INTERVIEW

mabanua×OMSBが語る、J・ディラをいまこそ聴くべき理由―幻の新作『The Diary』から振り返る伝説的プロデューサーの影響力

mabanua×OMSBが語る、J・ディラをいまこそ聴くべき理由―幻の新作『The Diary』から振り返る伝説的プロデューサーの影響力

J・ディラの『The Diary』がリリースされた。これは、死後にリリースされた多くの未発表音源とは一線を画す作品だ。〈ラップ・アルバム〉として制作され、当初はメジャーからリリース予定だったものの、レーベルの都合でお蔵入りに。“Fuck The Police”などいくつかの曲は12インチで発表されていたが、当初の予定から14年あまりが経った今年に入ってようやくアルバムとしてオフィシャル・リリースの運びとなった。

その14年間に、J・ディラを巡ってはあまりにも多くのことが起こった。特に、本作のリリースが頓挫したことで失意のなか、マッドリブとのジェイリブ名義による『Champion Sound』(2003年)の制作をきっかけにデトロイトからLAへと居を移し、『Donuts』や『The Shining』(共に2006年)といった新たな展開となる作品を制作し、音楽シーンにさらなる種を撒いたことは大きい。マッドリブ本人はもちろんのこと、多くのLA出身アーティストの口からJ・ディラが移り住んで以降のシーンの変化を実際に聞いたことがある。2006年の早すぎる死を経て、ディラの音楽の影響はヒップホップのみならず、ビート・ミュージックやエレクトロニック・ミュージックからジャズにまで及んだ。特にそのよれたビートは生身のドラマーをも刺激し、〈J・ディラっぽいビート〉というのは今日におけるスタンダードになったと言っても過言ではない。

そのJ・ディラと『The Diary』について、mabanuaOMSBの2人に語ってもらう場を設けた。mabanuaは、よれたビートをいち早く自身の身体に染み込ませてドラムで叩き出している。片やOMSBは、ディラの『Welcome 2 Detroit』を自作のアートワークに引用してみせた。2016年現在、J・ディラについて語ってもらうのにこれほどのマッチングはないだろう。J・ディラを振り返るためにも、また新たに発見するためにも、ぜひとも読んでもらいたい対談である。

★最後のJ・ディラ特集~『The Diary』から改めて辿る軌跡
★mabanuaの外部プロデュース作品に関するコラム記事はこちら
★OMSB『Think Good』インタヴュー記事はこちら

J DILLA The Diary Pay Jay/Mass Appeal/HOSTESS(2016)

 

自分がヤバイと思ったプロデューサーはみんなビートが揺れていた(OMSB)

――まずは、J・ディラの音楽とお2人が出会った経緯から教えてもらえますか。

mabanua「ヒップホップでバンドといえば、アレステッド・ディヴェロップメントルーツが先駆けでしたよね。自分がまずバンドマンとして(音楽活動を)スタートしているのもあって、その2組がブラック・ミュージックの入り口になったんですよ。それで、ルーツの音楽を掘り下げていくと、バックグラウンドにJ・ディラの名前が出てくるので〈この人誰なんだろう?〉と調べたら、ア・トライブ・コールド・クエスト(以下ATCQ)に始まって、ヒップホップの歴史のいろんな場面に顔を覗かせていることを知るわけです」

――それが何年くらいの話ですか?

mabanua「(ディアンジェロの)『Voodoo』がリリースされたあたりなので、ちょうど2000年前後ですね。僕が20歳くらいのとき。ヒップホップも西海岸に東海岸と、時代や土地/シーンによって音楽性も違ったりするわけですけど、そのなかで一人だけ自由にいろんな時代/コミュニティーを行き来している人がいて、それがJ・ディラだったというイメージです。当時はまだジェイ・ディーを名乗っていた頃だと思うんですけど」

ジェイ・ディーがプロデュースしたルーツの99年作『Things Fall Apart』収録曲“Dynamite!”

