嘘か真か、エイプリルフールに10枚目のアルバムが登場――諸事情により今月は半分だけ紹介しておくが、その中身は話半分じゃ済まされないぜ!

10枚目のアルバム

 この〈最ッ低のMC〉がここまで息の長い活動を続けることになろうとは、そのキャリアをごく初期から見てきたリスナーほど想像できなかったのではないだろうか。しかも、単純な息の長さではなく、その粋な足取りは年相応の成熟を蓄えながら逞しくマイペースに上昇曲線を描いている。妄走族の結成に参加してから20年、“極東エリア”でのソロ・デビューから18年、自主レーベルの昭和レコードを立ち上げてからは10年――般若の実に10枚目となるアルバム『話半分』が堂々の完成を見た。

般若 話半分 昭和レコード(2018)

 ボースティングや誇張が表現の魅力に繋がることも多いラップの作品に、わざわざこういうタイトルを付けてくる天の邪鬼なノリも般若らしさと言えるだろうか。単純にエイプリルフールに引っ掛けた表題でもあるのだろうし、10作目という数字的な節目も気にしないような表題ながら、歩んできた道程への感慨や思いはアルバムの中に確実に埋め込まれているわけで、決して話半分に聞いておけばいい類の作品じゃないのは言うまでもない。つまり、このタイトルはもちろんフリというわけである。

 そうでなくてもここ数年の般若は圧倒的だ。名曲“あの頃じゃねえ”を生んだ前作『グランドスラム』(2016年)のリリース前後は、ラスボスとして現在も出演するTV番組「フリースタイルダンジョン」が最初の大きな盛り上がりを迎えていた頃だったが、かつてのヒリヒリくるような危険さと露悪ぶりを滲み出る人間臭さで包んだ(ラッパーとしての)パーソナリティーは、番組でのキャラクター性も利用して広く浸透することになった。そうした本道も太く貫く一方、役者として「ビジランテ」(2017年)や「チェリーボーイズ」(2018年)といった映画に出演したり、Netflixのアニメ「DEVILMAN crybaby」で声優に挑戦したり、背川昇の百合ラップ漫画「キャッチャー・イン・ザ・ライム」の監修をR-指定と務めるなど、その活躍の場はもはや一つに止まるものではない。

 もちろん最重要視するライヴ・パフォーマーとしての体力もストイックに鍛え続けていて、昨年6月に2度目となる日比谷野外大音楽堂ワンマンを成功させたことも忘れてはいけないだろう。その野音を控えて配信リリースされたのが、狐火の諸作やAmateras、Lick-Gらにビートを提供しているSHIBAOを起用した先行シングル“生きる”だったが、そこにあったのは情緒豊かに疾走するトラックを得て真摯に加速していくストイックな言葉の数々だった。同曲も含む今回の『話半分』はその延長線上でひとつの結実を見る一枚と言ってもいいかもしれない。

 

過去と未来

 本人がブログで言うところの〈友達がいない為〉にゲスト・ラッパーなどは皆無。断続的に絡んできたNAOtheLAIZAによる“ここにいる”での幕開けから、先述の“生きる”に流れ込めば、アルバム全体の雰囲気がいつも以上にエモーショナルなことに気付かされる。そんななかでサウンド的な特徴として感じられるのは、レゲエ色がいつもより濃くなっていることだろうか。これまでも“はいしんだ”(2013年)や“LIFE”(2014年)などダンスホール系の人気曲を残している般若だが、今回はメロディアスなフロウや歌唱も併用したマイク捌きにもマッチする形でダンスホール調に止まらず広い意味でのレゲエ・フレイヴァーを導入。ムーンバートンっぽいJAKK POT製の“1歩”、こちらも初顔合わせとなるThe BK Soundのエスニックな意匠に寝言気味の妄言を吐く“虎の話(あわよくば 隙あらば 俺だけが)”、また、SHINGO★西成とも組んできたD.D.ことDADDY DRAGONによる“MY WAY”、さらには“あの頃じゃねえ”などで成果を上げてきたCHIVA(BUZZER BEATS)による“素敵なTomorrow”といった楽曲が作品に豊かな緩急を作り上げている。

 その“素敵なTomorrow”はうららかなビートに乗りつつ軽妙な口調とエグい言葉で辛い思い出を振り返ったものだが、回顧も織り交ぜながらブルージーな“何者でもない”、我が子に向けた“家訓”と、率直にパーソナルな言葉を紡いだ2曲はこれまたCHIVAによるもの。馴染みのDJ RYOW & Growthによる“百発百中”ではネームドロップ多めにシーンの中にラッパーとしての自身を位置付けてはいるものの、相棒のDJ FUMIRATCHが哀愁のループを注いだ“汚ねえ居酒屋”には人情味を伴ってスロウバックするような雰囲気があるし、伸び伸びと歌うフックの晴れやかな寂しさが印象的なタイプライター作の“君が居ない”なども考え合わせれば、今回は〈過ぎ去っていくもの〉に目を向けることで〈来るべきもの〉へと進んでいく一個人としての意志を表したニュアンスがより前に出た作品と捉えることもできるのではないだろうか。ふたたびSHIBAOと組んで夜明けの光景とエモーショナルな心象を重ね合わせた“3時56分”からのアルバム終盤の流れは素晴らしく、bookey制作の“乱世”でジワジワ溢れ出す喜怒哀楽がラストでフッと一気に解き放たれる様は何とも言えず感動的だ。

 というわけで、諸々の詳細は次号でのインタヴューに譲るとして半分あたりで止めておくが……念のためもう一度繰り返しておくと、この『話半分』は話半分に聞いておくようなアルバムではない。このタイトルはもちろんフリである(……たぶん)。 【次号へ続く】

般若のアルバムを一部紹介。

 

『話半分』に参加したトラックメイカーの関連作を一部紹介。

 

関連盤を紹介。