ポップにロック、ジャズにR&B、クラブ・サウンドからメタルまでと、さまざまなアレンジでまとめられたコンピレーション・アルバムが多数世に出ているディズニー・ソングのカヴァー集。昨年はデヴィッド・フォスターがプロデュースとアレンジを手掛け、アリアナ・グランデやフォール・アウト・ボーイ、ニーヨらが参加した『We Love Disney』が大きな話題になったものだ。また、邦楽アーティストたちが自由なロック解釈でカヴァーしている〈ROCK IN DISNEY〉シリーズもますます好評。どんなアレンジでも輝きを放ち、必ずワクワクさせてくれるのが、ディズニー・ソングの魔法というものだろう。
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そんなディズニー・ソング・カヴァー集の最新盤にして、大人と呼べる年齢層の方々に聴いてもらいたいのが、『Jazz Loves Disney』。ジャズ界のトップ・アーティストたちがビッグバンド・ジャズのアレンジでディズニー・ソングをカヴァーした作品だ。そもそもウォルト・ディズニーはジャズを愛していたし、昔からディズニーの曲を取り上げるジャズ・ミュージシャンも多かったわけで、いわばジャズとディズニーは相思相愛の関係。タイトルにある〈Loves〉がまさにミソで、参加ミュージシャンたちのディズニー愛、またはディズニー・ソング愛に満ち溢れた内容になっている。
先の『We Love Disney』に続いてヴァーヴからの一枚。それだけに、ジェイミー・カラムやメロディ・ガルドー、ステイシー・ケント、グレゴリー・ポーターら、錚々たるアーティストが顔を揃えている。プロデュースはジェイ・ニューランド。ノラ・ジョーンズのデビュー作『Come Away With Me』や2作目『Feels Like Home』のエンジニアとして有名だが、グレゴリー・ポーター、ジョン・スコフィールド、キース・ジャレットら、さまざまなアーティストのヒット作を手掛けてもきた人だ。そしてディレクションとアレンジをロブ・マウンジーが担当。マウンジーはコンポーザー/アレンジャー/プロデューサー/コンダクター/キーボーディストとして、ジェイムズ・テイラーやカーリー・サイモン、アレサ・フランクリン、ナタリー・コール、渡辺貞夫ほかビッグネームの作品を多数手掛けている。
『Jazz Loves Disney』を聴けば、ビッグバンド・ジャズに乗ってディズニーのお馴染みのキャラクターたちがそこで動いている様が目に浮かぶよう。ムーディーだったり、軽やかだったり。美しかったり、洒落ていたり。流麗で豊かさのある全13曲のサウンドと歌はとりわけこのシーズンにピッタリ合うので、クリスマスのギフトにもいいかもしれない。ここでは、簡単に1曲ずつ触れていこう。
1. ジェイミー・カラム “Everybody Wants To Be A Cat”
童顔のジャズ・エンターテイナーがオープナーとして歌う本作のリード・トラックは、「おしゃれキャット」からの楽曲。展開が大きく変わってジャム・セッションっぽく進んでいく中盤以降は、サッチモ的な声の出し方をしたり、シャウトしたりと、歌唱方の幅の広さを伝えてくる。ヴォーカリストとしての新たな踏み出しが感じられ、そのあたりがそろそろ聴きたい新作にも反映されそうな予感大。
2. メロディ・ガルドー “He’s A Trump”
先頃はブラジルのシンガー・ソングライター、ピエール・アデルニとの来日公演も大絶賛されたガルドーが歌うのは、「わんわん物語」の有名なシーンで流れるこの曲。オリジナルはソフト&クールな歌声で知られたペギー・リーのヴァージョンだが、ガルドーは〈上品なセクシーさ〉を感じさせつつ歌っている。出だしの色っぽい〈んんん〉から引き込まれるが、そのあとは艶っぽく行きすぎず、サラリと表現。にもかかわらず豊かな余韻を残すのが、彼女らしいところだ。
3. ステイシー・ケント “Bibbidi Bobbidi Boo”
英語、フランス語、ポルトガル語を駆使しながらコスモポリタンな活動を続けるジャズ・ソング・バード。彼女がフランス語で歌っているのは、「シンデレラ」でかぼちゃが馬車に変わるときに使われる魔法の言葉がタイトルになったこの曲。ペリー・コモのオリジナル・ヴァージョンとはアレンジを大きく変え、ここ数年積極的に取り組んでいるボサノヴァを基調にした仕上がりだ。流麗なストリングスと彼女の可愛らしい発音による〈ビビディ・バビディ・ブー〉、その合わさりぶりはまさに魔法。
4. グレゴリー・ポーター “When You Wish Upon A Star”
誰もが知るディズニーを象徴する代表曲にして、AFI(アメリカ映画協会)が2004年に発表したアメリカ映画主題歌ベスト100の7位(ディズニー関連作では最高位)。「ピノキオ」でコオロギのジミニー・クリケットが歌ったこの曲は、これまでにサッチモやグレン・ミラーらが取り上げてきたが、ポーターは優しくもソウルフルに歌い上げていて、その温かさはまるで暖炉のよう。サックス・ソロとの相性もいい。願いは間違いなく叶うだろう。
