今年で25周年を迎え、新作も発表されるなど大きな盛り上がりを見せているスクウェア・エニックスのゲーム・ソフト〈SaGa〉シリーズ。その音楽を手掛けてきた〈イトケン〉こと伊藤賢治をご存知だろうか。〈TVゲーム音楽の名曲〉という話題で必ずと言っていいほど名前が挙がる〈ロマンシング サ・ガ〉や、2016年に25周年となる同社の〈聖剣伝説〉シリーズ、社会現象的なブームとなった〈パズル&ドラゴンズ〉などの音楽も担当してきた彼は、ピアノを主体とする流麗かつ荘厳な楽曲と、ハード・ロック/へヴィー・メタルの要素を含むメロディアスかつドラマティックな〈バトル曲〉で高い人気を誇る、ゲーム音楽界の巨人のひとり。日本のゲーム音楽の隠れた歴史を解き明かすドキュメンタリー〈RBMA presents Diggin’ in the Carts〉が2014年にRBMAのサイトなどで公開され、そのなかでフライング・ロータスやJ・ロック、サンダーキャットといった先鋭的な音を鳴らす海外アーティストたちも強い影響を受けていることを公言するなど、日本のゲーム音楽の持つオリジナリティーや特異性に注目が集まるなか、Mikikiは伊藤にインタヴューする機会を得た。その音楽遍歴を辿り、多くの人を惹きつける彼の楽曲のルーツを紐解いてみたい。
幼いころから分析的に音楽を聴いていた
――伊藤さんは4歳でピアノを始められたそうですが、音楽の原体験はどのようなものでしたか?
「歌番組、〈仮面ライダー〉や〈ウルトラマン〉みたいな特撮もの、アニメ、CMソングなど、TVから流れてきたものが記憶に残っています。当時、NHKでお昼前に放送されていた天気予報のBGMはいまでも弾けますね」
――音楽を学びはじめる前から、メロディーやサウンドに興味をお持ちだったんでしょうか?
「確かに、ピアノを始める前から〈こういう音が鳴っている〉〈こういう音階だな〉と音楽を分析的に聴いていたように思います。例えば、オリジナルじゃない音源が収録されたTV番組の主題歌集を聴いて、歌い手や歌い方が違う、なんか音がぶ厚い、変な装飾音が入ってるな、みたいなことにも気付いていました」
――ピアノを始められたきっかけを教えていただけますか?
「当時住んでいた団地にピアノ教室をやっている部屋があって、自分が興味を持ってる様子に気付いた親が〈やってみる?〉って言ってくれたのがきっかけです。ピアノは13歳まで習っていて、作曲を始めたのは10歳の手前くらい。最初のほうに作ったのはフォルクローレの〈コンドルは飛んでいく〉みたいな……ほとんどそのままじゃないか、っていう曲でした(笑)」
――ピアノをはじめてからも、TVの音楽番組などはご覧になっていましたか?
「『NTV紅白歌のベストテン』やテレビ東京の『ヤンヤン歌うスタジオ』など、幼稚園から小学校くらいまでTVの歌番組が多かったんで、観まくってましたね。ラジオも中学生くらいまで熱心に聴いてました。それで沢田研二に始まり新御三家(西城秀樹、野口五郎、郷ひろみ)、あとグループではゴダイゴとかいろいろなアーティストを聴いていって」
――当時の沢田研二の人気は凄かったらしいですね
「僕もジュリーは“勝手にしやがれ”くらいからずーっと追いかけていて、“カサブランカ・ダンディ”のバーボンを口に含んでのプーっと吹き出す仕草や“勝手にしやがれ”で帽子を投げるアクションにも夢中になってました。あと結構好きだったのは狩人。母親も音楽が好きで、一緒に音楽番組を観ていて〈狩人の兄と弟どっちがいい?〉みたいな論争もしていました(笑)」
――新御三家でそれぞれ思い入れのある曲はありますか?
