どうしたんだコイツ?ってなぐらい、最初からクライマックス! 数段上のレヴェルから叩き出されるビート、新しいフロウと新しいライムを携えて、時代を超越したベスト・アルバムが完成したぜ!
それなりに考えるようになった
「俺はラップの言葉遊びとかトンチみたいな部分よりも、自分が言った内容を聴いた人がどう思うか知りたい意識のほうが強いというか。自分がリスナーとしてそうだったし、2年半経って、それなりに考えるようになったというのもあるし(笑)」。
2年半前に出たのは初のソロ・アルバムだった『Mr. "All Bad" Jordan』。そう記せば長い期間が空いたようにも思えるが、SIMI LABの『Page 2: Mind Over Matter』からおよそ1年、BLACK SMOKER発のビート・アルバム『OMBS』からは半年というスパンを考えれば、OMSBの旺盛な創作意欲はペースを上げているとも言える。
「ファーストが出来上がるぐらいの頃から、何となく次を出すならどうするか考えてた部分はありました。だから、去年のある時期は『OMBS』と同時進行だった時もありましたね。『OMBS』はラップの入る余地もあるけどインストとしておもしろく成立する、〈世界旅行〉のような作品にしたいと思って作ってて……その点は新作とも繋がる部分なんですけど、最初は『OMBS』用に作りはじめてたけど、これはリリック書けるな、と思ったものがあったり」。
そうやって完成されたのがニュー・アルバムの『Think Good』。決して余裕のある制作スケジュールではなかったそうだが、そのタイトさが功を奏して作品全体には自然な統一感が生まれている。
「トラックがだいたい揃った段階で曲順を固めて、そこから何をどうラップするか決めていくっていう順番でしたね。リリックは前から書いてたのもあるし、(客演した)DJ SEIJIさんの“Black Belt”を自分のビートでもラップしたくなって出来た“黒帯(Black Belt Remix)”のパターンもあるんですけど、短期間で何曲か書いたやつもあって、精神的にも近い状況のものとかありますね」。
ほぼ全編を占めるOMSB自身のトラックに加え、「聴かせてもらった時にラップしたいなと思ったビートが自然に入った」という、盟友Hi'SpecとMUJO情、AB$ Da Butcha(とは?)各々の仕事も1曲ずつ。今回はWAH NAH MICHEALの出番がない反面、自家製のビートに関しては(ほぼ)全曲でKurt Vandanなる人物が共同プロデューサーにクレジットされている。
「WAH NAHとは最近ちょっと趣味が合わないというか(笑)。Kurtは、曲が出来上がって聴かせると〈もうちょっとイケるんじゃねえの?〉って返してきたり、第三者として適切な口出しをしてくれる存在、みたいな感じです」。
その助言が効いたのかどうか……言わずもがな、とんでもないビート絵巻が広がる光景は、この男に対する絶大な期待を裏切らない。菊地成孔が言うところの〈ポルシェみたいな高級車〉がポリリズミックに爆音を吹かす様には興奮するばかりだが、ただ、今回はハンドルを握るOMSB自身のマイクもさらなる進化を伴って迫ってくる。
自分の弱さを認めること
アルバムはいきなりのトップギア。FUMIのナレーションを引き裂き、OMSビーツがはっちゃけるプログレな導入部からして尋常じゃない。そんな“宜候”で始まる刺激的な激流に、例えばフライング・ロータス『You're Dead!』を思い浮かべる人もいるんじゃないだろうか。jjjの口上からループを一変してメロウな主役の語りに滑り込む“ActNBaby”、そこから橋渡しされたリリックが雨足を強めるブルージーな“Storm”にはB.D.と、FIND MARKET時代からの縁となるELNAND MORELETTAが登場。さらにはビート提供歴もあるB.I.G. JOEと〈ニコラップ〉方面から異彩を放つ野崎りこんを迎えて三者三様の鋭さを見せる“Goin' Crazy”も含め、前半は客演者も交えながら、タイトなビートでマイク捌きの力強さを倍加していく。
「jjjは〈ビートください〉って言ってきてくれたのを二つ返事でOKして、ラップを入れてきたものを聴いたら〈ヤバい、一緒にラップしたい〉と思って、〈これ俺のアルバムに入れてもいいかな?〉ってことになりました(笑)。前作より客演も減らして自分の力を見せたいと思ってたんですけど、それは客演がいてもできることだな、って思って。野崎くんはメンタル・ギャングスタみたいな感じ(笑)というか、“ネオサイト神樂”を聴いた時にエグい人だと思ってTwitter経由で繋がりました。俺自身もいちばん悩んでおかしくなりそうなタイミングで書いたんで、“Goin' Crazy”はハマりましたね」。
