ソロ・アーティストとして活動していた〈E〉ことマーク・オリヴァー・エヴェレットが95年にロサンゼルスで立ち上げたイールズは、当時の北米シーンで異彩を放っていた。パーソナルな悲しみが込められた歌詞、かすれた歌声、ブレイクビーツとローファイなインディー・ロックとを組み合わせたプロダクション――Eのソングライターとしての才能が遺憾なく発揮された初期の作品群は、いまも根強い人気を誇っている。

その後も立ち止まることなく活動を続けてきたイールズが、12作目となるアルバム『The Deconstruction』を発表した。〈最高傑作〉の呼び声が高い『Electro-Shock Blues』(98年)を彷彿とさせる本作で、Eは何を歌っているのか? それは、〈希望〉や〈光〉だと岡村詩野は論じる。本稿では、そのキャリアと重要作品を振り返りつつ、新作『The Deconstruction』の魅力を紐解いた。 *Mikiki編集部

EELS The Deconstruction E-Works/Hostess(2018)

 

いまの時代にこそイールズののヒューマンな歌が必要だ

Netflixオリジナルの人気ドラマ『ラブ』のメイン・キャストの一人であり、ヒゲにおデブなルックスで愛されている俳優のマイク・ミッチェルが、おばあちゃんの誕生日に道路を踊りながら花を届けに向かう“Today Is The Day”のミュージック・ビデオ。この曲でイールズの首謀者、Eことマーク・オリヴァー・エヴェレットは歌う。〈変わることについての自分の歌をただ歌いたかったんだ/今日からスタートするんだ〉。

このコミカルなMVを観て、そして、そこで繰り返し歌われている素直なメッセージに触れ、いまの時代にこそイールズのような〈痛みと慈しみとを同時に知る者のヒューマンな歌〉が必要なのかもしれない、と思った。相手の気持ちを慮り、自身の傷や過去にゆっくりと蓋をしながら、静かな再出発を素直に誓うようなこの歌が、セクハラやパワハラが世界中のあちこちで横行している現在に、アイロニカルだが優しさに満ちたカウンターとして聴き手の心に響くのではないかと。

『The Deconstruction』収録曲“Today Is The Day”
 

 

社会と対峙する歌――初期イールズと90sオルタナティヴ・ロック

イールズがファースト・アルバム『Beautiful Freak』をリリースしてから今年で22年になる。偉大なる物理学者、ヒュー・エヴェレット3世を父に持つ、現在55歳のメガネをかけた髭面の内気で優しき男は、当時からまったくロック・スター然とした佇まいではなかった。使い捨ての激しい競争社会のなかで生き残っていくには、自嘲的な側面が強く表出したデビュー当時のその歌世界は、あまりにも繊細でロマンティックだった。

というのも、『Beautiful Freak』が発表された96年は、カート・コバーン亡き後、オルタナティヴ・ロックがより細分化されて進化し、新たなる土壌が開拓されていた真っ只中。この年だけでも、ベック『Odelay』、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン『Evil Empire』、マリリン・マンソン『Antichrist Superstar』といったオルタナティヴ・ロックのヒット・アルバムがリリースされている。

そんななか、デヴィッド・ゲフィン、スティーヴン・スピルバーグ、ジェフリー・カッツェンバーグが立ち上げたのが映画製作会社、ドリームワークスだ。エンターテインメントの真髄を知り尽くした者たちによるそのドリームワークスの音楽部門は、ある意味でこの商業オルタナ時代を象徴するレーベルとして誕生したのである(2005年に閉鎖)。

目を大きくデフォルメさせた女の子のジャケットが印象的なイールズのデビュー・アルバム『Beautiful Freak』は、そのドリームワークス第二弾アルバムとして8月にリリースされている(第一弾は同じ96年5月発表のジョージ・マイケル『Older』)。ヒップホップ畑から飛び出し、ベックやビースティー・ボーイズなどを手がけてこの時期一気に活動の場を広げることになる売れっ子=ダスト・ブラザーズのマイク・シンプソンを中心に制作されていたこともあり、このファーストはエディトリアルな感覚でブルースやヒップホップからロック、フォークまでをも消化している。つまり、当時の作法を多分に取り入れた野心的な作品だったのだ。冒頭、レコードのノイズに始まる仕掛けも、西海岸を拠点とするヴェテラン・ギタリスト/コンポーザーのマーク・ゴールデンバーグの参加も、アナログ感や70年代が見直されていたこの時代らしい〈演出〉だったとも言える。

96年作『Beautiful Freak』収録曲“Novocaine For The Soul”
 

しかし、一方でこの初作にはジョン・ブライオンが関わっていることも見逃せない。当時の彼はエイミー・マンなどのバックアップを務めており、同じ96年に出たフィオナ・アップルのファースト・アルバム『Tidal』にも関わるなど、シンガー・ソングライター系プロデューサーとして売れっ子になっていく(最新の仕事のひとつは、グレタ・ガーウィグ監督の映画『レディ・バード』のサントラ!)。音作りにこそ時代性が反映されていたが、人間味溢れるメロディーをしっかり紡げるソングライターとして、あるいは自身の内面と向き合いながらも社会を写す鏡のようなリリックを書ける詩人としての資質もちゃんと掬い上げる作品になっていたのだ。