 

OMSB「自分はもっと後追いの世代ですね。もともと高校生のときにメインストリームやサウスから(ヒップホップに)入ったんですけど、あるとき『XXL』を読んでいたら〈Chairman’s Choice〉でJ・ディラのジャケとアー写が紹介されていて、(それを見て)すごく気になったんですよ。そこからすぐにハマって。ジェイリブを通じてマッドリブを追うようになったし、もちろんJ・ディラもどんどん掘り下げていきました」

※アメリカのヒップホップ雑誌。〈Chairman’s Choice〉はNYのライター/DJのチェアマン・マオがインディー・シーンの注目リリースを紹介するコラム記事

ジェイリブの2003年作『Champion Sound』収録曲“Mcnasty Filth”

 

――最初に聴いたときの印象はどうでした?

OMSB「やっぱり当時は、デトロイトといえばエミネムの印象が強かったんですよね。僕はJ・ディラの後期から入ったので、エミネムのトラック作りとも繋がる無機質さがあるなと思いました。あと高校生の頃に直感で気付いたのは、自分がヤバイと思ったプロデューサーはみんな(ビートが)揺れてるなってこと(笑)」

――わかるわかる(笑)。

OMSB「プリモ(DJプレミア)やRZAもそうですけど、みんな揺れてるんですよね。自分はそのズレが好きなんだってことを認識していくうちにハマっていきました」

mabanua「僕も第一印象は同じで、〈あぁ、揺れてるな〉って(笑)。当時はビートがスクエアな音楽ばかり聴いていたので、〈こんなにズラしていいんだ〉と初めて知るきっかけになったのがJ・ディラでしたね」

――僕は昔、mabanuaさんのことをrei harakamiに教えてもらったんですよ。〈J・ディラみたいなビートを叩くドラマーがいるんだよ。この人、なんだかズレてるんだけど気持ちいいんだよ〉と言いながらiPadで初期のOvallを聴かせてもらって。

mabanua「なるほど(笑)。当時はまだ、バンドでああいう音楽をやろうって人はそんなにいなかったですから」

Ovallの2010年作『DON’T CARE WHO KNOWS THAT』収録曲“The Skin I'm In”

 

――そういえば昔、Q・ティップが〈J・ディラの打ち込みは生っぽい〉という話をしていました。クォンタイズをかけないのと、シャッフルの設定がおかしいそうで、それが生っぽく聴こえる要因だろうと。

※入力したMIDIデータのタイミングを修正/補正する、シーケンサーの機能のこと

OMSB「(J・ディラの場合は)クォンタイズをかけずに音をズラすのもそうだし、あとは音を置きたいところに置いているのも重要みたいですよね。どこで聞いたか曖昧な話ですけど、そりゃそうだよなって(笑)。無茶に思えるときがやっぱりあるので」

――僕はリアルタイムでATCQを聴いてきた世代で、彼がジ・ウマーの一員として参加した『Beats, Rhymes And Life』(96年)と『The Love Movement』(98年)がすごく印象的でした。音像が立体的でデジタルっぽくなっていたりと、それ以前のアルバムとは音が一変していて。90年代後半は、テクノを聴いている人の間でもJ・ディラのビートは人気があった。そのへんはデトロイトの人だなって思います。

※Q・ティップとアリ・シャヒード・ムハマド(共にATCQ)とジェイ・ディーの3人が結成したプロダクション・チーム。Q・ティップのソロ初作『Amplified』(99年)を含むATCQ周辺のプロデュース・ワークのほか、ジャネット・ジャクソンなどのリミックスも手掛けている

OMSB「サンプルにも多かったですよね、ムーグねたとか。“Raise It Up” (スラム・ヴィレッジの2000年作『Fantastic Vol. 2』収録曲)ではハウスを使っていたり、〈こんなところからも抜いているのか!〉みたいな」

