COLUMN

ボウイとの蜜月から40年、イギー・ポップ最後の晩餐―ベルリン時代をジョシュ・ホーミらと遡った新アルバムを読み解く

イギー・ポップ『Post Pop Depression』特集:第2回

ボウイとの蜜月から40年、イギー・ポップ最後の晩餐―ベルリン時代をジョシュ・ホーミらと遡った新アルバムを読み解く

イギー・ポップのニュー・アルバム『Post Pop Depression』がついにリリースされた。〈オレはすべてを備えた男じゃない/名ばかりの男さ/誰ひとり気付かないような/淋しく物悲しい功績〉(“American Valhalla”)と歌う孤高のカルト・ヒーローは、〈最終章〉と位置付けるこの新作で、これまでのキャリアへの評価も一新しそうな凄みをアピールしている。これまでの歩みを振り返った第1回に続いて、総力特集の第2回は『Post Pop Depression』のロング・レヴューをお届けしたい。プロデュースを務めたジョシュ・ホーミと演奏陣についてや、今作のトピックであるデヴィッド・ボウイと過ごしたベルリン時代との関連性、充実したアルバムの楽曲群と今後の展望などを詳しく解説してもらった。 *Mikiki編集部

★第1回:イギー・ポップのキャリア再検証記事はこちら
★第3回:オカモトショウ(OKAMOTO'S)&渡辺大知(黒猫チェルシー)対談はこちら

IGGY POP Post Pop Depression Caroline/Hostess(2016)

 

制作陣から連想するロウなイメージと離れた、
〈ポスト・イギー・ポップ〉を意味するアルバム

クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ(以下QOTSA)/イーグルス・オブ・デス・メタルのジョシュ・ホーミがプロデュースを担当。さらにそのジョシュをはじめ、QOTSA/デッド・ウェザーディーン・フェルティータ(ギター/キーボード/ベース)、アークティック・モンキーズマット・ヘルダース(ドラムス/パーカッション)がバッキング・メンバーとして演奏に参加――そのニュー・アルバムの制作陣を最初に目にしたとき、これはイギー・ポップにとっていわば〈ポスト・ストゥージズ〉を意味するダーティーでロウ、フリーキーでサイケデリックなロック・サウンドを追求した作品になると大方は想像したのではないかと思う。

再結成後、2009年にギターのロン・アシュトン、その5年後にドラマーのスコット・アシュトンとオリジナル・メンバーが相次いで鬼籍に入り(昨年には『Fun House』でサックスを吹いたスティーヴ・マッケイも急逝)、2013年のアルバム『Ready To Die』とツアーを最後に、実体としては開店休業の状態にあったストゥージズ。また、ソロ名義のアルバムと言えば、近年はジャズ・ヴォーカルやフレンチのカヴァーといった異色作を続いて発表。そうした近況も併せて踏まえれば、そろそろ派手に暴れたがっている――とイギーの腹の内を勘繰らせて十分すぎる〈布告〉に思えたわけだ、あのメンツは。

クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジの2013年作『...Like Clockwork』収録曲“Smooth Sailing”

 

イギー&ザ・ストゥージズの2013年のライヴ映像

 

しかし、そうではなかった。最新作『Post Pop Depression』は、ストゥージズを引き継ぎオルタネイトしたアルバムではない。かと言って、近作のようなパーソナルな趣味性を追求した作品とももちろん異なる。今回のアルバム・タイトルは、レコーディング・セッション後にディーンがジョシュの携帯に送ったメール「レコーディングが終わっちまって、イギーと一緒にプレイすることもなくなってしまうのか。〈(イギー・)ポップ後うつ病=Post Pop Depression〉になっちまいそうだ」から取られたものだそうだが……いや、であればそれこそ今作は、〈ポスト・ストゥージズ〉ではなく〈ポスト・(イギー・)ポップ〉を意味するアルバムに相応しい、と言えるのではないだろうか。

※産後鬱病=Post partum depressionの〈産後(partum)〉をイギー・ポップに置き換えている

 

ベルリン3部作と並行して生まれた、
ボウイとの共作2枚とニュー・アルバムの関係

『Post Pop Depression』の制作にあたり、その出発点としてイギーとジュシュが意識したというのが『The Idiot』と『Lust For Life』(共に77年)。ご存知、70年代の終わりにデヴィッド・ボウイのプロデュースで制作され、イギーがソロ名義で発表した最初の2枚のアルバム。つまり、今作は掻い摘んで言えば、その両作品の続編的な位置付け――というのが青写真のひとつとして当初あったことを2人は明かしている。

ストゥージズの解散後、折からのドラッグ禍も祟り、どん底を見た音楽キャリアの再生の起点となった作品であり、ストゥージズ/ソロを通じて重要作が並ぶディスコグラフィーにおいても特別な場所に置かれる2枚。その評価を現在も至らしめているのはもちろん、ボウイのプロデュースによってもたらされた先駆的なサウンドであることは言うまでもない。