もちろん、OMSB自身の多様さを増した語り口が脇に回る局面はない。SIMI LAB“Avengers”で好相性を見せたMUJO情の豪腕ビートが冴える“Gami Holla Bullshit”では、ジャイアン気味で野放図に闊歩するフロウがユニーク。後半のビート変体に合わせてファスト・ラップへスイッチするのもスリリングだ。
「怒ってんだけどやる気はないフロウというか、駄々っ子っぽいですよね(笑)。いろんなインプットに刺激されて違う感じのラップを試したり、単純に変なことしようとしてリズムを崩してみたり、できるなと思ったらやってみる感じでした。〈ラップやってんだぜ〉ってのが前より堂々としてきたと思ってます」。
ライヴでの盛り上がりも請け合う劇的な“Touch The Sky”を折り返し地点にして、そこからはディープな音粒の蠢きがグッと深い時間帯の独白を演出する。“Tom's Diner”の重々しい引用も印象的な“Ride Or Die”、「ずっと作ってると洗練されるはずなのに、どんどん弾けてくる」というHi'Specの人懐っこくイカれたループが快い“Scream”、そしてDJ YAZIのスクラッチを添えて淡々と沈み込む“Memento Mori”はひと繋がりの組曲のようにも響き、内省の螺旋を昇降する主役の繊細さを露わにしてくる。
「本当に強い奴なら〈俺は強いぜ〉って言って納得させるんですけど、俺は自分が強くないってことを理解しなきゃいけないと思って。それを素直に認めた者なりの強さを見せようと。だから、リリックには自分のことしか書いてないけど、他の誰かが聴いても頷いてもらえる部分はあると思ってます」。
どう始まってどう終わるか
本作がそんな自己肯定のプロセスを体現したものだとしたら、ネガに傾く逡巡をもくぐり抜けた心情は、問答無用のベスト・トラック“Think Good”に集約されている。アルバムの最終曲ではないものの、どう聴いても大団円のような解放感がイキイキと漲ってくる理由は、何かの祝福のようなホーン・ループの効果だけではないだろう。過去も現在も衒いなく受け止めた晴れやかな境地は、中盤に挿入されるリズムからも明らかだと思う。
「確かに“Think Good”はエンディング感がすげえあるし、実際にアルバムのなかで最後に書いた曲なんですよ。だから、〈ここまで書けたんだ〉っていう達成感みたいなのが出たと思います(笑)。内容は作ってる途中のどこかの段階から頭の中にずっとあったんですけど、ネガティヴ/ポジティヴに振り切れるんじゃなく、ここでは単純にスッキリしたってことを言いたかったんですね」。
そこから、散文詩のようでもある瞑想的なチルビエント“Zone 8”、同じ家路を歩む者たちに慈しみを捧げた“Orange Way”(アウトロで不意に泣きそうになる!)が穏やかに連なる終盤も素晴らしい。まどろむようなビートにG.RINAのアトモスフェリックな歌声が染み渡る“Lose Myself”では、藤井洋平のギターも鮮やかな効果を上げている。
「RINAさんは昔から好きで聴いてて、『160OR80』の時に声かけてもらったのがきっかけでした。藤井さんはSIMI LABのワンマンを観に来てくれてて、挨拶した時に開口一番いきなり〈一緒にやろう〉って言われて、俺もすぐ〈やろう〉と思ったっすね。曲の最後にギター・ソロが入ってたらいいなと思ってお願いしました。アルバム全体についても、一曲一曲に対しても、どう始まってどう終わるかっていうことを凄く考えてましたね」。
そして〈2回目のエンディング〉を飾るのが、もともと『OMBS』用に作りはじめていたという“World Tour”。終曲と序曲の“宜候”が環を結ぶ展開には、この先の道中にどんな起伏があろうと、さらなる興奮と快さをOMSBが生み出していくだろう未来を容易に予見させてくれる。受け手に伝わることを本人は強く意識しているようだが、今作に関して言えば問題は何もない。それは実現されている。
映画「THE COCKPIT」
OMSBとBim(THE OTOGIBANASHI'S)がマンションの一室で楽曲を共同制作する過程を収めたドキュメンタリー。
監督/三宅唱
出演/OMSB、Bim、Hi'Spec、VaVa、Heiyuu
5月30日(土)より東京・渋谷 ユーロスペースにて公開予定(配給/PIGDOM)