トライブ・コールド・クエストの96年作『Beats, Rhymes And Life』収録曲“Phony Rappers”
トーマ・バンガルテル(ダフト・パンク)“Extra Dry”をサンプリングした、スラム・ヴィレッジの2000年作『Fantastic Vol. 2』収録曲“Raise It Up”

 

mabanua「あとは、(ビートメイクに)生演奏をふんだんに使っているのもインパクトが大きかったです。最終的にJ・ディラが〈一歩先に行ったな〉と感じたのは、『The Shining』(2006年)でギルティ・シンプソンの参加した曲(“Jungle Love”)で、〈ダンダン、シャーッ〉ってなるところ」

OMSB「そうそう!」

mabanua「あれはヤバイよね、ドラマーが喜んじゃうアプローチというか。でもあの曲は、(ラップ以外は)そのビートとサイレンみたいなシンセが鳴っているだけなんですよね。地味なアプローチに映るかもしれないけど、俺には衝撃的でした」

OMSBカリーム・リギンスの叩いたドラムをミックスしてるんですよね」

mabanua「ドラマーと一緒に作るというのも、自分には新鮮でしたね。トラックメイカーは基本的に一人で作るものだと思い込んでいたから」

カリーム・リギンスとJロックのセッション映像。J・ディラの名曲をストーンズ・スロウの倉庫で演奏している

 

グラスパーやフライング・ロータスの背景にJ・ディラが存在している(mabanua)

――以前、カリームを招いたレクチャーの司会をしたことがあるんですけど、彼はジャズ・ドラマーとして1年の大半をツアーで回りながら、その合間にホテルでMPCを使ってビートを打ち込んでいると語っていました。J・ディラも楽器の演奏に幼い頃から精通していたそうだし、2人ともドラムを叩くのとビートを打ち込むということが並列にあるのかなと。そのあたり、mabanuaさんはいかがですか?

mabanua「そうですね。それこそJ・ディラやルーツの音楽から影響を受けて、トラックメイキングと生演奏を混ぜるようになりました。でも、最初は区別して考えていたんですよ。MPC1台で作る美学もあるじゃないですか。自分の演奏をマイクで録って波形編集したりとか、〈本当にいいんだろうか?〉みたいな思いもあったんですけど、『The Shining』を聴いて〈別にいいのか〉と気付いて」

mabanuaのレコーディング映像を記録した2012年作『only the facts』のトレイラー

 

――自分たちで制作するときに、J・ディラの作り方から影響された部分はありますか?

OMSB「ネタの抜き方ですね。(J・ディラの場合は)同じレコードでも、目立つフレーズじゃなくて、〈え、ここを使ってるの?〉って驚かされることが多い。きちんと細部まで聴き込んでいたからでしょうね。あとは(サンプラーを)MPC3000に替えたのもJ・ディラの影響です(笑)」

――それは確かにデカイですよね。

OMSB「それに自分の『Think Good』(2015年)のジャケットもそうですね。『Welcome 2 Detroit』(ジェイ・ディーの2001年作)みたいにしたいと思って。(ケースを外すと)後ろにエンジニアのIllicit Tsuboiさんが出てくるんですけど、それも(『Welcome 2 Detroit』の)女の人がフワァーっと出てくる感じを意識していて(笑)」

OMSBとBimTHE OTOGIBANASHI'S)がマンションの一室で楽曲を共同制作する過程を収めた、2015年の映画『THE COCKPIT』トレイラー

 

OMSB『Think Good』(上)とジェイ・ディー『Welcome 2 Detroit』(下)

 

mabanua「制作面でいうと、ミックスのバランスですかね。キックの音が小さいときもあれば、TR-808の太いのがボンッ!と入ってたり。スラム・ヴィレッジの曲でも、ウワモノの音は極端に小さいのに、スネアは〈痛ッ!〉となるくらい強調されていて(笑)。明らかに歪なんだけど、それが聴いていて気持ちいい」

