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精神性、中身が立ち上がるような芸術でありたい―勅使川原三郎、自身の想いを次世代につなぐ新作「月に吠える」

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  • 2017.06.22
精神性、中身が立ち上がるような芸術でありたい―勅使川原三郎、自身の想いを次世代につなぐ新作「月に吠える」

精神性、中身が立ち上がるような芸術でありたい~勅使川原三郎の想いを次世代につなぐ新作『月に吠える』

 昨年大好評を博した山下洋輔との共演『up』に続き、勅使川原三郎が東京芸術劇場で創作する新作が『月に吠える』。KARASメンバーに加え海外公演において勅使川原のダンス・メソッドを経験したダンサーたちが集まる新たなプロジェクトだ。

 萩原朔太郎の詩集『月に吠える』が刊行されて今年で100年となるが、今読み返してもなお朔太郎の世界の持つ普遍性に勅使川原は触発された。『月に吠える』の序文の中で朔太郎は“詩は文字では書けない”と書いており、それは動作として説明できないけれども香りのように空気中に溶けていく“ダンス”を創造し続ける勅使川原の創作の考え方と重なるところがあるという。朔太郎の作品の中に勅使川原は、ある意味病的で陰鬱な世界から生まれる奇妙なポジティブさ、そこに内在するエネルギー、生命感を感じるという。『月に吠える』で見られる言葉の独特のリズム感、視点が急にガラッと変わってしまうようなイメージ、異文化的な視点が乱反射するような奇妙さ。安定した美ではなく死を畏怖するような感情が美意識を高めていく、そんな際どいばかりの美を勅使川原は見た。反転してねじれていくことによって、病んだイメージとは反対の鮮やかさ、清らかさ、そしてきらめきを感じるという。

 勅使川原は、萩原朔太郎の詩で作品を創ろうという思いを長年あたためてきたという。朔太郎の作品は1年後、10年後、50年後と何回でも読み返せるもの、確立されたものであり、単なる古いというものではない“クラシック”というべき普遍性をもった作品であると話す。過去から未来へと、過去から現在を通過していく時の強度を持っているからである。それは勅使川原の作品創りの姿勢にも通じるものである。自分が創りたいものだから創りたいというよりは、現代の振付家として創造をして次世代へとつなげなければならないという強い意志に基づくクリエイションなのであり、朔太郎の詩とその精神が創らせてくれるものを創りたいという想いが込められている。

 KARAS APPARATUSという上演空間を持つようになってからは、勅使川原の創作のペースは上がっているが、それは彼が創りたいものがそれだけたくさんあるということであり、当たり前の営みとして行っている。この空間で上演された作品では、『トリスタンとイゾルデ』『白痴』『パフューム』はより大きな規模の劇場、さらには海外公演でも上演されている。“自己主張としてのダンス”ではなく、踊り手が能役者のように器として存在して精神性、中身が立ち上がるような芸術でありたいという勅使川原の想いは、KARASメンバーのみならず、今回の『月に吠える』に参加する海外からのダンサーたちにも引き継がれていくに違いない。

 


LIVE INFORMATION

勅使川原三郎「月に吠える」
○8/24(木)19:30開演
○8/25(金)19:30開演
○8/26(土)16:00開演
○8/27(日)16:00開演
会場:東京芸術劇場 プレイハウス
振付・美術・照明・衣装・選曲・出演:勅使川原三郎
出演:佐東利穂子、鰐川枝里、マリア・キアラ・メツァトリ、パスカル・マーティ(イエテボリ・オペラ・ダンスカンバニー)

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