ついにその時が訪れてしまった――アンチクライスト・スーパースターの再降臨。暗さも重さも残忍さも、何ひとつ衰えちゃいない。2017年、アメリカはなぜこのダークヒーローを目覚めさせてしまったのか?
すべては何らかの理由がある
何事にもタイミングってものがあるはずだ。昨年の秋にマリリン・マンソンはニュー・アルバムが完成した旨を公表。と同時に「2月14日のヴァレンタインデーに出したい」と語り、その捻くれぶりがいかにも彼らしくて苦笑させられたものだが、リリースは延期に。本人いわく「最終的な仕上がりに満足がいかなかった。音楽を通してもっとストーリーを伝えたかったんだ」とのことで、それから約8か月経ったいま、ようやく『Heaven Upside Down』と名付けられたアルバムがここに到着する。
当初は制作時の仮題〈Say10〉を冠するアイデアもあったとか。〈Say10〉をそのまま読めば、悪魔を意味する〈Satan〉と発音がほぼ同じだ。いつか使いたいと彼が学生時代から温めていたフレーズであり、通算10作目のタイトルにはうってつけ。そして、昨年11月には同名のトレイラーもアップしている。フォトグラファーのタイラー・シールズが監督を務めたその動画には、マンソンが聖書のページを引きちぎる映像やドナルド・トランプらしき人物が惨殺されるシーンも含まれ、過激な描写で話題を振り撒いた。その時点では、まさか本当にトランプが大統領になるなんてマンソンも思っていなかったようだが、今年1月に新政権が誕生。いまやその〈悪魔〉が天下を治めているのだから、リリースがずれ込んでしまったのも当然の成り行きか。「すべては何らかの理由があってのこと」といった当人のコメントが何とも含意的だ。
さて、ここで前作『The Pale Emperor』について少し振り返っておこう。2015年1月にリリースされた同作は、〈96年の『Antichrist Superstar』から始まる3部作以来の傑作〉との高評価を受けて、リード・シングル“Deep Six”も全米のロック・チャートでキャリア最高位となる8位をマーク。泥臭いブルースやアメリカーナ寄りの新基軸も盛り込み、40代のオヤジ・ロッカーとしての気概を見せつけた。そのアルバムでマンソンの右腕に抜擢されていたのがタイラー・ベイツであり、彼は今回も引き続き大きな役割を担うことに。
ザック・スナイダー監督の「ドーン・オブ・ザ・デッド」や「300〈スリーハンドレッド〉」、ロブ・ゾンビの〈ハロウィン〉シリーズに〈ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー〉シリーズほか、多数の映画サントラを手掛けてきたベイツは、ハリウッドの超売れっ子コンポーザーのひとりだ。マンソンが役者としてゲスト出演したTVドラマ「カリフォルニケーション」の撮影現場で2人は知り合い、すぐに意気投合。ツアーにもギタリストとして参加するなど、おそらく現在マンソンがもっとも信頼を寄せる人物じゃないかと思われる。今作では全面的にソングライティングをサポートしたのみならず、プロデュースまで担当。「思いついたアイデアをすぐさま実現してくれる」と、マンソンはベイツの仕事ぶりを絶賛する。とはいえ、『Heaven Upside Down』が前作とまったく異なるサウンドであることは、強調しておかなければならない。実際、マンソン本人も海外メディアの取材で、「『The Pale Emperor』とは全然違うよ。新曲を聴いた人たちは『Antichrist Superstar』と『Mechanical Animals』の良い部分を思い出すと言ってくれる」と話している。
ヘヴィーでモノクロームな音世界
96年作『Antichrist Superstar』のアグレッションと凶暴性、98年作『Mechanical Animals』のメロディアスな展開――今作はそのイイトコ取りとでも言えるだろうか。ザクザクと斬り込むギターや、ダイナミックかつカオティックな展開には、〈ラウド・ロックへの久々の回帰だ!〉と喜ぶファンも多いに違いない。ここ最近はアルバムを発表するごとに「精神的には音楽を始めた頃や『Antichrist Superstar』の頃に立ち返った」と語ってきたマンソンだが、今回ばかりはサウンド面においてもヴァイオレントな衝動が聴き取れ、一貫してモノクロームな音世界が充満。もちろん、屈折した宗教観や恋愛観、言葉遊びやオカルト趣味、道化師ぶりも満載だ。彼の育ったUS南部の荒廃した工場跡地や空き家の裏庭、朽ちた地下室を連想させる、湿り気を帯びた空気が全体を覆っている。
さらにリリースが延期されたおかげで新たに加わった3曲というのも、重要なポイントを形成。冒頭を飾る“Revelation #12”でアルバム全体のインダストリアルなムードを決定付け、中盤の“Saturnalia”でバウハウスを彷彿とさせるポスト・パンクなクールネスを放出し、終盤のタイトル・トラックでは七変化するヴォーカルを巧みに操る。そしてその直後のラスト曲“Threats Of Romance”を、「映画のエンドロールのようなナンバー」と説明。本作を映像作品のように捉えることもできそうだ。
あるインタヴューで、新作のインスピレーション源のひとつとしてリアーナ“Love On The Brain”(2016年作『Anti』に収録)を挙げていたマンソン。彼女の歌に込める熱意に衝撃を受けたそうだ。これまでにもレディ・ガガとスタジオ入りしたり、もっと前だとエミネムやアヴリル・ラヴィーンとも共演。また最近ではジャスティン・ビーバーと交友したり(ジャスティンがマンソンのTシャツを着ていてビックリしたファンも多かったはず)、リル・ウージー・ヴァートとラヴコールを送り合うなど、相変わらず多方面に興味を持ちつつ浸透力を発揮中。ここへきて〈Hell〉のみならず〈Heaven〉までをひっくり返そうと企む『Heaven Upside Down』。政界の〈悪魔〉と戦うべく、いまこそUSロック界の〈悪魔〉の出番と言えそうだ。
マリリン・マンソンのアルバムを紹介。
タイラー・ベイツがスコアを手掛けたサントラを紹介。