「西城秀樹なら“ブルー・スカイ・ブルー”、野口五郎なら“序曲・愛”とか“氷をゆらす人”、郷ひろみなら“マイ・レディー”かな。そういえば俳優の半田健人さんは昭和の歌謡曲に詳しいらしいですし、チャンスがあれば一緒に歌謡曲の話をしてみたいですね」
――女性アイドルも聴いていましたか?
「70年代は大人気だったピンク・レディーや、桜田淳子、山口百恵なんかはよく聴いていました。中島みゆきが桜田淳子に提供した“しあわせ芝居”みたいに、フォークやニューミュージック系のシンガー・ソングライターがアイドルに書いた曲が特に好きでしたね」
――特撮やアニメも引き続きご覧になっていたのでしょうか?
「〈宇宙戦艦ヤマト〉は大好きでした。音楽も、川島和子さんのスキャットを含めて確固たる世界観があるところに惹かれました。宮川泰さんの劇伴もすごく高度なことをやっているのに、まさにポピュラー・ミュージックと言えるわかりやすさがあるし。うちらの世代は〈ヤマト〉派と〈ガンダム〉派に分かれてよく論争してましたよ。自分が関わったゲームボーイの〈サガ2秘宝伝説〉に出てくる武器〈はどうほう〉の効果音は、ヤマトの波動砲を参考にして作り込みました(笑)」
――80年代の音楽はどのような印象をお持ちでしょうか?
「アイドル番組が確立して、たのきんトリオ(田原俊彦、近藤真彦、野村義男)、松田聖子、河合奈保子、柏原芳恵なんかが台頭してきて、ピンク・レディーもまだいて、みたいな時代かな。当時、初めて自分のお金で買ったのはイモ欽トリオのLP『ポテトボーイズNo.1』。それと野口五郎の“氷をゆらす人”、マッチの“ブルージーンズメモリー”と河合奈保子の“スマイル・フォー・ミー”、のシングル3枚を一緒に買いました。あと80年代のアイドルでは菊池桃子に妙に引っ掛かってて。やっぱり楽曲が良かったのかな? バップ・レコードの精鋭が集まってたから」
――当時は大型イヴェントもたくさん行われていましたよね。
「85年に行われた〈ALL TOGETHER NOW〉が特に衝撃的で。実際には行けなかったんだけど、ラジオで放送された特番を録音して何度も聴きました。1曲目で吉田拓郎とオフコースが一緒に演奏したのから始まって、最後の佐野元春とサザンオールスターズのコラボまで興奮しっぱなしでした。再結成したはっぴいえんどの“さよならアメリカ さよならニッポン”は、高度すぎて当時の自分にはよくわからなかったですけど」
――ピアノは弾き続けていらしたんでしょうか?
「スコアが載ってる歌本とかを買って弾いたりしてました。LOOKの“シャイニン・オン 君が哀しい”とかよく弾いてたなぁ。鈴木トオルさんの声はいまでも唯一無二だと思ってるし、ご縁があればコラボしたいくらいです」
――その頃から海外の音楽も聴きはじめたそうですね。
「ビリー・ジョエルから洋楽もいろいろと聴くようになりました。僕が初めて買った彼のアルバムは、“Pressure”の入った『The Nylon Curtain』。あの頃はYAMAHAのシンセサイザーのDX-7がブームだったし、“Pressure”のイントロはまさにあの音だなって。ほかにはA-haとかエア・サプライ、ギルバード・オサリバンなど、メロディー重視で聴いてました」
――当時はニュー・ロマンティック系やハード・ロックも流行っていたと思いますが、そのあたりも聴かれていましたか?
