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こういうのが聴きたかった! 東京の若き4人組showmoreが鳴らす、シティー・ポップへのジャズ側からの回答 【NEW URBANe POP】Vol.17(前編)

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  • 2016.05.17

 

〈いま、こういうのが聴きたかった〉。女性ヴォーカル擁するツイン・キーボード編成の4人組、showmoreの3曲入り初音源『moonflower』を一聴しての感想は、まさにこんな感じだった。改めて2015年を振り返ってみると、いわゆる新しいシティー・ポップの流れと、〈Jazz The New Chapter〉(以下JTNC)で紹介されたような新しいジャズの流れが並走するなか、ceroの『Obscure Ride』がその交点を最良の形で示してみせたと言える。あの作品以降、フォーク寄りのポップスは一気に古いものになり、ブラック・ミュージック譲りの洗練性やリズムの革新性がポップスにも明確に求められるようになった。そして、そこがスタートラインとなった2016年において、現代のポップスに対するジャズ・ミュージシャン側からの回答を示すのが、showmoreというバンドなのである。

さらに言えば、昨年末にbird冨田ラボと共作した新作『Lush』を発表したのに続き、今年4月にはEGO-WRAPPINが結成20周年を記念したベスト&カヴァー・アルバム『ROUTE 20 HIT THE ROAD』を、5月にはUAが7年ぶりの新作『JaPo』を発表するなど、かつて〈ディーヴァ系〉と呼ばれた歌姫たちの活躍が目立つなかにあって、showmoreはその系譜を受け継ぐ可能性を持ったバンドでもある。もう一度言っておこう。〈いま、こういうのが聴きたかった〉。

日本におけるジャズの一大産地である北海道出身の男性メンバー、井上惇志久松諒秋元修と、山梨県出身の紅一点・根津まなみという、それぞれが独自のキャリアを歩んできた4人によって、2015年11月に結成されたばかりのshowmore。今年3月には代官山LOOPでTAMTAMを招いての初企画〈newscope#1〉を行い、その日からライヴ会場限定で販売を開始した自主制作盤EP『moonflower』が、好評につき6月1日にタワーレコード新宿店で限定リリースされる。そこで今回は、このバンドの実像に迫った4人揃っての記念すべき初インタビューを前後編に渡ってお届けしよう。

★後編はこちら

 

ジャズが下敷きにあったうえで、ポップスに還元しているバンドは案外いない(井上) 

――まずはshowmoreがどのように結成されたのか教えていただけますか?

井上惇志(キーボード/ヴォコーダー)「僕はもともと5年くらい前に北海道から東京に出てきて、いわゆる普通のアコースティック・ジャズをやっていたんです。で、昨年11月に渋谷のWASTED TIME(2016年5月末で営業終了)で行われた知人の企画で、〈個人で何かやってよ〉と誘われたんですが、それまでだったら適当にメンバーを見繕ってセッション的なことをやっていたんですけど、そのちょっと前くらいから自分のグループをやりたいと思いはじめていて。ツイン・キーボードで女性ヴォーカルという編成もイメージのなかであったんです。なので、これはいい機会だと思って、何回かサポートをしたことがあった根津と、同じサークルの後輩だった久松と、その久松の紹介で知り合った、小池直也サウダーヂトリオで一緒だった秋元を誘い、1週間で5曲くらい仕上げて、初ライヴをしたというのがそもそもの始まりです」

――ツイン・キーボードという編成には、何かモチーフがあったんですか?

井上「一昨年に箱庭の室内楽というバンドにちょっとだけ参加していたことがあったり、他にもいくつかサポートとしてバンドに関わってきて、やっぱりギターがいるとキーボードはどうしてもギターの添え物になっちゃう。それが嫌で、キーボードだけで何かできないかなと。ただ、キーボード1台だとやることが限られちゃうんで、キーボード/ヴォーカルを入れて、4人だったらフットワークも軽くおもしろいことができるんじゃないかと思ったんです。それで、キーボード/ヴォーカルの人をなんとなく1年くらい探して、根津に出会ったときに〈コイツしかいない!〉と思いました」

――音楽的な方向性はどの程度考えていたましたか?

