〈メロウ・ポップの達人〉なんてふうにも呼びたくなるオランダのシンガー・ソングライター/プロデューサーのベニー・シングスが、去る11月に5枚目のアルバム『Studio』をリリースした。USとアムステルダムにある自身の〈スタジオ〉でレコーディングを行ない、80s的なシンセ音やヒップホップ経由のビートを用いて完成させたこのアルバムは、こだわりの度合いと軽やかさの塩梅もまたちょうどいい新章スタート盤だった。

その新作の発表と同タイミングにベニーが来日。11月19日にceroと東京・恵比寿LIQUIDROOMで共演し、続く21日には土岐麻子をゲストに迎えたスペシャル・ライヴをBillboard Live Tokyoで行なった。土岐は以前からベニーの作品を愛聴し、自身のラジオ番組「TOKI CHIC RADIO」に彼を招いたりもしていた。ベニーの来日前に実現したBillboard JAPANのオープン・レター・プロジェクトでは互いにメッセージを送り合い、そのやり取りから今回のスペシャル・ライヴで一緒にプレイする曲が決まったりも。公演当日は土岐とベニーの自作曲をひとつずつと、土岐の提案で決まった熊本民謡“おてもやん”を共に演奏し、ステージ初共演とは思えない息の合ったパフォーマンスで会場を温めた。

ちなみにベニーは77年、土岐は76年生まれ。国は違えど同世代である2人が通ってきた音楽は近いものがあり、それもあってか両者が今年リリースしたアルバム(土岐は7月に〈都会で暮らす不惑の女性のサウンドトラック〉をテーマにした『Bittersweet』を発表)には、80sポップのシャワーを浴びて育った世代ならではの現代シティー・ポップと言えるような感覚が共通してあった。そんなわけで今回Mikikiでは、スペシャル・ライヴの前日に都内のスタジオで行われていたリハーサルの合間に2人の対談を敢行。それぞれの志向性や耳にしてきた音楽のことについて話してもらいながら、改めて共通点を探ってみた。

★ベニー・シングスの歩みを〈Free Soul〉橋本徹が語った記事はこちら

 

土岐さんの音楽が大好きだし、似てるなって感じるところがたくさんある。言葉で言うなら〈ハッピー・サッド〉な感覚(ベニー)

――リハーサルも観てましたが、いい感じでしたね。一緒にやるのは今回が初めてなんですよね?

土岐麻子「まったく初めてです。今回は私の“BOYフロム世田谷”と、よくライヴで歌っている熊本民謡の“おてもやん”、そしてベニーの曲を一緒に歌うんですけど、普段から歌っている2曲も全然違うものに思えるくらいフィーリングが変わって。それが自分の歌にも影響して、すごく新鮮な感じがしましたね」

ベニー・シングス「僕にとっても新鮮だった。彼女は素晴らしいシンガーだから、一緒に歌えるのが本当に嬉しいよ」

――民謡の“おてもやん”もベニーの手にかかると、さらにグルーヴィーになっていいですよね。

土岐「アレンジは私が普段ライヴで歌っているそのままのもので、それは江利チエミさんが1950年代の終わりに発表したその曲のアレンジを引き継いだものなんですけど、ベニーが演奏するとまた違うものになる。構成やフレーズなんかは同じなんだけど、そこにベニーならではのタイム感があるというか。それがおもしろかったですね」

江利チエミ“おてもやん”

 

ベニー「とても楽しい曲だよね。コーラスをするのも楽しかったよ(笑)。でもなかなか複雑な構成の曲だから、ちゃんと勉強しなきゃならなかった。いままで日本の民謡を聴いたことがなかったけど、この時代のアレンジメントはいまでも十分クールだよね」

土岐「もともとの民謡はあんなふうに楽器が鳴っているわけではなく、私がこの曲を取り上げるようになったのも江利チエミさんのヴァージョンでのアレンジに惹かれたところがあったから。でも日本全国にいろんな民謡があって、これみたいにポップソングのフォーマットでアレンジするとまた新鮮に聴こえると思うんですよ。だからベニーも興味があれば、これからいろんな民謡をアレンジしてみません?」

ベニー「ああ、いいねぇ(笑)。じゃあ、それをやってツアーもしようか」

土岐「いいですねぇ。ベニーはメランコリックなのが好きだろうから“佐渡おけさ”とかどうかな。東北のほうには結構メランコリックな感じの民謡もあるんですよ」

――ベニーのアレンジで土岐さんの歌う“佐渡おけさ”、ぜひ聴いてみたいものです。ところで土岐さんがベニーの音楽を好きになったのはいつ頃だったんですか?