――バランスが変ですよね。しかも、曲によって全然違う。

mabanua「そうなんですよ、ベースがやたらデカイときもあるし。そういうバランスはワンパターンでなくてもいいんだなって」

スラム・ヴィレッジの2000年作『Fantastic Vol. 2』収録曲“Fall In Love”

 

――作り手の立場から見て、J・ディラはどういう基準で作っていたと思いますか?

mabanua「意図的にそうしているのか、偶然そうなったのかが謎ですよね……。〈スネアを大きくして、アンバランスにしてみました〉とも、〈呑んだくれてミックスが面倒臭くなったから、そのままバウンスしちゃったんだよね〉とも言いそうじゃないですか」

――そうなんですよね。

mabanua「自然体だから何も考えてなさそうで、そこがすごくいい。〈J・ディラっぽく作りました〉みたいなデモが送られてくるときがあるんですけど、狙ってズラすとすごく不自然に聴こえるんですよね。ただ流行りに乗っかっているだけというか」

OMSB「それ、すごく思います(笑)」

mabanua「不思議なもので、揃えたほうが気持ち良いときもあれば、ズラすことでいきなりパンチが出るときもあって。J・ディラはそういうことが無意識にわかってたんじゃないでしょうか」

――確かにJ・ディラは、酔っ払っているようなトラックをごく自然に作ってますよね。

mabanua「でも、素行が悪かったという話も聞きませんよね。かなりストイックそうな人だし」

――エリカ・バドゥが(J・ディラのいる)スタジオに行って冷蔵庫を開けたら、コーラが綺麗に並べてあったとか(笑)。とにかくコーラしか入ってなくて、取っちゃいけなさそうな雰囲気だったらしいです。几帳面だったんでしょうね。

OMSB「ネタに使うレコードも、マッドリブは必ず大量に購入するけど、J・ディラは〈これだ!〉というのを試聴して選んでから買っていたらしいし」

――お2人は2000年代以降にJ・ディラの音楽を聴いてきた世代ですよね。彼は2006年に亡くなってしまうわけですけど、その後の音楽に及ぼした影響というのはどう感じてますか。

OMSB「めちゃくちゃありますよね。ビート・シーンも全部がそうだとは言えないかもしれないけど、J・ディラの影響を受けたフライング・ロータスが起点となっているというか、J・ディラからの流れでズレのある音楽を作る人が増えたと思いますし」

音楽ブログのINFINITが2016年に公開したプレイリスト〈The Lost Dilla Tributes〉。フライング・ロータスによる“Fall In Love”カヴァーの他、ケイトラナダジェシー・ボイキンス3世などによる楽曲を収録

 

――マッドリブたちとの交流から(2004年に)LAに移住して、それがビート・シーンの発展にも繋がったんですよね。ダディ・ケヴも、「〈ロウ・エンド・セオリー〉を始めた頃は、みんなJ・ディラの曲しかかけなかった。逆にそこからどう抜け出すのかがポイントだった」と話してました。そこからフライング・ロータスみたいな新しい才能が出てきて、またシーンが変わっていったとも。

※2006年にスタートしたLAビート・シーンを象徴するイヴェント〈ロウ・エンド・セオリー〉と、音楽レーベルのアルファ・パップの主宰者。DJ/プロデュース活動のほか、フライング・ロータスなどを手掛けるマスタリング・エンジニアとしても有名

OMSB「あとはジャズへの影響ですよね」

――ジャズ・ドラマーがみんなズラして叩くようになりましたよね。それは〈クリス・デイヴ以降〉なんでしょうけど。

mabanua「これは日本のシーンに対する個人的なイメージですけど、クリス・デイヴがいちばん最初だと勘違いしている人が意外と多いんですよね(苦笑)。ミュージシャンは特にそうですけど、ロバート・グラスパーやフライング・ロータスの音楽にはバックグラウンドにJ・ディラが存在していることを知っておいてほしいです」