「周りの友達が聴いていたからチェックはしてたんですけど、メロディーがシンプルすぎたりリフばっかりの音楽はあんまり好きになれなくて。当時から盛り上がるメロディーが好みでした」
――そのあたりに〈イトケン節〉とも言われる伊藤さんが作られるメロディーの源があるのでしょうか。
「ビートルズでもポール・マッカートニーの曲が好きだし、やっぱりキーボードの音とメロディーを重視して聴いてたんだと思います」
――88年に音楽の専門学校に入学されたそうですね。
「シンセを使った音作りなどを学べるという理由で〈電子音楽コンサート科〉を選んだんですけど、その科の第1期だったから先生方もどう扱っていいかわからなかったらしく、自分たちで開拓していかなくちゃならなくて、いろいろと苦労しました。その頃、シンセはDXシリーズが全盛で、KORGのM-1も衝撃的だったなぁ。サンプラーも出回りはじめてて、ローランドのS-50なんかが学校にありました」
――そこで最新の機材に触れられていたんですね。
「あと専門学校にPC-98があって、カモンミュージック社の音楽ソフト、レコンポーザが入ってました。小室哲哉さんとかが使っているのを知ってたんでレコンポーザには興味があったんですけど、数字を打ち込む画面がまったく音楽的じゃなかったから、あまり馴染めなくて。結局、自分が演奏したものを友達に打ち込んでもらってましたね」
友達が遊んでいた〈ドラクエIII〉の音楽にショックを受けた
――ここまでお話をうかがった限りではゲームやゲーム音楽の話が出てきませんが、ゲーム音楽に興味を持つきっかけはあったのでしょうか?
「もともと熱心にゲームをやっていたわけではないんです。特にロールプレイング・ゲームは〈ここで薬草を買わないといけない〉〈ここで村人に話を訊かないといけない〉みたいな枠組みが面倒で……。音楽もピコピコいってるだけだな、と思ったし。でも、あるとき友達が遊んでいた〈ドラゴンクエストIII〉の音楽にショックを受けたんです。ファミコンのピコピコなんだけど、そのピコピコがすごく心地良く聴こえて」
――〈ドラクエIII〉の音楽はほかのゲームと何が違ったんでしょう?
「プログラム的な分解能力だったり、表現力っていうものがまったく違っていました。すぎやまこういちさんの作られた楽曲を打ち込んだ、プログラマーのクォリティーがダントツで高かったんだと思います。ファミコン版の音源の最終確認はすぎやまさん自身が行われたと思うので、機会があったら〈ドラクエI〉〈II〉と〈III〉の間に何があったのかご本人に訊いてみたいですね」
――そこからスクウェア(現スクウェア・エニックス)に入社するきっかけを教えていただけますでしょうか。
「就職のためにあちこちのゲーム会社にデモテープを送ったけど、どこもダメで。最後にもう1社受けて、そこが無理なら音楽家になるのは諦めよう、と思って受けたのがスクウェアでした。当時の『ファミコン通信』の新作紹介コーナーに載っていた〈ファイナルファンタジーIII〉のグラフィックがダントツに美しくて、ここならクォリティーが高いソフトが作れるんだろうな、と思ってデモテープを送って。それを聴いた植松伸夫さんが〈こいつ、いろいろできそうだな〉と思ってくれて拾ってもらった感じです」
――採用までに何か課題はありましたか?
「最初にスクウェアに送ったのはレーシング・ゲーム用の音楽とかシューティング・ゲーム用の音楽みたいなものだったんですけど、ヴァンゲリスのようなシンセものやフォーク調の曲は作れるか?っていうお題が出て、すぐ作って送り直しましたね」
――先ほど小室哲哉さんの名前が出ましたが、当時から注目していたんでしょうか?
「TM NETWORKの動向と坂本龍一さんのソロ・ワークはチェックしていました。坂本さんは『音楽図鑑』とか『未来派野郎』をよく聴いてたなあ。専門学校でも、小室さんと坂本さんの音楽を違いを分析するような授業もありました」
――専門学校で学んだことはゲーム音楽の制作に活かされましたか?
