「心やマインドへ訴えるだけの音楽だけでなく、みんなにダンスフロアで踊ってもらいたいと思っていた。一生ジャズ・アルバムを作ることもできる。でも、大勢の人たちに(自分の音楽を)聴いてもらいたいんだ。僕はマイルス・デイヴィスと同じくらい、ジェイミーXXの音楽も好きだからね」
このように語るのは、ロバート・グラスパーと人気を二分する現代ジャズ・シーンのスーパースター、ホセ・ジェイムズ。2月15日に日本先行リリースされる通算7枚目のニュー・アルバム『Love In A Time Of Madness』で、彼はさらなる変貌を遂げている。
その歩みを振り返ると、ジャイルズ・ピーターソンに見出されてUKのクラブ・シーンで先に頭角を現わし、ceroにも影響を与えた2013年の人気作『No Beginning No End』ではネオ・ソウル的なアプローチを披露。さらに、2014年の次作『While You Were Sleeping』ではロックやエレクトロ、フォークを積極的に採り入れたかと思えば、ビリー・ホリデイの生誕100周年に合わせて発表された2015年のトリビュート作『Yesterday I Had The Blues』では、オーセンティックなジャズ・シンガー像を堂々と演じてみせた。このように振れ幅の広いサウンドの変化や、新境地に挑み続けるカメレオン・スタイルはホセの十八番だが、『Love In A Time Of Madness』はそんな彼にとってもキャリア最大の挑戦作だと位置付けられるだろう。トラップ・ビートが敷かれた本作のリード曲 “Always There”を聴けば、これまでとの違いは一目瞭然だ。
従来のアルバム及びライヴでは、ホセのバックを支えていたのは高度なスキルを誇るジャズ・ミュージシャンであり、そんなバンドの演奏を巧みにプロデュースすることで、彼は新しい可能性を切り拓いてきた。しかし、『Love In A Time Of Madness』に収められた楽曲の大半は、タリオとライクマインズという若手プロデューサー陣がによる打ち込みをベースに構成されており、曲によってはソロモン・ドーシー(ベース)やネイト・スミス(ドラムス)といった盟友たちも参加しているが、コンテンポラリーなR&Bサウンドのなかにジャズの面影を探すのは難しい。こういったモダンなアプローチへの影響源として、〈グライムスが描く世界観、カニエ・ウェストの創造力、FKAツイッグスのキュレーター的資質、ジ・インターネットが持つジャンルの融合のバランス〉などがプレス資料には列記されているが、そのような話を踏まえれば、本作のマスタリングをFKAツイッグスやジェイムズ・ブレイク、yahyelなどを手掛けてきたマット・コルトンが担当しているのも頷ける。
大胆な舵取りをしてみせた本作は、「自分の感情を安心して語れる場所というのがR&Bだと思っている」とホセ自身も過去のインタヴューで語っていたように、彼のパーソナルな側面がもっとも浮き彫りになった一枚であるとも言えそうだ。ゴスペル畑のシンガー・ソングライター、マリ・ミュージックが参加したシルキーなバラード“To Be With You”では、〈僕は落ち込んでボロボロになっていた〉〈知らなかったんだ もう一度命を吹き込んでくれる愛が存在するなんて〉と剥き出しの感情を曝け出しているが、セクシーで情感豊かな歌声には、ヴォーカリストとしてタフな場数を踏んできたからこその逞しい成長ぶりも窺える。
『Love In A Time Of Madness』のテーマは、〈混乱の時代における愛の尊さ〉。アメリカ国内における差別問題や、それを助長するシステムの崩壊にショックを受けたホセは、そんな社会の傷口を癒してくれる愛の力をアルバムに注ぎ込むことにしたという。そういった制作背景も関係しているのか、本作は“Closer”のように機械的なビートが強調される一方で、ホセならではのせオーガニックな質感と人間らしい温かみ、洗練されたムードがこれまで以上に際立ったアルバムでもある。プリンスにオマージュを捧げたという“Live Your Fantasy”は、ホセを一段上のステージに押し上げそうなヒット・ポテンシャルも感じさせるアップテンポなナンバー。そして、ゴスペル歌手のオリータ・アダムスを迎えた“I’m Yours”で〈永遠は今夜から始まる〉と歌われる荘厳なフィナーレは、あまりにも美しく感動的だ。
ホセはこの新作を〈ジャズのキャリアの終わりを告げる作品〉と位置付けているそうだが、これまでにもジャンルの境界線(閉塞感)を突破し続けてきたオープンマインドな彼にとって、ジャズの老舗であるブルー・ノートから、ジャケットに〈PARENTAL ADVISORY〉のマークが入った『Love In A Time Of Madness』をリリースすることにも大きな意味があったはずだ。「ア・トライブ・コールド・クエストやエリカ・バドゥ、ディアンジェロを通じてヒップホップやR&B、ポップスがとても興奮するサウンドとして上手く融合されていた90年代~2000年代のように、すべてを融合させることに躊躇しない新世代が登場してきた。こういうサウンドをふたたび世界が求めているんだよ」という本人の発言通り、自由化が進むブラック・ミュージックのシーンにおいて、この勇気あるアクションがどんな反響を巻き起こすかにも注目したい。
ちなみに『Love In A Time Of Madness』の日本盤には、Mikikiも一押しのエクスペリメンタル・ソウル・バンド、WONK(インタヴュー記事はこちら)による“Live Your Fantasy”のリミックスをボーナストラックとして収録。コズミックなビート感覚とネオ・ソウル的な鍵盤の響きを強調した、実に彼ららしい再解釈が施されている。ちなみにホセは現在、本作のプロモーションのために来日中。バレンタイン・ウィークに日本を訪れるのはこれで5年連続となり、その親日家ぶりはよく知られたところ。このチャレンジングな新作を引っ提げて、大舞台でパフォーマンスする日を楽しみに待とう。