5. チャイナ・モーゼズ “Why Don't You Do Right”
ディー・ディー・ブリッジウォーターを母に持ち、エモーショナルな歌声で人々を魅了するチャイナ・モーゼズがセクシーに歌っているのは、「ロジャー・ラビット」の楽曲。1940年代にペギー・リーがベニー・グッドマンのバンドと歌ったヴァージョンがよく知られているが、エラ・フィッツジェラルドやシャーリー・ホーンのカヴァーで親しんだ人も多いだろう。ここでモーゼスは、さながらダイナマイト・ボディのジェシカ・ラビットになりきって歌っているかのようだ。
6. ラファエル・グアラッツィ “I Wanna Be Like You”
先頃劇場公開された実写版も話題になった「ジャングル・ブック」のオリジナル・アニメで、オランウータンのキング・ルーイが逃げようとする少年モーグリに向かって踊りながら歌うのがこの曲。それはルイ・プリマが歌ったものだったが、本作ではイタリアのシンガー/ピアニストが粋に歌ってみせている。ジャングル的な躍動を感じさせるビートの効いた序盤からスウィングする中盤への移行の仕方と、グアラッツィの伊達男的な歌いっぷりがいい。
7. ロブ・マウンジー・オーケストラ “A Dream Is A Wish Your Heart Makes”
アルバム全体のディレクションとアレンジを手掛けたロブ・マウンジーが自身のオーケストラで演奏した、「シンデレラ」のなかのナンバー。シンデレラが自身の部屋に入ってきた動物たちに向かって歌う楽曲だ。管と弦がひとつになって醸し出す麗しい調べが時間を忘れさせ、夢見心地にさせてくれる、そんな素晴らしいインスト・ヴァージョン。ちなみに同オーケストラは、“Everybody Wants To Be A Cat”と“Let It Go”を除く本作収録曲の演奏を担当している。
8. ヒュー・コルトマン “You've Got A Friend In Me”
〈トイ・ストーリー〉シリーズで使われていたこの曲は、ランディ・ニューマンによる楽曲。「トイ・ストーリー」ではランディとライル・ラヴェットがデュエットし、〈同2〉ではロバート・グーレが歌い、〈同3〉ではジプシー・キングスがスペイン語で歌っていた。それを本作では、90年代にホークス(The Hoax)というバンドで歌っていた異色のヴォーカリスト、ヒュー・コルトマンがカヴァー。コルトマンの歌唱には洒落っ気と説得力の両方があって独特の味わいを残す。
9. アンヌ・シラ “Let It Go”
日本でも特大ヒットとなった「アナと雪の女王」のアンセム。劇中ではイディナ・メンゼルがドラマティックに熱唱していたわけだが、ここではアンヌ・シラがまったく異なるアプローチで取り組んでいる。ジャジーなアレンジがまず新鮮だが、彼女の歌い方も歯切れが良く、サビも弾むような感覚だ。シラはフランスのシンガーだが、ここではオリジナルに沿って英語で歌唱。
10. メロディ・ガルドー&ラファエル・グアラッツィ “The Bare Necessities”
“I Wanna Be Like You”に続いて、「ジャングル・ブック」からの楽曲。メロディ・ガルドーとラファエル・グアラッツィというまったく異なる個性のデュエットが、このような楽し気な曲で実現したことが嬉しい。2人ともいい塩梅に力を抜き、呼吸ぴったりに歌っている。ガルドーの最後の一声がなんとも艶っぽい。
11. ライカ“Once Upon A Dream”
奥行きがあって神秘的な低い声が魅力の女性シンガーが歌っているのは、「眠れる森の美女」のテーマソング。映画のなかでは愛してくれる男性と出会えた女性のフワフワと舞い上がるような気持ちが表現されていたが、ライカはどっしりと落ち着いた大人の女性として、地に足を着けて想いを表現。つまり大人の女性のロマンティシズムが表出しており、オリジナルとはまったく異なる解釈で聴くことができる。
12. ニッキー・ヤノフスキー “Un Jour Mon Prince Viendra”
「白雪姫」の劇中で、主人公が〈いつか必ず幸せになる〉と歌ったこの曲は、デイヴ・ブルーベックによってジャズのスタンダードとなり、ビル・エヴァンスやマイルス・デイヴィス、チェット・ベイカーらがカヴァー。それを本作で歌っているのは、カナダはモントリオール出身の若き歌姫(日本ではニッキとして2010年にデビュー)で、流石の豊かな歌唱力に唸らされる。この曲をこれほどの説得力で、かつテーマから離れず歌えるシンガーはほかにいないだろう。
13. ステイシー・ケント “Give A Little Whistle”
日本盤ボーナス・トラックは「ピノキオ」からの1曲。コオロギのジミー・クリケットがピノキオに、困ったときに友達を呼ぶための口笛の吹き方を教えるシーンで歌われていた。ここで歌うはステイシー・ケントで、軽やかなメロディーに彼女のハイトーンと口笛が合っている。丸々1枚、ステイシーによるディズニー・ソング・カヴァー集なんていうのも作ってほしくなるほどだ。