〈ニューウェーヴ・ギャル〉田島ハルコの、アルバムとしては3作目となる『聖聖聖聖』。読みは〈ひじりひじりひじりひじり〉で、通称〈セイント・フォー〉……。シャンプーハッツでの活動を経て発表されたファースト『暴力(ヴァイオレンス)』(2016年)、セカンド『はるこにうむ』(2017年)、そして本作と着実に進化しているというか、濃さを増している。
アートワークや歌詞の面では、得も言われぬ宗教感が横溢。なにせ、本作のキャッチ・コピーは、
人類のワックな所業を56億7千万年後から嘆くlilブッダ(a.k.a弥勒)に成り代わり、ニューウェーブ・ギャルかつ都市型の巫女である田島ハルコが、(自らを含む)愚かな人類に伝えるメッセージソング13曲。
である。おそろしくキメラな宗教観のもとに生み落とされた『聖聖聖聖』。聴き手は救われるのか、あるいは人間の愚かさが渦巻く螺旋状の無間地獄に突き落されるのか。
そんな田島のヴォーカル・スタイルは、どんどん変化していっているように感じられる。本作ではラップのように言葉を詰め込みつつ、ダンスホール・レゲエのように一音一音を伸縮させて歌う独自の歌唱法を確立。歌も言葉も自由自在、ハルコ様の思うがまま、といったふうだ。
そんな歌唱法で繰り出されるキラーなフレーズの数々は、耳にこびりついて離れない。〈みんな神の子である一個人〉(“St. Tesla Gal”)。〈生きている/遊んでいる/ありえんエモみが止まらない〉〈帰りたいのにまだ足りない/眠りたいのに朝までコース/捕まえてバイブス警察/ダンスはマジ危険なヘルシー・ドラッグ〉(“バイブスの洪水”)。〈インターネット、インナースペース/まぎれもなく私こそが宇宙〉(“横になっちゃお”)。これは〈中毒性がある〉などといったレヴェルではなく、本当に耳にこびりついて離れないのだ。
もちろん、サウンドも笑っちゃうほどユニークで、ユーモラスで、豊か。トラップ・ビートもあれば、ビルボード・ホット100にチャート・インしていそうなダンスホールもあり、果てはレゲトン風のリズムも聴ける。なかでも〈奇想トラック〉と呼びたくなるのは“バイブスの洪水”で、EDMとユーロビートとが暴力的に組み合わされたシンセ・サウンドが暴れ回るなかで、某求人広告ソングがサンプリングされている。トラッシュな夜の街の風景と激しいレーザーライトが飛び交う様が同時に目に浮かぶかのようだ。
希望と絶望が交互にやってくるような異形のテクノ・ポップは、〈(田島が敬愛する)平沢進・化〉という点でもひとつの到達点に。『聖聖聖聖』はまるで、リアーナと平沢進が田島ハルコの掌の上で衝突しているかのようだ。いやはや、10代の少年少女たちが聴いたら何かに目覚めてしまいそうな、おそろしい音楽である。