歩いていたら、「セーヌ川に魚が泳いでいるのを見た。そんなことは初めてだったし、そんな綺麗なセーヌ川を見たのも初めてだった。クルマも走ってないパリは静かで、人間はなんてノイズばかり出しているのだろうとあらためて思わされた」と、ちょっといたずらっ子のように笑う。

 ヤナーチェク、シマノフフスキ、バルトークは彼のルーツに関わる音楽とも言えるが、今回の選曲の理由は?と尋ねた。

 「とりわけシマノフスキに言えることですが、あまり演奏機会に恵まれていない作曲家で、その理由としてはやはり技術的に難しいという点がまずあげられます。それだけではなく、シマノフスキのピアノ曲に内在している色彩感がとても分かりにくいのかもしれません。しかし、それはバッハの作品についても言えることで、平均律の第2巻のそれぞれの曲のプレリュードの多彩さと言ったら、どうしてこんな豊かなイマジネーションで作品を生み出せるのかと本当に驚くほどなのですが、その音楽を書く一方で、バッハは本当に忙しく、いつも子供を抱え、金銭的な問題にも追われている時もあり、そんな中で、あれほど数多くの作品を書いたということがバッハの〈エニグマ(謎)〉ですよね。同じように、シマノフスキの作品もかなり多彩で、しかも民族的な色彩に彩られています。それぞれの作曲時期によってもその色彩感が変化する。だからこそ、私にとっては取り上げてみたい作曲家のひとりとなっています」

 今回録音されたシマノフスキの“20のマズルカ”(抜粋)は1922年頃の作曲とされるが、ほぼ作曲から1世紀を経て、あらためてその魅力を教えられた気がする。

 「シマノフスキの作品もある意味でポリフォニックであり、その複雑な絡みあったポリフォニーの中から、どういうラインを見出して、それを次の部分へと繋げるか、ということはピアニストそれぞれのアイディアに委ねられていると思います。そういう意味で、非常に緻密に楽譜を読み込む必要がある作曲家であり、バッハともその点で共通点が多いと思います」

 今回は他にヤナーチェクの“草陰の小径にて”第2集と、バルトーク“14のバガテル Op.6”というラインナップで、これもアンデルシェフスキらしい構成だ。さて、この4月には再び来日して、ソロ・リサイタルの他、紀尾井ホール室内管弦楽団を弾き振りする(モーツァルトの第23番!の協奏曲ほか)コンサートも予定されている。またどこかへ旅立ってしまう前に、彼の演奏を聴かねば。

 


ピョートル・アンデルシェフスキ(Piotr Anderszewski)
1969年4月4日生まれ。同世代中、傑出した音楽家のひとりとして耳目を集めるピアニスト。スコットランド室内管弦楽団、ヨーロッパ室内管弦楽団、シンフォニア・ヴァルソヴィア、ブレーメンのドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団をはじめ、オーケストラを弾き振りする機会も数多い。2000年よりワーナー・クラシックス/エラート(旧:ヴァージン・クラシックス)と専属契約を結んでいる。

 


LIVE INFORMATION
ピョートル・アンデルシェフスキ ピアノ・リサイタル

2024年4月13日(土)紀尾井ホール
開演:14:00

■曲目
ベートーヴェン:6つのバガテル 作品126/J.S. バッハ:パルティータ第1番 変ロ長調 BWV 825/シマノフスキ:20のマズルカ 作品50より 第3、7、8、5、4番/バルトーク:14のバガテル 作品6 BB 50 Sz 38
https://www.amati-tokyo.com/performance/2312061300.php

紀尾井ホール室内管弦楽団 第138回定期演奏会
2024年4月19日(金)紀尾井ホール
開演:19:00
https://kioihall.jp/20240419k1900.html

2024年4月20日(土)紀尾井ホール
開演:14:00
https://kioihall.jp/20240420k1400.html

■曲目
グノー:小交響曲 変ロ長調/Jモーツァルト:ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488/ルトスワフスキ:弦楽のための序曲/ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 作品15