筆者が昨年の暮れに“ロードムービー”“サマタイム”のミュージック・ビデオに辿りついたのは、〈東郷清丸〉〈2兆円〉という声に出して読みたいパワーワードと真っ赤なTシャツの男が目を引く、強烈なインパクトのアルバム・ジャケットがきっかけだった。スカスカのビートと歪んだギターの独特な音色、ムーディーで柔らかく瑞々しい歌声によって、絶妙な塩梅に構成された至極良質なポップスで、2017年の年間ベストに選ぶ媒体もあったり、音楽ファンの間ではすでに話題となっていたりしたが、筆者も例に漏れず感激してしまった。
すぐにアルバムを手に入れ、先の2曲から始まる2枚組全60曲という(新人アーティストの初作としては)冗談みたいなボリュームで展開される音楽世界に、ますます〈この赤い男は何者なのか〉と、謎は深まるばかりだったのだが。とにかく、それが2017年11月にリリースされた東郷清丸のファースト・アルバム『2兆円』との出会いであった。
本人みずからまとめているTogetter(!)からも確認できる通り、そうして雪だるま式に新旧のミュージシャンや音楽好きの目と耳を魅了し軽いバズを起こすなか、『2兆円』は今年2月にGotchによる〈Apple Vinegar Award〉に、CHAIやPUNPEEらと共にノミネート。同作のレコ発のファイナルとして5月8日に渋谷WWWで開催した、縁あるスカート・澤部渡とのツーマン・ショウも成功させ、ほぼ無名であったアーティストの初作への反響としては十分なものだっただろう。
前置きが長くなったが、本稿ではそんな期待の新星・東郷清丸をフォーカスする。東郷は来る6月9日(土)に東京・下北沢THREEで開催される〈Mikiki Pit Vol. 4〉への出演も予定しており、本人の発言も交えたテキストで、その魅力と素顔に迫ってみる。
東郷清丸以前の東郷清丸――「たまたま音楽が前にでているだけ」
実は東郷は、学生時に仲間と始動したテンテイグループ(前名義はmicann)という4人組バンドのヴォーカル/ギターとして、音楽的キャリアをスタートさせている。
バンドは2010年の〈サマソニ〉出演も果たした後、一時活動休止となったが、現在もライヴを軸にゆるやかに活動中。ここでも東郷が作詞・作曲を手掛けているため楽曲のムードとしては遠くないが、テンテイグループでは、より爽やかなバンド・サウンドが楽しめる。本人いわく、「テンテイグループではメンバー一人一人の技術や癖に合わせて当て書きのように曲を作っていたので、ある程度制約もあったけど、今回ソロでの曲作りをはじめてみたら、こんなにもアレンジの選択肢が広いのかと思って。なのでソロでは、今までバンドではあきらめていた要素も出せていたり、自分の音楽的な欲求がよりストレートに出ていたりして、そこがおもしろい」。バンドとソロ活動の異なるモードを楽しみながら行き来しているようだ。
東郷の持つ別の顔ということで言えば、彼が現在勤務する印刷会社〈Allright〉のことも触れておくべきだろう。グラフィックデザイン部門など3つのセクションのなかで、東郷はもともと活版印刷部門〈Allright Printing〉を取り仕切り、印刷職人として日々印刷機に向かっていたが、今回の『2兆円』リリースのために、会社内に音楽レーベル部門〈Allright Music〉を設立したというから驚きだ(レーベルを設立するまでの経緯については、本人がつづった記事に詳しい)。
渋谷WWWの旧ロゴなどでも知られる同社所属の著名デザイナー、高田唯によるジャケット・デザインやトレードマークである赤い衣装、東郷清丸というキャラクターをポップアート的に使用した、活版印刷を用いたフライヤーやZINE〈キヨタイム〉にステッカーやカバンといったグッズなどは、〈Allright〉のクリエイティヴィティーとの相互作用でできている。そういったトータル・デザインの力が、この音楽家の〈おもしろさ〉をひときわ際立たせているが、本人いわく「今はたまたま音楽が前にでているだけ」だそうで、広義での〈表現〉に興味があるようだ。
ちなみに、そのクオリティーの高さゆえに各コンテンツにはそれぞれに深い意味が込められているのかと妄想してしまうが、そこは直感を大事にするタイプでもあるようで、例えば、なぜテーマカラーが〈赤〉なのか?という問いには「(SLAM DUNKの)桜木花道が好きだから……」との回答。だが、そういう肩すかしも、ひょうひょうとしたチャーミングなキャラクターと繋がるものがある。