「実はあんまり……。ゲーム音楽は現場主義ですね。植松さんと一緒に〈サガ2〉をやって、初めてソロで担当したのは〈聖剣伝説 -ファイナルファンタジー外伝-〉。ゲームボーイのソフトの曲は、macの〈Vision〉というソフトで作った3和音のものを98にコンヴァートするって感じで作ってました」
――ゲーム音楽を作っていくうえでのターニングポイントはありましたか?
「やっぱり〈ロマンシング サ・ガ3〉です。〈四魔貴族バトル〉という曲が作れてからは、エレキ・ギターを使わないみたいな、自分のなかでのタブーが取れたというか」
――〈四魔貴族バトル〉はメタル的な要素が強く感じられるナンバーですが、どこからヒントを得たものなのでしょうか
「実はX JapanとかTHE ALFEEですね。ツー・バスはYOSHIKIさんの影響があったり、ギター・ソロは高見沢俊彦さんやBOWWOWの山本恭司さんからインスパイアされていたり。あと、亡くなられましたがチューリップの安部俊幸さんのコーラスがたっぷりかかったギターの音も好きで、そのあたりも影響を受けてます」
時代時代の音楽のエッセンスをたっぷりと吸収し、メロディーという揺るぎない軸を持って音楽を紡ぎ続ける伊藤は、〈SaGa〉シリーズの新作ゲーム〈インペリアル サガ〉〈サガ スカーレット グレイス〉でもその手腕をおおいに振るっている(〈サガ スカーレット グレイス〉は2016年発売予定)。
なお、11月22日(日)にテレビ朝日で放送される「題名のない音楽会」には伊藤の師にあたる〈ファイナルファンタジー〉シリーズの音楽などを手掛けた植松伸夫がゲストとして登場。伊藤の作曲した〈パズドラ〉の楽曲も演奏される予定だ。さらに、2016 年1月30 日(土)には伊藤のプロデュースによるコンサート〈SQUARE ENIX Presents 聖剣伝説LIVE ~Echoes of Mana~Produced by Kenji Ito〉が中野サンプラザで開催。この公演のために特別に編成された伊藤率いるスペシャル・バンドによる演奏のほか、多彩なゲストを招いたトークも行われる予定なので、ファンはもちろん今回のインタヴューを読んで気になった人はぜひ足を運んでほしい。
〈SQUARE ENIX Presents 聖剣伝説LIVE ~Echoes of Mana~Produced by Kenji Ito〉
日時/会場:2016 年1 月30 日(土) 東京・中野サンプラザ
開場/開演:16:00/17:00
チケット代:全席指定 7,500円(税込)
・ローソンチケット プレリクエスト 11月12日(木)12:00~11月18日(水)23:59
・チケットぴあ プレリザーブ 11月12日(木)11:00~11月23日(月)23:59
・イープラス プレオーダー 11月13日(金)12:00~11月19日(木)18:00
※各プレイガイド所定の会員登録が必要になります。
※ご当選された場合、チケット代金のほか各種手数料が必要になります。
チケット一般発売:11月28日(土)10:00 ~
※購入の際に所定の発券・発送手数料がかかります。
※未就学児入場不可。
問い合わせ:DISK GARAGE( 050-5533-0888/平日12:00-19:00)
【ミュージシャン】
・伊藤賢治(ピアノ、キーボード)
・上倉紀行(キーボード、ギター)
・太田光宏(ギター)
・吉池千秋(ベース)
・滝山清貴(ドラム)
・藤本記子(ヴォーカル)
・岸川恭子(ヴォーカル)
・Stereophonik [牛山玲名、須原杏(ヴァイオリン)、梶谷裕子(ヴィオラ)、越川和音(チェロ)]
※ゲスト奏者:成田 勤(キーボード)
【スペシャル・ゲスト】
・石井浩一(株式会社グレッゾ)
・小山田 将(株式会社スクウェア・エニックス)
・菊田裕樹
・下村陽子
http://seiken.harmonics.co.jp/