セロニアス・モンク生誕と、ジャズの初録音から100周年を祝福するニュー・アルバム

 2017年はジャズの孤高の巨人、セロニアス・モンク(ピアノ)の生誕100年。多くのアーティストがモンクをテーマにした作品に挑み、トリビュート・コンサートが開催されている。ニューヨークを拠点に世界で活躍するピアニスト、山中千尋も最先端のリズム・セクションを起用した野心作『モンク・スタディーズ』をリリースする。山中は、セロニアス・モンクを作曲家として、ピアニストとして深く尊敬し、今までもライヴ、レコーディングで数多くモンク・チューンを取り上げてきた。高校生の頃、初めてセロニアス・モンクの音楽に触れて衝撃を受け、山中はジャズの面白さに目覚めたという。モンクの特異なメロディを追っていくと、スウィングと言うグルーヴの骨組みが見えてくる。若き日にモンクの『セロニアス・イン・アクション』『モンクス・ミュージック』『クリス・クロス』『ブリリアント・コーナーズ』『アローン・イン・サンフランシスコ』を愛聴。バド・パウエル(ピアノ)や、チック・コリア(ピアノ)のモンク曲集もよく聴いていた。ジャズの原体験とも言える出逢いで、山中の音楽に大きな影響を及ぼしている。山中は「モンクの曲はソロ・ピアノで弾いても面白いけど、アンサンブルで演奏するとより鮮明にその実像、特異性が浮かび上がる」と語る。今回、モンクの作品に正面から取り組み、その音楽を解体し、山中のスタイル、21世紀のジャズの視点で再構築した。

山中千尋 『モンク・スタディーズ』 ユニバーサル(2017)

 

ケリー、パークスのバークリー音大の友人との再会から生まれた、スーパー・セッション

 山中千尋は2015年に、バークリー音大時代からの親友でスティング(ボーカル/エレクトリック・ベース)のツアーにも参加している女性ドラマー、カレン・テパーバーグとアコースティックとエレクトリックが交錯するパワー・トリオ、スフィアズを結成し、ビルボード大阪でのライヴ盤『ライブ・イン・大阪!!』をリリースしている。このグルーヴ・オリエンテッドなコンセプトを発展させて、今回のプロジェクトのサイド・メンに、二人の旧友を起用した。ベースのマーク・ケリーは、バークリー音大在学の1998年にケンドリック・スコット(ドラムス)や、ウォルター・スミスIII(テナー・サックス)、ラーゲ・ルンド(ギター)らと、ニューヨークやヨーロッパでギグを共にした付き合いだ。2000年には日本ツアーも廻った。5、6年ほど前に、あるライヴでザ・ルーツと一緒になる。山中はケリーがルーツのメンバーになっていることを知らず、ばったり再会。旧交を温め、ケリーが進めているディーントニ・パークス(ドラムス)とプロジェクトのデモ音源を聴かせてもらい、いつかまた共演しようと約束したそうだ。ディーントニ・パークス(ドラムス)と山中は、1999年にバークリーの学生オール・スター・ビッグバンドのレインボー・バンドで、ニースで演奏した時に一緒だったそうだ。当時の写真は、バークリー音大のテキストブックに掲載されている。その後、パークスはテクノセルフというソロ・プロジェクトや、R&B、ヒップホップ系のセッションで頭角を顕した。現在はアトランタを拠点に、フライング・ロータスやマーズ・ヴォルタらと共演している。そして今回、3人が一堂に会するチャンスがついに巡ってきた。

 