井上「それぞれジャズをやってきたメンバーなので、普通のロック・ミュージシャンにはできないというか、このメンバーだからこそできることをやろうっていうのはありつつ、ただあんまりテクニカルには寄りすぎず、基本的には歌を出したいと思ってます。とはいえ、僕はそもそもあんまり歌詞を聴かない人間で、プレイヤビリティーを見ちゃうタイプだから、僕みたいな音楽好きが聴いてもある程度満足できる要素を残しつつ、きちんとポップスにしたくて。最初に作ったのが今回のEPに入ってる3曲なんですけど、コード進行がいわゆる普通のポップスの進行とは違ったり、リズムがドラムンベースに寄ったりしてるのは、いま言ったような構想から来てるものですね」

EP『moonflower』のジャケット

 

――僕はshowmoreの曲を聴かせてもらって、〈いま、こういうのが聴きたかった〉とすごく思ったんです。いわゆる新しいシティー・ポップの流れと、〈JTNC〉で紹介された新しいジャズの潮流があるなかで、昨年ceroが出した『Obscure Ride』というアルバムは、その交点にある素晴らしい作品だった。そこからポップスにもブラック・ミュージック譲りの洗練性やリズムの革新性が求められるようになっていくなかで、showmoreの音楽は、まさにそんな状況に対するジャズ側からの回答だと思ったんですよね。

井上「ceroやSuchmosとか、ブラック・ミュージックを下敷きにして、それをどうポップスやロックに還元するかというバンドがいまどんどん出てきていると思うんですけど、ちゃんとジャズが下敷きにあったうえで、そっちの方向に進んでるバンドって案外いないなと思ったんですよね。だから、サウンド的にはいわゆる昨今のシティー・ポップという括りに入れられるかどうか微妙なところだと思うんですけど、概念としては近いところにいるというか。例えば、CICADAは(自分たちと)近いのかなと思うんです。CICADAはヒップホップを下敷きにしつつ、でもフロントマンはかなりポップな要素があるので」

CICADAの2016年のEP『Loud Colors』収録曲“YES”
 

――他にも近いと思うバンドはいますか?

井上ペトロールズは好きですね。僕らはキャラクター的に客を煽ってピョンピョンさせる感じじゃなくて、気持ち良く各々がフロアで揺れていてほしいので、そういう雰囲気はペトロールズも近いかなと」

〈みんながしないことをしたい〉みたいな天邪鬼精神があるんです(秋元)

――根津さんは山梨の出身で、専門学校への進学と共に上京したそうですが、ピアノ調律を専攻しながらジャズ・ヴォーカルを学んでいたそうで、そういう経歴はなかなか珍しいですよね。

根津まなみ(ヴォーカル/キーボード)「もともと歌がやりたかったんですけど、田舎にはよくある話で、お家柄的に堅くて、〈歌をやりたい〉と言ってもオッケーが出なかったんです。でも、東京に来ちゃえば何でもできると思ったので、考えに考え抜いた結果が、ピアノ調律で(笑)」

久松諒(ベース)「絶対音感あるの?」

根津「いや、ピアノ調律は絶対音感あると逆にできない」

久松「え、そうなんだ?」

根津「マニアックな話になっちゃうんですけど、調律って数学的な世界で、音の波を合わせていく作業なので、音で聴いちゃうとパニックになっちゃうんです。あくまで波形として捉えるから、頭の中でずっと秒針が鳴っている感じで。なので専門のときは全然ピアノは弾かずに、調律と歌だけやってましたね」

――卒業後はソロ・ユニットの茜空として活動していて、いまもshowmoreと並行して活動されてるそうですが、山梨出身で茜空って、レミオロメンの“茜空”は関係あるんですか?

根津「そのつもりはなかったんですけど(笑)、検索するとレミオロメンばっかり出てくるんですよね。あと最近桜エビ~ずってアイドル・グループに茜空ちゃんという子がいて、それもすごい割合で出てきます(笑)」

――レミオロメンがルーツじゃないとすると(笑)、歌手としてのルーツはどのあたりになりますか?

