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デイヴィッド・トゥープ『フラッター・エコー 音の中に生きる』 デイヴィッド・トゥープ自伝 自身の半生をタイムトラヴェルする

Exotic Grammar Vol.51

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  • 2017.07.25
デイヴィッド・トゥープ『フラッター・エコー 音の中に生きる』 デイヴィッド・トゥープ自伝 自身の半生をタイムトラヴェルする

デイヴィッド・トゥープ自伝
自身の半生をタイムトラヴェルする

 デイヴィッド・トゥープは、60年代後半からアシッド・フォーク、実験音楽、即興音楽、フィールド・レコーディング、サウンド・アート、ダブ、アヴァン・ポップ、アンビエント、エレクトロなどの広範にわたる音楽 / 音響ジャンルという、さながら「音の海」を、広く、深く、探索してきた英国の音楽家、 批評家、キュレーターである。

 最初に日本で彼の名前が広く知られるようになったのは、ブライアン・イーノが1975年に設立した実験音楽レーベル「オブスキュア(obscure)」からリリースされた、マックス・イーストレイとのスプリットアルバム『新しい楽器と再発見された楽器(New and Rediscovered Musical Instruments)』(1975年)によってである。また、デイヴィッド・カニンガムによるフライング・リザーズにスティーヴ・ベレスフォードとともに参加したり、自身のレーベル「クォーツ(Quartz)」からフィールド・レコーディングや実験音楽作品をリリースしたりなどによって、80年代の初頭にトゥープのインタヴューや紹介記事が雑誌に掲載されたりもした。そうしたことから、トゥープは、イーノやカニングハムといった音楽家たちと同様のインテリジェンスをもった音楽家のひとりとして知られるようになったと言えるだろう。

 その後、1984年に最初の単著『Rap Attack』を上梓してから10年余を経て、1995年に著述家としてさらに注目を集めるようになる。それが『Ocean of Sound: Aether Talk, Ambient Sound and Imaginary Worlds』であり、同時に発表されたトゥープによって編纂された同名のコンピレーション・アルバムとともに、その後のポピュラー音楽を起点とするあらゆる音楽への接続と混交を誘発する、新しい音楽の聴き方を示唆する契機となった。そうした著作によって現在まで、音楽家としても批評家としても、トゥープの存在は確固たるものとなっていると言えるだろう。

 以後も、トゥープは多くの著作をものしているが、現在翻訳された著書は『Ocean of Sound』(『音の海—エーテルトーク、アンビエント・サウンド、イマジナリー・ワールド』 水声社、2008年)のみとなっている。これまでもトゥープの著作が、翻訳の話が持ち上がりながらも実現してこなかったことには、トゥープの文章を日本語に翻訳することが非常にむずかしいことがある。しかし、学際的な専門的語彙が頻出する、その情報量はその多様な音楽活動とおなじく、トゥープの博覧強記ぶりをよく表わすものであり、それこそがトゥープの著作の魅力でもある。

 トゥープは、自宅に日本風の庭園を作ってしまうほどの親日家としても知られるが、舞踏家の石井満隆との共演など、70年代の初期に始まる日本人アーティストとの共演も現在まで続くものである。あるいは、80年代にはホーキ・カズコを中心にした在英日本人によるグループ、フランク・チキンズのプロデュースなど、日本との関係には縁深いものがある。それは、たとえば雅楽を聴き日本の音楽に触れたことから発展して、庭園や食事、80 年代の文化などにまで一貫して関心を持ち続けていることにも表れている。特に70年代の初頭にイギリスに来た雅楽のグループの演奏を観たことはとても重要なきっかけになったと言う。近年でも、中島吏英や池田謙といった若い世代のアーティストとの共演も積極的に行なっている。

 現在トゥープは、ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーションで教授として即興についての実技を受け持っている。曰く、即興を教えるのはとても難しいことで、意識しているのは、即興が生まれるような状況を作ること。即興を行なうことは、みんながそれぞれのやり方を自分で見つけるしかない。彼は、どういう風にそのやり方を見つけられるかをガイドする。たとえば、紙を触ったり擦ったりしながら時間について意識してみたり、といった人生にとっての基本的なものに気づきを与えることなど。ヴァイオリンを学んだ人は、ヴァイオリンを演奏することにとらわれすぎてヴァイオリンという楽器そのものがどういうものか考えるのをやめてしまう。しかし、そういう演奏することのもっと基本的なところに立ち返ってみることが大事なのだと言う。

 今回の来日もまた、東京藝術大学(2017年4月14日)の招きによる、特別講演「聴取にもとづく実践の境界」のためのものだった。また、ロンドン芸術大学に学んだ実験音楽家、サウンド・アーティストの北條知子(講演の企画者でもある)とラヘル・クラフトとのパフォーマンスを行なった。

 その講演で、トゥープは薄葉紙を観客に配布し、それを各自が音を発する媒体として自由に音を出すことを促した。彼は「ちょっと前に娘から孫が銀紙で遊んでいる映像がたまたま送られてきたんです。私が紙でそういうことをしているのを知らずに送ってきたんですが」と言って、じつは観客もまた赤ん坊のように純粋に音を出すことを楽しむことで、たとえば、自分が身につけた音楽的なスキルや習慣を忘れさせるような時間をもたらしたのだった。

 

DAVID TOOP,LITTLE FISH,奥藤知子 フラッター・エコー 音の中に生きる DU BOOKS(2017)