『2兆円』の秘密――「身体が一番正直だから、〈踊れるビート〉が大事」
『2兆円』は、ミキシングも担当したあだち麗三郎(ドラムス/パーカッション/サックス)、池上加奈恵(ベース)、MC.sirafu(スティールパン)、谷口雄(ピアノ)、TAMTAM・クロ(コーラス)という、「迷いなく一発でこの人にお願いしたいと思った」メンバーで制作された。
前述のとおり2枚組60曲となる本作は、本編のDisk1に9曲、過去曲のアーカイヴ集であるDisk2に51曲が収録されている形だ。人生のモットーを「一生大喜利をし続けていたい」とも語る東郷だが、この2枚組60曲というアイデアはどうやって生まれたのだろうか。
「無名のアーティストが出すアルバムをどうやったら手に取ってもらえるか考えていて、信じられない数の曲名がジャケットにプリントされていたらおもしろいかなって(笑)。あとは、1つのジャンルやカテゴリーに収まりたくなくて。Disk1だけだと一面しか見せられないところを、T-SQUAREみたいな曲(Disk2収録“ヤマシタレーシング”)のようにクスッと笑えるのとか、いろんな音楽が好きなんですよというアピールができるかなと……。特に今回は東郷清丸としてまっさらのスタートだったので、とにかく今までやってきたこと全部入れようというつもりでした」。
本人がそう言うように、Disk2の51曲には戦隊モノのテーマソング風の人気曲“任せて!インサツレンジャー”や〈みんなのうた〉を狙えそうな“ハオチーのテーマ”など、引き出しの多さを感じさせる多彩でユーモアあふれる楽曲とタイトルが並ぶ。本人としては、Disk2は初めから通して聴くのではなく、好きなタイトルからランダムに聴くのがオススメとのこと。一方本編は、流れやアルバムとしての統一感も考えられて作られた極上のアーバン・ポップ作だが、気になるのは〈ダンス〉や〈ビート〉に関連した言葉が実に多数登場することだ。
さあダンス さんざんビートにノっかって
さあダイブ そのままフィーリングッドさ(“サマタイム”)
浮かんでくようなビートに乗って 踊ってみよう
気取る必要はないや 誰もいないし
ふざけてるようなビートに乗って 踊ってみよう
初めてのステップで全部ひっくり返せ(“Super Relax”)
歌詞と呼応するようにその曲調も、ビートの効いたファンキーでダンサブルなものが多い。これは制作時にハイエイタス・カイヨーテやセニア・ルビーノス(Xenia Rubinos)、バターリング・トリオとロウ・テープス作品など、ネオ・ソウルやヒップホップといったブラック・ミュージックを多く聴いていたことや、〈グルーヴ・マスター〉あだち麗三郎の参加によるところもあるようだが、本人はこうも言っている。
「一番古い記憶は保育園児のリトミックの時間なのですが、子供の頃から、音楽にあわせて身体を動かすことが好きでした。日頃から〈頭は嘘が多くて、身体が一番正直〉とも思っていて、だから、音楽を作るうえでもダンサブルなもの――〈踊れるビート〉というのは大事にしているのかもしれない」
……歌詞についてももう少し。
本人いわく「歌詞については、言葉で伝えたいこともぼんやりとはあるけど、リズムの次にメロディーが先に出来上がるので、まずは〈メロディーにうまく乗るもの〉が前提」。思わず口ずさみたくなるような心地よい言い回しは、優れた日本語ロックやポップスの持つ要素とも言えるが、東郷の楽曲はそれを持ち併せている。歌詞の内容については、「みんな感じていると思うけど……今の世の中は窮屈に感じるというか、社会に呪いがかかっているなと思うんですけど、それを解きほぐしたい気持ちがあって。だから今作には自然と、何かを許すような言葉が多く入ったかも」。そういった〈救済〉のムードは、例えば下記の歌詞からも感じられるのでは。
盗んだわけじゃないけど 憎まれてしまったり
見えないわけじゃないけど 落としてしまったりする
そういうできごと きっと 忘れられないできごとさ
くたびれたときこそほら 胸いっぱいに音楽を
もっともっと 吸って吐いて そんでギュッとして
そっと確かめたら踊りだす
そんな日々のできごと
どうやって愛していこう(“美しいできごと”)
冷めているようでじんわり熱っぽく、ときに菩薩のように穏やかな語り口で。日々や人生の美しかったり哀しかったりする一場面を、些細なことにも壮大なことにも解釈できそうな余白をたっぷりにして歌う。東郷の書く詞にはそんな優しい魅力がある。歌詞の制作に関してはあまり考え込まず自然に書いているとのことなので、天性のものだとすれば凄い才能、表現力だろう。
