極端に絞られた音数で紡がれるグルーヴに潜む、微妙な歪みやズレ。長い一日が積み重ねる些細な違和感に誘われて、聴きはじめとはどこか異なる風景へ――

4人で演奏できる音

 シンプルなようで複雑。クリーンなようで歪んでいる。そんな、オルタナポスト・ロックの実験性をモダンに昇華したサウンドで、東京のインディー・シーンにおいて異彩を放つ4人組、ミツメ。昨年は全国ツアーを敢行したほか、台湾やアメリカにも遠征するなど活発にライヴ活動を行うなか、ニュー・アルバム『A Long Day』で彼らがめざしたのは4人だけで演奏できるサウンドだった。

 「どんな方向性でいくのかいろいろ迷ったけど、なかなか決まらなくて。そんななかで、7インチで出した“忘れる”をライヴ用にリアレンジしたんです。この曲は、リズム・マシーン、木琴、ベースが2本入っていて、ライヴでやる時は大変で。それで、4人で演奏できるようにリアレンジしたことが新作のヒントになりました。どんな場所でも4人だけで演奏できるようなサウンドにする。それって、これまでやったことがなかったからおもしろいなと」(川辺素、ヴォーカル/ギター)。

ミツメ A Long Day mitsume(2016)

 そして、バンドはレコーディングで何度も音を合わせてアンサンブルに磨きをかけた。その結果、音はギリギリまで削り落とされ、これまで以上に4人が演奏する姿が鮮明に浮かび上がってくる。そんなサウンドの核になっているのは、タイトなリズム・セクションだ。

 「アルバムを作っている時に、川辺君とトーキング・ヘッズの映画『ストップ・メイキング・センス』を観に行ったんです。トーキング・ヘッズってドラムもベースも割とシンプルなんですけど、音の置き方がおもしろいんですよね。それでどこに音を置いたら気持ち良いのか、どんな音色がいいのかっていうのを、これまで以上にシビアに考えました」(nakayaan、ベース)。

 一方、ギターも派手なエフェクトは使わず、クリーンなトーンでシンプルなリフを重ねていくが、どこか微妙な揺れを感じさせるのが印象的。

 「今回、コーラス(エフェクター)を結構使っていて、それで微妙に音程が揺れる感じになってるんです。今回は全体的に音が生き物みたいな感じになるように意識していて。オーガニックというより、微妙に気持ち悪い感じ(笑)。例えば“船の上”とか変な位置でギターが入ってきたり抜けたりしているんですけど、当時、聴いてたカエターノ・ヴェローゾの影響があったかもしれないですね」(大竹雅生、ギター)。

 音を絞りながらも、そこに微妙な歪みやズレを忍ばせていく。その緻密な音作りこそミツメの真髄。それをポップに聴かせてしまうのもミツメのマジックだが、そこで大きな役割を果たしているのが繊細なメロディーだ。

 「どの楽器も、それが抜けると曲が崩壊するくらい切り詰めたアンサンブルになっているんですけど、なかでもメロディーは重要で、メロディーがあるから聴ける部分が大きい。だから、今回はこれまで以上に〈歌〉を意識しました。でも、どの曲もヴォーカルを助けてくれるような伴奏じゃないので、歌入れは苦労しましたね。バンドの演奏は、全然歌に優しくないんですよ(笑)」(川辺)。

 

ちょっとした違和感

 そこで〈聴いてみます?〉と差し出されたのが、ヴォーカルを抜いたトラックにnakayaanが遊びでラップを乗せた音源。それが一枚のアルバムとして十分成立するくらい、トラックは歌から独立している。そのことを知って、ミツメの歌がいまにも消えてしまいそうな儚さを漂わせている理由がわかるような気がした。その一方で、本作のもうひとつの特徴は、アルバムに一筋の大きな流れがあることだ。

 「前作『ささやき』はいろんなタイプの曲が入っていたんですけど、今回はどの曲も同じ方向を向いているアルバムにしようと思ったんです。それで曲が出揃った時にみんなで合宿をして、アルバムの流れを決めて、曲順に合わせて演奏内容を検討していったんです」(川辺)。

 そして、しっかりと計算されて並べられた10曲。オープニング曲“あこがれ”はミニマルな演奏と淡々とループしていく展開が特徴で、「コーラスとリズムを中心にしてシンプルに聴こえつつ入り組んだ構造の曲作りをしてみた、今回のアルバムの質感を象徴している曲」だと川辺は語る。本作の前半は“あこがれ”のようにソリッドな質感。そして、「パートごとで見ると極限まで音が少ない」(川辺)という“真夜中”を通過して、5曲目の“オブジェ”あたりからアルバムの雰囲気に変化が生まれはじめる。

 「曲の前半はこれでもかっていうくらいループでミニマルなビートなんですけど、中盤からはもう、何が何やらみたいな感じになっていく。この曲で音を厚くせずに、躍動感みたいなものを出すことに成功した時は新しいものが出来た気がしましたね。音を足すことより、引くことでフックが生まれることに気付いたというか」(須田洋次郎、ドラムス)。

 そして、そこから“船の上”“漂う船”へと続くあたりが本作のハイライト。「曲を並べた時、この2曲が繋がっていたらおもしろいと思って、BPMを合わせて繋いでみた」らしいが、この2曲あたりからアルバムにはサイケデリックなムードが静かに漂いはじめる。そして終盤の“霧の中”では、前半は無音だった音の余白に残響音が霧のように忍び込むが、そうした微妙な変化は「話し合ったわけじゃなくて、ミックスの段階で自然にそうなった」(川辺)らしい。だが、そこには曲作り同様、〈違和感〉というミツメのエッセンスが息づいている。

 「あからさまに〈変拍子だ!〉みたいな感じではやりたくなくて。聴いているうちに〈あれ?〉ってなるように細かく作り込んでいく。そうやってちょっとした違和感を重ねていくほうが、おもしろいサウンドになると思うんですよね」(川辺)。

 流れに身を委ねているうちに、気がつけば入り口と微妙に違った世界へと誘われる『A Long Day』。そこにはミツメならではのユニークなサウンドと語り口がある。今回のアルバムの空気感を川辺は「一人の人間の心が移ろっていくような感じ」と表現してくれたが、それを聞いて、ジャケットに写し出された窓をぼんやり眺めているような気分になった。ミツメという窓から見える風景は、美しくて奇妙で謎めいていて、いつまでも見飽きない。