©飯島隆

プッチーニの歌劇「蝶々夫人」本邦初、待望のオペラ演出!!

 ピーター・ブルックの舞台やサイモン・マクバーニー「春琴」などで役者として活躍してきた笈田ヨシは、既にオペラ演出家としても20年近いキャリアを持つ。2017年1月22日の金沢歌劇座に始まり、大阪・フェスティバルホール、高崎・群馬音楽センター、東京芸術劇場と全国四か所で上演される「蝶々夫人」で、日本でのオペラ演出デビューとなる笈田氏に、この作品の魅力についてうかがった。


 

本当の〈人間〉と信じられる蝶々さんを

 「この春にスウェーデンのエーテボリで『蝶々夫人』を演出しましたが、外国で上演する場合には、作品内のエキゾチシズムに初演当時期待されていた衝撃を今の観客にどう伝えるかを考えねばなりません。でも日本で上演するなら、エキゾチシズムを前面に出すのではなく、観客が、どこまで蝶々さんという人間を絵空事でなく信じられるか、を問題にしたいのです。

 一幕はあくまで女を売る〈商売〉の話で、プッチーニはピンカートンの“結婚ごっこ”をたくさんの日本の旋律と共にエキゾチックに描いています。でも二幕三幕では本当の〈人間〉、単純に説明しきれない複雑な人間の姿を描くことに成功しています。例えばピンカートンの帰国を待って歌うアリア“ある晴れた日に”で、蝶々さんはいつも他人に対しては〈彼は絶対帰ってくる〉と言い切っているけれど、実は心の底では絶望している。その複雑な精神状態は一目でわかるようなものではなくて、お客さんは自分でいろいろ考えざるを得ない。そこが面白い」

 

〈アメリカ〉への憧れと絶望と

 「太平洋戦争が終わった後に少年期を過ごした僕にとっては、蝶々さんの苦悩は他人事と思えないのです。蝶々さんは、開国直後の日本で、外人に身請けされた女として周囲に軽蔑されていた。でも彼女は、日本よりアメリカの文化こそ進んでいる、自分はピンカートン夫人だと主張し、〈アメリカ人〉として生きていくことを自ら肯定的に選択しました。僕自身も、12、3歳の頃に街でチョコレートを配る兵士を見たり、学校で〈アメリカはこんなに素晴らしい〉という教育を受けるうちに、それを信じるようになりました。しかし蝶々さんは最後にはある意味〈アメリカ〉に裏切られて、自らの尊厳のために死を考えるに至ります。僕自身はそこまで切羽つまってはいないものの、〈アメリカ文化と自分〉について、次第に深まる葛藤を抱えて今日までやってきた。だから、自分の過去70年間が蝶々さんの苦い物語の中に見つかるような気もしています。

 『蝶々夫人』は、わかりやすく美しい悲恋ドラマとして上演されることが多いけれど、あれはそんなものじゃなくて、必死に自分の人生を掴みとろうとしたひとりの女性の、非常に苦い、苦しい、辛い物語です。蝶々さんは、人生の選択肢がほとんどない中で、〈アメリカ〉がくれたわずかな希望にすべてをかけて、結局裏切られる。今回は1904年伊ブレシアでの再演の版から、ピンカートンの妻ケートと蝶々さんのより踏み込んだ対話、シャープレスが金を渡そうとする場面を復活させる予定ですが、そうした残酷な現実があってこそ、蝶々さんの悲劇はより切実に伝わるはず。日本人の役を日本人歌手が、外国人の役を外国人歌手が歌うことも、日本の観客にとってこの作品を抵抗なく理解する助けになると思います」

 

観客の想像力とともに

 「オペラには〈豪華な装置や衣装を楽しみに行く〉という側面ももちろんあるけれど、豪華な装置は5分見たら飽きてしまう。〈人間〉を表現するためにまわりがどうあるか、ということが重要なので、舞台装置や衣装に印象が残らないほうがいいんです。いっぽうで確かに全てのお客さんが物語をよく知っている訳ではないので、要所要所で視覚的に説明していく必要もあります。最小限のもので、飾り立てずに。

 写実性や物量では舞台は映画にかなわない。舞台の場合には、どうやってわずかな提示からお客さんのイメージを広げてもらうかが大切になってきます。豊臣秀吉と千利休の間にこんな逸話があります。利休の家の庭の花の評判を聞きつけた秀吉がこれを見に行きたいというので、利休は自宅に秀吉を迎えます。秀吉が庭を訪れると、庭の花は全部切られてなくなっている。秀吉は怒るけれど、茶室に入ると、床の間に一輪の花が飾られていた。それが秀吉の目にどれだけ美しく映ったか。舞台でこそやれることというのはこういうことではないでしょうか」

 


LIVE INFORMATION
平成28年度全国共同制作プロジェクト
プッチーニ歌劇『蝶々夫人』《新演出》
全幕・日本語字幕付原語上演

2017年1月22日(日)石川・金沢歌劇座
開演:14:00
2017年1月26日(木)大阪・フェスティバルホール
開演:18:30

2017年2月4日(土)高崎・群馬音楽センター
開演:16:00

2017年2月18日(土)、19日(日)東京芸術劇場 コンサートホール
開演:14:00

指揮:ミヒャエル・バルケ
演出:笈田ヨシ

■出演
蝶々夫人:中嶋彰子(ソプラノ)[金沢、大阪、高崎、2月19日 東京]/小川里美(ソプラノ)[2月18日 東京]
スズキ:鳥木弥生(メゾ・ソプラノ)
ケイト・ピンカートン:サラ・マクドナルド
ピンカートン:ロレンツォ・デカーロ(テナー)
シャープレス:ピーター・サヴィッジ(バリトン)
ゴロー:晴 雅彦(バリトン)
ヤマドリ:牧川修一(テナー)
ボンゾ:清水那由太(バス)
役人:猿谷友規(バリトン)
いとこ:熊田祥子(ソプラノ)
ダンサー:松本響子
父親:川合ロン
召使:関裕行/松之木天辺
村人:重森一/山口将太朗
管弦楽&合唱:
[金沢公演]オーケストラ・アンサンブル金沢/金沢オペラ合唱団
[大阪公演]大阪フィルハーモニー交響楽団/フェスティバル・クワイア
[高崎公演]群馬交響楽団/高崎オペラ合唱団
[東京公演]読売日本交響楽団/東京音楽大学