ドリームワークスがその時点でどこまでマークのこうした滋味豊かな魅力を見抜いていたのかはわからない。だが、この2年後にルーファス・ウェインライトのファースト・アルバム『Rufus Wainwright』と、エリオット・スミスの移籍第一弾『XO』という重要作品を送り出すことを思えば、レーベルとして〈社会と対峙する歌〉というアングルをマークの曲にも見出していたということになるだろう。

そんなマークのソングライターとしての資質がより明確に開花したのが、そのルーファス、エリオットの諸作品と同じ98年に発表された2作目『Electro-Shock Blues』だ。このアルバムにもマイク・シンプソン、ジョン・ブライオンらは継続して関わっているが、Tボーン・バーネット、リサ・ゲルマーノ、グラント・リー・フィリップス、パルセノン・ハックスレーら世代を超えたシンガー・ソングライターたちが参加していることで、却ってマークの歌世界もより赤裸々にフォーカスされることとなった。

98年作『Electro-Shock Blues』集録曲“Last Stop: This Town”
 

このアルバムこそイールズの最高傑作とする声も多く、実際にファーストよりはるかに直接的に作り手であるマークの心情を伝える楽曲が多い。両親や家族を次々と亡くすなどの度重なる不幸による、えぐられるような心の痛みがそのまま旋律や言葉に置き換えられたここでの曲は……とりわけ静寂をまとった後半~終盤にかけては重く、薄ぼんやりと響く。いま聴いても、〈出口なし〉と宣告されたような孤独に包まれてしまう。

 

20年をかけてたどり着いた新作『The Deconstruction』

ちょうど20年前のこのアルバムと、時空を超えたコインの裏表のような関係に思えるのが、冒頭で紹介した“Today Is The Day”を含むニュー・アルバム『The Deconstruction』だ。哲学者のジャック・デリダが提唱した〈脱構築〉を意味するタイトルが象徴的なように、20年前に痛みと引き換えに産み落とされた汚れない闇を解き放ち、いくつものストラグルの末に再度そこに新たな意味を与えたような作品となっている。『Electro-Shock Blues』が深い憂いを捉えたアルバムだとすれば、20年をかけてたどり着いたこの『The Deconstruction』は、崩壊した場所からしか見ることのできない再生への細い光を手繰るようなアルバムだ。

いや、もちろん、この新作にも容赦ない絶望や不安、葛藤にさいなまれた曲が並ぶ。〈僕が壊れていく〉と繰り返されるタイトル曲に始まり、〈心が干からびている〉とやさぐれた心をさらけ出す“Bone Day”と続く序盤は、まるでこれまでの半生を振り返ったかのようだ。だが、〈僕は戻れない/だけど今日を記憶としておくことはできる〉と最後に締める“The Epiphany”、そして前述の“Today Is The Day”あたりを境に、後半に進むにつれ、次第に希望を掴み取ろうとするような曲が続く。〈君こそが輝く光だ〉と歌う“You Are The Shining Light”、〈悪ぶった演技はやめなよ〉と声をかける“There I Said It”、そして〈僕らは安全だ/僕らは自由だ〉と呟く“In Our Cathedral”……。すべてを聴き終えた後には、マーク・オリヴァー・エヴェレットという男の心の巡礼がようやく終わりつつあることを実感する。

『The Deconstruction』収録曲“Bone Dry”
 

もちろん、オーケストラや合唱団との共演によってより確かな輪郭を持つようになったメロディーに一切の淀みはない。それどころか、力強ささえ宿るようになっている事実に気付く人も多いだろう。『Electro-Shock Blues』の頃、イールズに関わっていたミッキー・ペトラリアがプロデューサー、エンジニアとして復帰しているからというわけではないが、20年前、身を削って絞り出した孤独の叫びが穏やかに調和へと導かれているように感じるのは、筆者だけではないはずだ。

デビュー以来、内省的な歌世界を武器とするソロ・ユニットとしては、意外なことにそれほど大きなブランクもなくコンスタントに作品を出し続けてきたイールズ。そのキャリアはマークのソングライターとしての業を証明するものでもあるだろう。しかし、決して諦めることなく、能動的に社会と関わることで自身の不幸を解き放ち、交わることのなかった他者とも歩み寄ろうと働きかけてきたマークの葛藤のプロセスと見て取ることもできる。そして、この『The Deconstruction』にそのプロセスの一旦の着地があると言っていい。

そういえば、“Today Is The Day”という曲名を見たとき、デビュー当時のマークがフェイヴァリット・アルバムに挙げていたニール・ヤングの『Tonight’s The Night(今宵その夜)』をふっと思い出した。〈Night〉から〈Day〉へ。これからのイールズが歩む道にはきっと夜の深い闇ではなく、昼の明るい日差しが差し込んでくるに違いない。