根津「歌で最初に衝撃を受けたのはUAですね。私が中学生くらいのときに、UAがベンジー(浅井健一)と一緒にやっていたAJICOで〈ミュージック・ステーション〉に出ていて、それがホントに衝撃でした。それまではポルノグラフィティモーニング娘。SPEEDみたいな感じだったのですが、そのAJICOをきっかけにUAも聴くようになって。あとは深夜番組のエンディングでEGO-WRAPPINの“くちばしにチェリー”が流れていたのを聴いて、カッコイイなと。そのUAやEGO-WRAPPINのルーツがジャズだということから、ジャズを歌いたいと思ったんです」

AJICOの2001年作『深緑』収録曲“波動”
 

――久松くんは12歳からベースを始めて、最初からジャズだったそうですね。

久松「最初に触ったのはベースじゃなくてギターだったんです。父親が大好きで、壁に10本ぐらいズラーッて並んでいる感じだったんですけど、でも僕はギターが苦手でした。それよりもバスケが好きだったんですけど、中学のバスケ部で揉め事があって辞めてしまい、路頭に迷っていたときに友達から吹奏楽へ誘われて」

――そこでベースを始めた?

久松「ホントはサックスがやりたかったんですけど(笑)、〈お前はセンスないからやめとけ〉って言われて、どうしようかなと思ったときに、家のタンスの上に埃を被ったちょっとネックが長いのを見つけて、それを何となく弾きはじめたら、いつのまにか10何年も経ってました」

――ルーツとしてはどんな名前が挙がりますか?

久松「さっき言った、僕を吹奏楽に誘った友人から〈これを聴け〉って最初に聴かされたのがジャコ・パストリアスで、中学で〈トレイシーの肖像〉に衝撃を受けて、そこからマーカス・ミラーとか定番をずっと聴いてましたね。日本人はまったく聴いてなかったです」

ジャコ・パストリアスの76年作『Jaco Pastorius』収録曲“Portrait Of Tracy”(邦題:トレイシーの肖像)
 

――高校卒業後は、関西の甲陽音楽学院に行かれたそうですね。

久松「関西はファンク色が強いので、その当時はファンクとかR&Bばっかりでした。札幌は〈ジャズかロックかポップスのどれか〉みたいな感じで、僕はそこから抜け出したかったんです」

――そして、2014年から東京に拠点を移して、showmoreに加わることになったと。

久松「はい、怖い先輩(井上)に言われたんで(笑)」

――ハハハ(笑)。秋元くんはいつドラムを始めたんですか?

秋元修(ドラムス)「僕は小4からなんですけど、姉がヴィジュアル系全盛期の人間でして、La'cryma Christiが大好きで、弟をヴィジュアル系にしたくてドラムをやらせるっていう(笑)。なので、小学生の頃からヴィジュアル系を聴いてたんですけど、中学校でビッグバンドをやって、そこからジャズを学びたいと思うようになったので、東京の洗足学園に進みました」

――秋元くんはMysterious priestessというメタル・バンドもやっているそうで、ヴィジュアル系からの流れも感じつつ(笑)、要はジャズだけにこだわらず、いろんな音楽にフラットに接してきたわけですか?

秋元「音楽に限らずなんですけど、〈みんながしないことをしたい〉みたいな天邪鬼精神があるんです。メタルに関しては、洗足に一緒に入学した友達の小金丸慧がデス・メタル大好きで、そいつを見てたらデス・メタルも楽しそうだなと思うようになって。ジャズ科だったんですけど、デス・メタルもやっていました。ただ、ドラムを叩くときは常にジャズ・ドラマーでいたいとは思ってるんです」

――そう、Mysterious priestessをYouTubeでチェックしたんですけど、確かにドラムはあくまでジャズなんですよね。

秋元「そうなんです。デス・メタルでジャズっぽいことやるっておもしれえなと思って」

レーベル・スタッフ「〈世界で唯一レイドバックするデス・メタル・バンド〉と言われてるみたいです」

――それすごいですね(笑)。そして、別で一緒にバンドをやっていた井上さんに誘われて、showmoreに加入することになったと。

秋元「おもしろそうだなって。〈ツイン・キーボードやっちゃうの?〉みたいな(笑)。僕はポップスをちゃんと通ってこなかった人間なんですけど、いつかはやりたいと思ってたので」

自分がめざしているのは、Suchmosの女性ヴォーカル版みたいなイメージ(根津)

――では改めて井上さんにも、showmoreを始めるまでのキャリアを振り返っていただけますか?