土岐「『Benny… At Home』(2008年)が出た、たぶんその直後に車の中で曲を聴いたんですよ。それで一聴して好きになって。聴いたときに、〈あ、これはいまの音楽だな〉ってすごく思いました。海外の音楽に憧れるその距離感というのは、国によってもアーティストによっても違うものですけど、ベニーの曲を最初に聴いたときに、なんだか近い感じがしたんですよね。国は違うけど勝手に〈仲間だ〉って思ったんです」

2008年作『Benny… At Home』収録曲“Let Me In”

 

ベニー「嬉しいな。僕も土岐さんの音楽が大好きだし、似てるなって感じるところがたくさんある。言葉で言うなら〈ハッピー・サッド〉な感覚。そこがすごく近いと思うんだ」

土岐「あ、私もそう思う。あとヘンな言い方だけど、ベニーの音楽ってヤンキーっぽさがまったくないんですよね。例えばジャスティン・ティンバーレイクなんかも私は好きなんだけど、聴いてるとああいう人でも途中でオラオラ感のある音が入ってきたりする。ベニーの音楽にはそれがまったくないから」

ベニー「アハハハ(笑)。ないねぇ、確かに。それってなんだろ。やっぱり育った環境と、あとはもともとの自分の性格なのかな。僕は例えば大工仕事なんかには向いてなくて、そばにいる誰かと話をしている時間のほうが好きだったりするから」

土岐「オランダの国民性みたいなのもあるのかな? オランダの人で会ったことあるのはベニーとジョヴァンカだけだからわからないけど」

ベニー「いやいや、そういうわけじゃないよ。オランダにおいても僕は〈やわな奴〉だって思われてるほうだから(笑)。でもドックス(Dox)のみんなは、僕をやわな奴としてじゃなく、ちゃんと普通に見てくれてる。レーベルのみんなもソフトな人たちだからね。オランダのラジオって、ラウドなギター・ミュージックみたいなのばっかりかかってるんだ。だから僕の音楽が自国でレヴューされると、大抵〈ソフトすぎる〉とか書かれちゃう。〈荒さがなくて退屈だ〉なんて書かれたこともあるよ。あいつら、バカだよね(笑)」

土岐「アハハハハ(笑)」

――ベニーはそのソフトさゆえに、女性シンガーをプロデュースするのが上手いというか、とても向いてると思うんですよ。そんなベニーにとっての好きな声質ってどんなものですか?

ベニー「声質というか、歌い方で好きなタイプはハッキリしてる。声量はあるけど、軽くふんわりと歌える人が好きなんだ。もともとは豊かに出せる声を持っていながら、それをそのまま出すのでなく、細やかに表現できる人ということだね。土岐さんもそういう人だと僕は感じてる。とても豊かな声を持っていて、歌うときはふんわり歌うよね」

土岐「うん、ありがとう。ルース・ヨンカーの作品が私は大好きなんだけど、彼女もそういうタイプですよね」

ベニー「そうだね。彼女もとてもいい声だ。いま彼女は新しいアルバムを作っているところだよ」

ルース・ヨンカーの2010年作『Mmmmm』収録曲“New Dress”

 

――ベニー自身もふんわり歌うほうですよね。土岐さんとベニーは歌い方に共通点があって、お2人ともちょっと鼻から空気が抜けるように歌うというか。決して声を張らず、隣にいる誰かに話しかけるように歌っている感じがします。

土岐「大海に向かって歌うようなタイプの人っているじゃないですか。私にはなぜあれができないんだろうって考えたことがあるんですけど、たぶんそれは住宅事情が関係してるんじゃないかと思って。私、マンション生まれのマンション育ちなんですね。しかも1階じゃなかったから歩くときも下の階のことを気にして、そーっと歩く癖がついていて。両親が静かに喋るタイプだったというのもあるけど、やっぱり大自然に囲まれて育った人とは普段から声の出し方が違うんですよね。それが染みついてる。だからこれって、都会っ子ならではの声の出し方なんじゃないかな」

ベニー「なるほど、そうかもね。そういうのはきっとあるよね。で、僕に関して言うと、やっぱりもともとの性格的なものじゃないかなと思ってる。内向的なところがあって、そんなに大きな声で歌えないというか(笑)。音にしてもソフトなものが好きだし、楽器もギターよりピアノのほうが好きなんだ。ビートもどこか柔らかさを含んだものを求める傾向にあるね」

土岐「私も歌と声の表現の繊細さにこだわるかな。特にレコーディングではそれを意識しますね。ライヴではもうちょっとデフォルメするけど。あと、歌詞に関しても、大きな愛、大きな平和を歌うよりは、そのなかの微妙なニュアンスを掬い上げたい。それは心の機微みたいなもの。なので、そうなるとサウンドも自然に繊細さやソフトさを求める傾向が多くなりますね」