クリス・デイヴによるスラム・ヴィレッジ“Fall In Love”のカヴァー映像
“Fall In Love”とデ・ラ・ソウル“Stakes Is High”のカヴァーを織り込んだ、ロバート・グラスパーの2007年作『In My Element』収録曲“J dillalude”。グラスパー×OMSB対談記事はこちら

 

――海外のミュージシャンに話を聞くと、本当にみんなJ・ディラを通っている印象です。

OMSBバスタ(・ライムス)やデ・ラ・ソウルとか、いろいろ携わってきたものが(後年になって)幅広く聴かれるきっかけになっているのかもしれないですよね」

mabanua「最近だと、ケンドリック・ラマーの最新作(2015年作『To Pimp A Butterfly』)がソウルクエリアンズっぽいというか、アルバム全体を通じてJ・ディラのエッセンスを感じましたね」

※クエストラヴ(ルーツ)を中心に、ディアンジェロ、ジェイムズ・ポイザー、ジェイ・ディーの4人が90年代後半に立ち上げ、2000年代初頭まで活動を共にした音楽コレクティヴ。詳しくはこちら

クエストラヴが2002年に撮影したソウルクエリアンズのセッション映像。J・ディラがドラムを叩いている

 

――『To Pimp A Butterfly』のレコーディングは、ディアンジェロやコモン、エリカ・バドゥなどがエレクトリック・レディ・スタジオに入り浸っていた時代の雰囲気と近い感じがしますよね。グラスパーやカマシ・ワシントンのようなミュージシャンを集めて演奏させているところも重なる部分があるし、そう考えると同作にフライング・ロータスが参加している意味も大きい。

mabanua「さっきの生演奏を採り入れているという部分も共通しているし、いろいろと舞い戻っている感じがしますね」

自分のビートにどうラップすべきかJ・ディラ自身がいちばん心得ている(OMSB) 

――それで今回の『The Diary』ですけど、もう一つのお蔵入りとなっていたアルバムであるフランク&ダンク『48 Hours』と共に、当時そのままMCAからリリースされていたらどうなったのかは考えますよね。J・ディラは挫折することもなかったと思うし、LAに移住せずそのままデトロイトにいたかもしれない。そうすると、『Donuts』も出来なかったんじゃないかと。

※全編をJ・ディラがプロデュースし、2003年に制作されたままお蔵入りとなっていたが、2013年に正規リリースされた。フランク&ダンクは『The Diary』収録曲“The Anthem”でフィーチャーされている

mabanua「〈このアルバムがどうしてお蔵入りしたんだろう?〉と言いたくなるぐらいの内容ですよね」

――だから本人にとっては不幸だったのかもしれないけど、晩年の充実ぶりを考えると難しいところですよね。J・ディラは多作家というのもあり、本人が亡くなってから未発表音源がいろいろリリースされていますが、それについてはどう思いますか?

OMSB「〈自分だったらこれは……〉というのは正直あるかもしれないです(苦笑)。J・ディラに限らずですけど、死後にリリースされた作品は内容が良くても、〈本人だったらどう思うだろう?〉とか気になって」

mabanua「OMSBくんの言う通りで、本人が亡くなったあとに出していいものと、〈これは出しちゃマズイよな〉というのがあると思いますね。『The Shining』に入っている“So Far To Go”という曲の別ヴァージョンが、コモンのアルバム(2007年作『Finding Forever』)に再収録されているんですけど、個人的には『The Shining』のヴァーションのほうが好きですね。もともとのトラックはすごく良かったのに、バランスを調整し直しているせいか〈J・ディラが健在だったら、こんなドラムのバランスにしなかっただろうな〉と聴きながら考えてしまう」

OMSB「ドラムの余韻だとか、ミックス一つでまったく違う印象になってしまいますもんね」

――ただ、この『The Diary』はJ・ディラの良き理解者であるイーゴンが監修を務めて、リイシューまでに10年も費やしただけあって、配慮が行き届いた内容になっていると思いました。マスタリングも、『Donuts』や『The Shining』に携わったデイヴ・クーリーがJ・ディラの意図を汲み取りながら手掛けている。

