(C)島袋智子

 

 詩吟とは、今でこそあまりなじみのないものに感じられるかもしれませんが、僕が子供のころの昭和40年代には、町内に詩吟教室をやっている家があったりして、よく大きな声が聞こえてきたりしたものでした。そもそも詩吟とは、文化芸術振興基本法に定められているような生活文化のひとつであり、茶道、華道、書道などとおなじもので、「吟道」と呼ばれ、いわゆる伝統芸能とは異なるものなのです。

乙津理風 詩吟女子 センタ-街の真ん中で名詩を吟ずる 春秋社(2014)

 この本の著者、乙津理風さんは、ご両親の影響で5歳より詩吟を始めて、いまでは最年少女流師範となり、なんと教場も持たずに、渋谷のセンター街のカラオケボックスでノマド的に「ナチュラル詩吟教室」を開いているのです。その一方で、neohachi(ネオハチ)という、詩吟の歌唱法で日本的風情を織り込んだ歌詞を吟ずる2人組のテクノ・グループでも絶賛活動中なのです。僕は、かつて彼女たちのCDに解説を書いたことがあります。そこでは、ある生活文化が現在の生活様式と相容れないものになり、時代とともに変化していくことができなくなると、保存されるだけになってしまい、それは生きられた文化とは言えなくなってしまうこと、それを生かすために詩吟を同時代的な変化にさらすこと、それによってかつての生活文化を再生させる可能性があるかもしれない、というようなことを書きました。

 太平洋戦争以前にはより生活に根ざした文化であった詩吟は、戦後GHQにより禁止されたこともあり、だんだんと人々の楽しみとしての側面が失われていきました。そこで、もういちど生きる力を高める日本の習い事文化としての詩吟を通して、純粋に歌うことの楽しさに回帰しようというのが、この本の大きなテーマなのです。そして、詩吟を「現代人のための詩吟」としてアップデイトするために、現代の生活に根ざした生活文化としての詩吟を提案しているのです。

 乙津さんの詩吟教室には20代の若い女性が多いそうで、この本も書名のとおり「女子」に向けられていますが、もちろん女子だけがターゲットという訳ではありません。この本では、1年12ヶ月の生活の節目のいろいろな場面と、その時々に吟じたい詩の現代解釈とを重ね合わせて、なんとも腑に落ちる説明がなされています。まずなによりも詩吟を日常的な体験に近づけるには、生活にもとづく実感から入るのが一番でしょう。また、発声法を通じた実用的な効用がある、といった入口もたくさん用意されています。文章の洒脱さもとても気持ちよく、CDもついて練習にも鑑賞にも使える、なんとも楽しい入門書であることでしょう。