井上「僕はみんなと違って、高校までは全然音楽に興味がなく、楽器も弾いたことがなかったんです。でも高校に入って友達になったサックス吹きの女の子が、林栄一板橋文夫ジョン・ゾーンとかが好きで、その子に高3の文化祭で何かやろうと誘われたんです。そのときに東京事変ヒイズミマサユ機を知って、すごくカッコイイなと思ったのでジャズの真似事みたいなのを始めて。大学でジャズ研に入ってから、改めてピアノを始めました。その頃好きだったのはアコースティックで、レッド・ガーランドボビー・ティモンズウィントン・ケリー。いまの人だとベニー・グリーンピーター・マーティンとか、ホントにバップが好きだったんです。基本ジャズの枠からはそんなに出ず、ポップスはほとんど聴いてませんでしたね」

――変化があったのは東京に出てきてから?

井上「そうですね。就職で東京に出てきて、サラリーマンをやりながら、ジャズのセッションにも行ったりはしてたんですけど、でもガチンコでジャズをやってる人はすさまじいから、そういう世界に付いていけなくて少しずつ逃げてきたというか。そういうなかでジャズ以外のいろんな音楽も好きになって、2014年の秋ぐらいに箱庭の室内楽に入ったことで渋谷WWWとか、ジャズ以外のハコにも出る機会があって、おもしろいなと」

箱庭の室内楽の2015年作『empty words』収録曲“Terra”
 

――箱庭の室内楽は誰との繋がりで参加したんですか?

井上王舟とか1983でも吹いている高橋三太というトランぺッターが箱庭の室内楽のサポートをやっていて、僕は彼と友達だったので、その繋がりで入りました。それはすぐに抜けちゃったんですけど、最初にもちょっと名前が出てきた小池直也って山梨の出身の奴と、同郷の山梨のアーティストと対バンする〈火と風〉という企画をやっているんですね。そこに根津が出て、一緒に演奏したときに自分がやるバンドのイメージが広がりました」

――じゃあ、ポップスをやろうと思ったのは、箱庭の室内楽などで活動したことも一因にはなってるわけですか?

井上「一番最初に好きになったのが東京事変、椎名林檎だったので、大学のときはジャズばっかりだったんですけど、歌ものはもともと好きだったんです。あとは小っちゃい頃から一つの音楽を聴いていたわけじゃないんで、わりと何でも好きになるんですよね。ロックでもR&Bでもソウルでもフリージャズでもアニソンでも、何でも吸収して、そこにある程度やってきたジャズの要素を活かせないかなと」

――根津さんは、そんなshowmoreの音楽性をどう捉えていますか?

根津「私はもともとプレイヤーとしてはジャズをやってきていないので、あくまでポップなものしか作れないというか、そういうところでバランスが取れてるのかなって。いまはアレンジをみんなでやっていてすごく幅が広くて、それがいいところなんですけど、今後はもう少し統一したほうがいいのか、広いまま進んで行くのがいいのか、みんなでどうしようと話しているところではあります」

――今回のEPはまさにshowmoreのプロトタイプだと思うんですけど、そういうなかでヴォーカルに関してはどんなイメージを持っていますか?

根津「私は女性ヴォーカルで〈ここをめざしたい〉というのが、いまのところあんまりなくて。自分がめざしているのは男性ヴォーカルばかりなんです。それこそ私もペトロールズはオンリーワンだと思っていて、ああいうパフォーマンスができたらなと。いまのところはペトロールズやSuchmosの女性ヴォーカル版のようなイメージです」

★後編はこちら

 


LIVE SCHEDULE

「凛-rin- AtlantiQs18周年!!」
5月22日(日) 大阪・心斎橋AtlantiQs
共演:カルメラRails-Tereoナチュラルキラーズ
「showmore x CANADA」
5月29日(日) 札幌JAMUSICA
共演:CANADA
「Fabric #38」
6月8日(水)東京・新宿MARZ
共演:TAMTAM/Srv.Vinciサムワイズ
★ライヴの詳細はこちら

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