熊本マリ (C)Shimokoshi Haruki

ウィリアム・ギロック生誕100年記念企画
熊本マリが語るギロックの楽しみ方

 アメリカの作曲家であり音楽教育家でもあるウィリアム・ギロック(1917年7月1日~1993年9月7日)は、美しく歌謡的でシンプルな旋律に彩られた小品を数多く作曲したことで知られる。今年はギロックの生誕100年にあたり、これまでピアノ指導者や子どもたちに高い人気を誇っていた作曲家だったが、近年多くのピアニストたちがその作品に注目していることから、〈ギロック生誕100年プロジェクト〉が発足。熊本マリ(キングレコード)、小原孝(日本コロムビア)、三舩優子(ビクターエンタテインメント)がギロックを録音し、同時リリースされた。さらに竹村浄子(キングレコード)も録音を行っている。

 熊本マリがギロックの作品に出会ったのは、教授を務めている大阪芸術大学の試験でのこと。ピアノ科ではなく副科の学生たちが試験にギロックを弾くことが多かった。

 「各々の作品はとても短くシンプルで、ピュアな美しさがあり、きれいな曲だなあと思っていました。ずっと気になっていたのですが、今年のメモリアルイヤーに録音することが決まり、多くの作品の楽譜を読み込みました。そこで《叙情小曲集》《ジャズスタイル・ピアノ曲集》を中心にさまざまな作品を選び、連弾も加えました。これは妹の熊本エリザと共演しているのですが、彼女はプロのピアニストではありません。ギロックの作品はけっして難しすぎず、ピアノ愛好家や子どもも楽しんで弾くことができる。妹との連弾は、その意味合いも含んでいます」

 ギロックというと教本というイメージが強く、演奏会などでも弾かれることは稀だったが、今後はステージで紹介したいと語る。

 「各曲にはタイトルが付けられ、たとえば《聖体行列》という曲があります。こうした曲の背景を学んだり、文化を知ったり、子どもから大人まで幅広く楽しめる作品ばかり。いろんなリズムも学べるし、心がうるおい、成長できます。私はギロックの作品は自分にとても合っていると思っているため、いまはステージでも取り上げています。みなさん、いい曲ですねえといってくださるんですよ」

 ギロックの作品は、ときにシューベルトやショパン、グリーグの小品を思い起こさせ、またあるときはガーシュウィンやサティの空気をまとう。とても聴きやすく、心が癒され、自分でも弾いてみたいという気持ちになる。

 「ピアノが好きになるきっかけにもなると思うの。いい演奏をすれば、きっとみんなが好きになってくれるはず。生誕100年を記念したプロジェクトが立ち上がり、3社の録音では、小原孝さん、三舩優子さんと同じ曲も収録しています。これを機に、多くの人がギロックの魅力に気付いてくれたらいいなと思います」

 熊本マリはスペイン作品を得意とし、ギロックのリズム表現も生き生きとした生命力と躍動感を感じさせる。小原孝はかろやかなジャズのタッチを全編に散りばめる。三舩優子は幼少期からアメリカでピアノを学んだことから、自然で自由なギロックを奏でる。三者三様のギロック、いずれも味わい深く親密的だ。熊本マリは、もっと多くの人に知ってもらいたい、印象に残る曲が多いからと熱く語る。

 「スケッチみたいな雰囲気を備え、想像力を喚起する曲が多いんです。私は初めて楽譜を見たときに、自分のことばで話すように弾けるという感じを抱きました。教本としてではなく、いい音楽として聴いてほしいし、弾いてほしい。連弾や3人で弾く曲もあるから、みんなで楽しめるでしょ。子どもが演奏したら、豊かな心を育てることにつながると思う。それが音楽の喜び。大人も一緒に喜びを味わうことができる。演奏する上で大切なのは、音色の作り方とうたい方。譜面を見るとやさしい曲のように思えるけど、やさしい曲ほど難しいの。美しくうたう演奏ができたら最高!」

 熊本マリは、ギロックの作品は「さまざまな種類のスタイルが混在している」と語る。正確に弾くことにこだわらず、自分なりの楽しみ方で弾く方がいいという。

 「音楽の喜びは自分が楽しむこと。大学でも、ピアノ科の学生たちは難しい曲ばかりに挑戦する傾向があるけど、それだけではなく自分らしさを表現する方が大事。副科の学生がギロックを楽しむように、自分に合っている作品を選んだ方が人生は豊かになると思う」

 彼女はギロックと同時に『マリ・プレイズ・サティ』もリリース。パリの空気がただようような独特の世界を詩的に表現している。