ご承知の通り、当時はボウイ自身もまた、並行してブライアン・イーノと共に着手していたベルリン3部作によって音楽的な変革を遂げていく過渡期にあったタイミング。その『Low』(76年)をはじめベルリン時代の(正確にはその前夜にあたる76年作『Station To Station』あたりから)ボウイ作品に参加するNYハーレム出身のリズム・セクションによって持ち込まれた、ファンクやディスコを咀嚼したエクレクティックなダンス・フィール。そして、シンセサイザーやリズム・マシーンの導入に見られるアンビエントやクラウトロック経由のエレクトロニックなアレンジ/プロダクション。とりわけ、イアン・カーティスグレイス・ジョーンズから、ジェイムズ・マーフィーLCDサウンドシステム)まで魅了した『The Idiot』について、〈ジェイムズ・ブラウンクラフトワークの出会い〉と評したのはイギー本人だったが、片や自身は作詞と歌唱に徹することで、ストゥージズ時代のエキセントリックで破滅型のパフォーマーではない、ロック・ヴォーカリストとしての自己像となる礎を築いたのもこの両作品だった。

『The Idiot』収録曲“Nightclubbing”。グレイス・ジョーンズによる81年のカヴァーはあまりに有名

 

LCDサウンドシステムの2010年作『This Is Happening』収録曲“Somebody's Calling Me”。“Nightclubbing”へのオマージュと言える内容

 

その〈続編的な位置付け〉とはすなわち、あのもっとも音楽的な刺激に満ちて、変化に対して貪欲だったイギー・ポップがそのままもしも自身の〈3部作〉を作り上げたとしたら……という絵に描いた理想のような着想だった、と言っていいのかもしれない。そうした青写真を元に制作がスタートしながら、結果的にはまったく別の作品に辿り着いた、と語っているジョシュ。しかし、それでもこの『Post Pop Depression』と、かつての『The Idiot』と『Lust For Life』との間には、繋がりを確かに聴き取ることができる。

左から、ジョシュ・ホーミ、イギー・ポップ

 

40年間の紆余曲折を経て、
満身創痍になった男の円熟

サウンド全体はずっしりと重く、その顔触れが物語るようにハード・ロックやブルース・ロック的な無骨さを湛えつつも、タイトなリズム・セクションが手綱を握る抑揚が効いて引き締まった演奏。跳ねるように掻くギター、ベースとドラムが裏拍も刻んで絡み合うバンド・アンサンブルは、ダンサブルで、ファンキーでさえある。“Sunday”や“Gardenia”はその骨頂だ。

『Post Pop Depression』収録曲“American Valhalla”。イントロのリフなどが『The Idiot』に収録されたイギーの人気曲“China Girl”を想起させる

 

さらに、“German Days”や“Paraguay”が聴かせる、リフと低音でなめされた厚みのあるロック・グルーヴは、やはりQOTSA界隈によって持ち込まれて強化されたものだろう。なかでもマットの貢献度については、ジョシュやジェイムズ・フォードシミアン・モバイル・ディスコ)とも組み、作品ごとに固有のグルーヴを求めてプログレスを重ねてきたアークティック・モンキーズのフル・タイム・ドラマーとしての蓄積、あるいはDJやリミキサーとしての活動でも知られる経歴を、その献身的かつ幅のあるプレイの背景に指摘しておきたい。

ジョシュ・ホーミとジェイムズ・フォードが共同プロデュースした、アークティック・モンキーズの2009年作『Humbug』収録曲“My Propeller”

 

アークティック・モンキーズの2013年作『AM』収録曲“R U Mine?”のライヴ映像

 

そして、そうしたサウンドや演奏面の充実を牽引するイギーのヴォーカルについては、もはや多くを語るまでもないだろう。かつてジム・モリソンに憧れて歌いはじめた男が辿り着いた、いまやフランク・シナトラレナード・コーエンの面影も重なるヴォーカリスト/シンガーとしての円熟の境地。その枯れることなく朗々と響き渡るバリトン・ヴォイスは、むしろ、この間の40年という時間をかけてじっくりとイギーが追い求めてきたものの大きさを改めて思わせる。“Vulture”の苦み走ったデザート・ブルースは、ロック・アイコンの役割を引き受けて派手に暴れまわった影でイギーが見せてきた、もうひとつの顔を捉えた佳曲。〈満身創痍になるまで/必要なものはすべて手に入れたけど/そのせいで死にそうだ〉と喉を震わせる“Sunday”は、〈成功がやって来たんだ/どん底の果てに……〉(“Success”)とかつて歌った『Lust For Life』の頃の自分と応答する深い内省を窺わせて重く、感動的だ。

その出来栄え、完成度や密度の濃さを言えば、今作『Post Pop Depression』はまさにイギー・ポップの〈40年ぶり〉のニュー・アルバムといった評価にも相応しい。しかし、同時にこれは、この40年という時間、積み重ねと紆余曲折なくして作りえなかったアルバムであることもまた間違いないだろう。今作が最後のアルバム、イギー・ポップの最終章を飾る作品となることをほのめかしているイギー。今回の制作陣に加えてQOTSAのトロイ・ヴァン・リューウェン(ギター)、さらにチャヴェスマット・スウィーニー(ギター)を迎えて行われるという今作のツアーは、果たして我らがイギーの最後の晩餐となってしまうのだろうか?

『Post Pop Depression』収録曲“Break Into Your Heart”、アメリカのTV番組「The Late Show with Stephen Colbert」出演時のパフォーマンス映像

 

『Post Pop Depression』の布陣による、2016年の“Lust For Life”のパフォーマンス映像

 

★第1回:イギー・ポップのキャリア再検証記事はこちら
★第3回:オカモトショウ(OKAMOTO'S)&渡辺大知(黒猫チェルシー)対談はこちら

Mikiki Pit Vol.3