※元ストーンズ・スロウのジェネラル・マネージャーで、世界最高峰の発掘レーベルであるナウ・アゲインの主宰。2007年からディラの遺産管理団体でクリエイティヴ・ディレクターを務めている

OMSB「自分のビートに関しては、だいぶ好き放題やってますよね(笑)。売れる売れないとかは全然気にしていない。1曲目(“The Introduction”)がいちばん好きだけど、これが好きって人はあんまりいないんじゃないかな」

――いろんな要素が入っているアルバムですよね。

OMSB「だいぶカラフルですよね。ビートがスウィングしたものから、“Fuck The Police”のブレイクビーツっぽい感じのものまで、基礎があるから遊べている印象です」

mabanua「あとは全然古く感じないですよね。昔の曲もそうだけど、いつ聴いても新しい。この強さはずっと残りそう」

――J・ディラが手掛けたのが4曲で、それ以外のプロデューサーによるトラックも充実していますよね。カリーム・リギンスがプロデュースした“Drive Me Wild”では、クエストラヴやピノ・パラディーノ、ジェイムズ・ポイザーが演奏に参加していたり。

mabanua「“The Shining, Pt. 2”(プロデュースはマッドリブ)のシンセは、家で聴いた瞬間に〈ヤベェー!〉って声が出ちゃいましたね。シンセの使い方がいかにもだなって。あとJ・ディラは、ラップのフロウも独特じゃないですか。ドラマーの視点から見ても、おもしろいところで止まるんですよね。普通のラッパーよりも全然グルーヴィーだと思います」

OMSB「すごくアガったのは、ナズと一緒にラップしている“The Sickness”。ジェイリブの“Starz”という曲のアウトロと同じビートを使っていて、〈これラップしろよ〉って昔から思っていたので、本人とナズという組み合わせも含めて嬉しかったです」

――この『The Diary』では、J・ディラのことを〈ラップ・アーティスト〉として売り出そうとしていたんですよね。

OMSB「俺はラッパーとしてもすごく好きだったんですよ。もしできれば、全作品をインストではなくラップ・アルバムとしてリリースしてほしかったと思うくらい。間の使い方もそうだし、自分のビートにどうやって乗るべきかを自分がいちばん心得ている。ピート・ロックもそうなんですけど、そういうところが魅力的ですね」

――ラップだとなおさら間の使い方が伝わってくる感じがしますよね。これもQ・ティップの話なんですけど、彼はマイルス・デイヴィスのインタヴューを読んで間の使い方を学んだそうで、ATCQの初作(90年作『People's Instinctive Travels And The Paths Of Rhythm』)を作っているときに途中でライムを変えたそうです。間を意識するようにしたらまったく別物になったと。でも難しいですよね。

OMSB「難しい。ガマン大会みたいな感じですごく苦手なんですよ(笑)。頭では考えられるけどガマンできなくなっちゃう」

mabanua「良くも悪くも、メインストリームの人たちは間が恐怖なので、〈なんか音を入れなくていいんですか?〉みたいに言われることもあって。〈入れなくて大丈夫です〉と答えるんですけど(笑)」

――〈間が恐怖〉というのは名言ですね。

mabanua「隙間がある=地味というわけじゃないですけど。メインストリームだと、地味になることへの恐怖心が少なからずあるんですよね。スネアとキックの間に何も鳴ってなかったりする瞬間があると、〈もう少しキラキラしたものをここに入れませんか〉みたいな注文が入ったりとか(笑)」

グルーヴを追求したいのであれば、ぜひJ・ディラを聴いてほしい(mabanua)