モンクへのオマージュとともに、平和の中にある音楽の尊さのメッセージを伝えたい

 『モンク・スタディーズ』で、山中はピアノのみならずキーボードを多用し、スタジオでもケリー、パークスと同じルームで、緊密なインタープレイを繰り広げた。ジャズ・アルバムとしては異色で、ベースとドラムスが一切ソロを執らないのだが、2人の力強いグルーヴが、強烈な存在感を放っている。そしてすべてを録音したスタジオ・セッションを、プロ・ツール上に並べて、様々なコラージュを施して本作を完成させた。アルバムは、3曲の山中のオリジナルと、6曲のモンク・チューン、1曲のモンクが愛奏したトラディショナル・ソングで構成される。オープニングを飾る“ハートブレイク・ヒル”は、ボストン・マラソンの最後の難所の丘からタイトルをつけた。今の出口が見えないアメリカの政治状況を表している。モンクのシンメトリックなメロディ構成にアイディアを得て作曲し、メロディを違うスポットにペーストすることによって、モンクの意外性のあるヴァンプを表現した。“ニューデイズ、ニュー・ウェイズ”は2部構成で、モンクの“クリス・クロス”のような自然に聴こえるのだが、伸び縮みするトリッキーな小節構成を取り入れた。曲の後半では、テンション&リリースを繰り返すコードで自由奔放なソロをとるため、正確に弾かなければ不自然に聴こえるピアノではなく、曖昧なニュアンスが出るシンセサイザーを駆使する。“ミステリオーソ”の6度のメロディをこよなく愛する山中は、それを逆にして“ノーバディ・ノウズ”のモチーフを創り、“ミステリオーソ”と重ね合わせた。その中間部に、セッションで録音したブルースのテイクを挟み“ミステリオーソ”に解決するという、サウンド・コラージュを試みる。カヴァーでは、誰もが知ってる有名なモンク・チューンを敢えて取り上げ、様々な実験に挑んでいる。山中が最初に聴いたモンクの曲は“パノニカ”である。その可愛らしいメロディと、ねじれた構成をサンプリングを入れることによって表現した。ケリーの浮遊するベース・ラインが聴きどころだ。スタンダードの“ブルー・スカイ”が元になった“イン・ウォークト・バド”では、あえてシンセサイザーで、ピアノでは表現が難しいスペース感を追求する。ケリーとパークスの激しいグルーヴがうねる“リズマニング”では、山中もそのグルーヴに乗りつつ、モンクがよく使う裏コードを忍ばせた。“ルビー・マイ・ディア”は、ビートを細かくしダブル・タイムで時間を凝縮し、新たな解釈を加えている。モンクの中でも最も奇妙な曲と言われる“クリス・クロス”は、ケリーのベース・ラインにシンセサイザーを乗せてエッジなニュアンスを醸し出す。“ハッケンサック”は、リズムの2人がカリビアン・グルーヴを叩き、ジャズのルーツを感じさせた。“アバイド・ウィズ・ミー”は、邦題を「日暮れて四方は暗く」で知られる賛美歌で、モンクの愛奏曲でもあり、セロニアス・モンク&ジョン・コルトレーンでも演奏している。山中は、今の閉塞的な政治状況に、ポジティヴな希望の火を灯す意志を込めて、通奏低音を駆使した古楽のアプローチでプレイした。パークスのヴォイス・エフェクトが、不可思議なイメージを増幅し、このプロジェクトの次なる展開を予感させる。山中は、アメリカでの本格的な演奏活動は、ジョージ・ラッセル(パーカッション/アレンジ)のグループでシンセサイザーをプレイしたことから始まる。シンセサイザーの伸びる音で、自由奔放にプレイする原点に立ち返って『モンク・スタディーズ』をプレイした。B-3オルガンや、フェンダー・ローズをも演奏して、ピアノにとどまらない鍵盤楽器の奥深さを再認識したという。

 7月には、山中のセレクションで、セロニアス・モンクのコンピレーションもリリースする。『モンク・スタディーズ』と併せて聴くことによって、セロニアス・モンクと山中千尋が50数年の時を超えてリンクするだろう。また『モンク・スタディーズ』はLPレコードでもリリースされ、オーディオ・ファイルからDJにも広く届けたいと山中は語る。6月には、全国8か所を巡るClub Dates ツアー、そして7月からは、スフィアズで共演したカレン・テパーバーグを擁するトリオで、まず富山、そして、ロシア、イタリア、ドイツ、東京、大阪、名古屋、スイスをめぐるワールド・ツアーに乗り出し『モンク・スタディーズ』のレパートリーもプレイする。山中千尋は本作に込めた思いを、セロニアス・モンクへのオマージュとともに、今の緊迫する世界情勢の中で、平和の中にある音楽の尊さや、音楽や表現によって平和を導くことの大切さを込めた事をメッセージとして伝えたい、リスナーの皆様が音楽を聴く時間を大切に思って欲しいと語った。

★Recommended CD

 


LIVE INFORMATION
山中千尋エレクトリック・トリオ
「モンク・スタディーズ」スペシャル・ライヴ 2017

2017年7月7日(金)富山・魚津 新川文化ホール 小ホール
2017年8月25日(金)~27日(日)東京・丸の内 コットンクラブ
2017年8月28日(月)愛知・名古屋 ブルーノート
2017年9月9日(土)大阪・梅田 ビルボートライブ大阪http://www.chihiroyamanaka.com/

 


山中千尋
ピアニスト/作曲家/アレンジャー/プロデューサー。桐朋女子高校音楽科、桐朋学園大学音楽学部演奏学科(ピアノ専攻)を経て米国バークリー音楽大学に留学。在学中より幾多の賞を受賞し、数多くの有名アーティストと共演を重ねる。ニューヨークを中心に世界各地で活動を続け、2005年1月にユニバーサル クラシックス&ジャズと契約。2016年にデビュー15周年を迎え、ブルーノートから3作目のオリジナル・アルバム『Guilty Pleasure』の発売を記念したワールド・ツアーは各地でソールド・アウト、英ガーディアン紙でも絶賛されるなど大成功を収めた。

 


寄稿者プロフィール
常盤武彦(Takehiko Tokiwa)

写真家、音楽ライター、横浜市出身。88年に渡米、NYのジャズ制作現場の最前線で、写真撮影を手がけ、日本の媒体にも撮影・執筆を行っていた。2017年4月拠点を日本に移す。著書に「ジャズでめぐるニューヨーク」(角川oneテーマ新書、2006年)、「ニューヨーク アウトドアコンサートの楽しみ」(産業編集センター、2010年)がある。現在新著を鋭意準備中。