 そのトゥープが自伝『フラッター・エコー 音の中に生きる』を上梓する、しかもいまのところ日本でのみの書き下ろしで出版される。たしかに、その活動や著作の存在はある種の音楽愛好家たちの間で支持され賞賛を得てきたが、それでもまだ日本で充分に紹介されているとは言えない。90年代、特に『Ocean of Sound』以前の活動についてはなおのことそうだろう。日本語で読める文献資料の少なさは、トゥープや70年代の英国実験音楽、即興音楽シーン、80年代のパンク以後のアヴァンギャルド、90年代以降のクラブ/テクノの動向を知るにしても、それはやはり如何ともしがたい障壁でもあった。それゆえ、そうした動向における中心人物のひとりと言っていいトゥープその人の半生から、この50年近い年月にわたる動向を俯瞰するとも言えるこの企画は、非常に意欲的かつ重要なものとなるだろう。

 よくトゥープの著作は、全部自分について書いている、と言われると言う。しかし、正式な形で依頼を受けて自分のことを書く、自分について書くのは今回が初めてのことだ。これまでの彼の著作には、彼自身の記憶をモチーフにして書かれるものが多く、ある意味では、ある種の自伝的な要素が少なからずあるのが彼の著作の特徴でもある。だから常に彼の記憶とその時の音の記憶が一緒になってひとつの著作になっていく。『Haunted Weather:Music, Silence And Memory』は、2000年の東京滞在をきっかけに書かれたものだ。しかし、一人称で語りながらも客観的に物事を見るように努め、あまり人々の関心を惹かないものと読者をつなぐようなことを書くのだと言う。また、今回日本語で(だけ)出版されるということが、彼にある意味では自由なスタイルで執筆させることになった。それは「個人的なことをもっと他人として書ける」ということで、それによって「自分の音楽に対しても、より自由に表現することができた」とトゥープは言う。しかし、部分的には、以前のような書き方で構造を作っていきながら、自伝であるから当然と言えばそうなのだけれど、基本的には音楽について書きつつ、自分の話を、自分の個人的な経験をどのくらい含めるのか、あるいは含めないのかということを考えたそうだ。

 この自伝は、彼自身の、音楽家としてまたリスナーとしてのさまざまな音楽体験、音楽的変遷がひとつの軸になっている。それは(彼の著作によく見られる手法である)時間軸を行き来しながら、意識の流れがトゥープの音楽活動や音楽的関心の変遷と重ね合わされながら進行していく。通常、自伝というのは生い立ちから始まって時間軸に沿ってリニアに進んでいくものである。しかし、この自伝はリニアに進まず、行ったり来たり、何年か進んだら、ある出来事をきっかけに何年か前に戻ったりする。あらゆる時間に彼がいた、ということとそのあらゆるモメントが、それぞれの時間と接続されるというような、ひろがりを感じることができる。それはカート・ヴォネガット・ジュニアの『スローターハウス5』のような、自身の半生を自在にタイムトラヴェルするような作り方を特徴とする。最初にこの依頼を受けた際、自伝を書くということが可能なのかを思案しているうちに、私たちは普段自分の過去を思い出したりしながら生きており、常にリニアな時間軸の上で思考、行動しているわけではないと思い至った。そして、それを文章として表現できないかと考えたのだと言う。

 また、自伝を書くにあたっては、思い出すのが辛いような出来事もあったが、しかし、執筆のプロセスにはカタルシス的な部分もあった。「普通はみんなそうした個人的に辛い体験や出来事については書きにくいものだけれど、この自伝では、そういう嫌な思い出でも自分の人生にとって大きなものであり、それが自分を形作っているものなので書かなければいけないと思いました」

 トゥープは5月で68歳になった。1964年から音楽活動を行ない、これまでに音楽だけではない、音そのものやサウンド・アートなど、音楽/音のさまざまな側面に触れてきた。しかし、それを経た後でも、自分がかつてやった仕事がまだ新鮮に感じると言う。また、古いものが新しくなり、新しいものが古くなり、ということは常にあり、当時は未来的に感じたYMOも今ではものすごくノスタルジックな音楽に聞こえる(細野晴臣が先の講演のゲストだった)と言う。

 「人生は長くて短い、若いときから音楽を始めて、だんだん歳をとっていく、それでも新しいアイデアを出さなければいけない。でも、その反面、歳をとってからやりたいこともたくさんあるんです」。

 


David Toop(デイヴィッド・トゥープ )
1949年イギリス・エンフィールド生まれ。音楽家、著述家、サウンド・キュレーター。ロンドン芸術大学教授。1960年代後半から活動を始め、即興音楽、ダブ、アヴァン・ポップ、アンビエント、エレクトロンカ、サウンド・アートなど、時代とともにその音楽スタイルを更新し続けてきた。近年は、サウンド・インスタレーション、ヴィデオ作品、オペラなども手がけている。

 


寄稿者プロフィール
畠中実(Minoru Hatanaka)

1968 年生まれ。NTT インターコミュニケーション・センター [ICC] 主任学芸員。多摩美術大学美術学部芸術学科卒業。1996 年の開館準備よりICC に携わる。主な企画には「みえないちから」(2010 年)、「[インターネット アート これから]―ポスト・インターネットのリアリティ」(2012 年)など。ダムタイプ、明和電機、ローリー・アンダーソン、八谷和彦、ライゾマティクス、磯崎新、大友良英、ジョン・ウッド&ポール・ハリソンといった作家の個展企画も行なっている。

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