――最近は〈J・ディラっぽい〉とされるアプローチが広く支持を集めているわけで、J・ディラのおかげでメインストリームの人がやりやすくなった部分もありそうですね。

mabanua「それはあると思います。SKY-HIの日高くん(AAA日高光啓)はメジャー・アーティストですけど最近のブラック・ミュージックが大好きで。この前も、〈グラスパーやルーツっぽい感じのビートを取り込んだ曲を作りたいんですよ〉って連絡が来たんですよ。最初、いかにもメインストリームっぽいビートを渡したら〈いや、J-Popとか意識しなくていいです〉と言われて(笑)。それでドープなトラックを作ったら〈これです、これ!〉みたいな」

OMSB「おもしろい(笑)」

mabanua「ブラック・ミュージックを熱心に聴く、若いバンドも増えていますしね。もしグルーヴを追求したいのであれば、ぜひJ・ディラの音楽を聴いてほしい。〈グルーヴ〉と聞くと、いまだにディスコやファンクっぽいノリを重要だという人が多いけど、J・ディラっぽいビートについても知ってもらいたいなと。なんて、若いミュージシャンからしたら余計なお世話かもしれないけど(笑)」

――J・ディラがもはや基本みたいな存在になっているのかもしれないですね。そういう機運が高まっているからこそ、mabanuaさんもプロデューサーやドラマーとして広く求められているのかなと。

mabanua「そうですね。バンドの場合、ドラマーやベーシストには〈遅いグルーヴを2人でできるだけ練習してほしい〉とよく伝えています。例えば(mabanuaがプロデュースを担当している)Awesome City Clubにも、BPM80くらいの遅い曲を練習したほうがスキルも上達すると話していて。ミュージシャンは(演奏が)もたるより走る人のほうが多いけど、遅く演奏するほうが遥かに集中力を使いますから」

――ビートメイカーに関してはどうでしょう?

OMSB「J・ディラを聴いて影響を受けてほしい気持ちもあるけど、ただビートを真似するだけなら趣味の域を脱しないと思うんですよね。そうじゃなくて、オリジナルをめざしてほしいです」

mabanua「パイオニアであることがアーティストにとっていちばん重要ですよね。リスナーの皆さんも、J・ディラに刺激を受けたらどんどん派生して聴いてほしいです。彼の音楽はいろんなところに繋がっていると思うので」

――『The Diary』のリリースを通じてJ・ディラと出会った人たちに、過去のアルバムを薦めるとしたらどれを選びますか?

mabanua「自分が影響を受けたという意味では、スラム・ヴィレッジの最初の2枚(『 Fantastic Vol. 1』と〈同Vol. 2〉)ですね。あとはやっぱり『The Shining』。それで前期と後期における質感の違いがわかるんじゃないかな」

OMSB「『Welcome 2 Detroit』ですね。自分がいちばんヤラれたと思ったアルバムだし、作る側の視点に立って、すごくいろんなことを試していたことにハッキリ気付いたので。あと単純に楽しく聴けるのは『Ruff Draft』」

mabanua「〈揺れてる度〉でいえば、あのアルバムが一番だよね(笑)」

OMSB「だいぶ粗削りですよね。“Wild”とかヤバイ」

mabanua「揺れ具合が摩訶不思議すぎるので、取っ付きづらかったらスラム・ヴィレッジから聴いてみてください(笑)」

OMSB「それでいうと、僕はファーサイドがお薦めですね」

J・ディラ関連のディスクガイドはこちら

――最後にお2人の近況を教えてください。

mabanua「ソロ・アルバムを作っておりますので、今年中にリリースできたらと。前作の『only the facts』に引き続きジャンルが特定できない内容になりそうです。衝撃を与えたいという意気込みはかなり強くて、〈自分なりにいいものを作ればいい〉とかじゃなくて、大きな風穴を開けられたらと思ってます」

OMSB「自分も年内にアルバムを出したいですね。このままだと絶対に無理ですけど(笑)、追い込みはかけてます。あとはHi'SpecSIMI LABのトラックメイカー/DJ)が6月1日に新しいアルバム『Zama City Making 35』をリリースする予定で、それがすごい内容なのでぜひ聴いてみてください!」

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