歌唱はファイストから――「1か100だけじゃなくて10や20もあるんだな」
ライヴ・パフォーマンスにも定評のある東郷だが、bonobosの蔡忠浩も引き合いに出される、その歌と美声はとりわけ評価が高い。ライヴでも音源とほぼ変わらない安定感で伸びやかに歌っているので驚きだが、「ピッチがうまく取れていることは、ポップスとして聴けるかどうかで大事なことので、みんなやってると思うけど、そこはわりと練習しています(笑)。そのへんのおばあちゃんにも聴いてもらえるくらいの最低限の技術はほしいと思っていて」と語っている。
また、歌唱についてはファイストに影響を受けているそうで。
「昔は強弱やメリハリというものを知らなくて(笑)、1か100かって感じでベッタリと歌っていたのですが、ファイストに出会って、その間の10とか20とか……38とか76とか微妙な力加減もあることを知ったんです。同じソロ・ミュージシャンとして、彼女がいろんな形態の楽曲を作ってきたところにも共感するし、バックトラックにどんなに振れ幅があっても、歌さえしっかりしていれば誰でも聴ける音楽になるんだということも教えてもらいました」。
ちなみに、ほかに影響を受けたアーティストとしては、アンノウン・モータル・オーケストラやチューン・ヤーズなどをあげ、その「洗練されきっていなくて、キュート」なところが好きだとのことだが、そういった魅力は東郷清丸にも通じるものがあるだろう。
ライヴの魅力――「この人はどう生きているんだろう?」
ライヴは、歌の表現力の強度が際立つ弾き語りや、リズムマシーンを携えたソロに、アルバムにも参加していたメンバーを迎えたグルーヴィーなバンドと、自在にセットを変えながら行っている。筆者はソロ/バンド両セットのステージを体験しているが、前述したようにパフォーマンスの技術が非常に高く華やかなので、(音源はもちろん良いとして)どのセットであってもライヴで惚れるアーティストと断言したい。
「歌でも演劇でも映画でも、観ていていいなと思う瞬間は〈次の瞬間この人が何をするか?〉が気になっているときだと思うんです。すべて次を気にさせたら勝ちだと思っていて。ステージでは飾らず、嘘をつかず、できるだけ生の自分を見せて、〈この人どう生きているんだろう〉って思わせることができたらと思ってやっています」
6月8日(土)の〈Mikiki Pit〉ではソロセットでの登場となる東郷清丸。小箱からフェスまで、最近は関東以外でも頻繁に多くのステージを踏んでおり、今週末はぜひその抜群のパフォーマンスと無二の歌世界を、しかとその目に焼き付けにきてほしい。
Live Information
〈Mikiki Pit Vol. 4〉
2018年6月9日(土) 東京・下北沢THREE
出演:ミラーボールズ/見汐麻衣/Wanna-Gonna/東郷清丸
開場/開演:18:00/18:30
終演:21:30(予定)
料金:前売り 2,000円/当日 2,500円/学割 1,500円/THREEパス 1,000円
※いずれも入場時に1ドリンク代として600円要
>>チケットのご予約は mikiki@tower.co.jp もしくは ticket@toos.co.jp 、Twitter(@mikiki_tokyo_jp)へのリプライ・DMにて受付中
※各出演者での取り置きも受付中です
〈君と暮らせたら vol.2〉
2018年6月16日(土)大阪・南堀江knave
開場/開演:18:00/18:30(出番未定)
料金:前売り2,300円+1D/当日未定
共演:Easycome、SaToA
〈ベランダ『Anywhere You Like』Release Tour “Anywhere We Like”〉
2018年7月7日(土)愛知・名古屋Club ROCK'N'ROLL
開場/開演:18:00/18:30(出番未定)
料金:前売り2,500円+1D/当日未定
共演:ベランダ、CHIIO
〈WWW presents dots〉
2018年7月9日(月)東京・渋谷WWW
開場/開演:18:30/19:00(出番未定)
料金:前売り2,800+1D/当日3,300+1D(税込、オールスタンディング)
出演:東郷清丸(バンド)、折坂悠太(合奏)