INTERVIEW

冨田ラボ 『M-P-C “Mentality, Physicality, Computer”』 冨田恵一が語る〈いまポップスで起きていること〉

冨田ラボ 『M-P-C “Mentality, Physicality, Computer”』 冨田恵一が語る〈いまポップスで起きていること〉

YONCE(Suchmos)やコムアイ(水曜日のカンパネラ)など若き才能と作り上げ、大いに話題を呼んだアルバム『SUPERFINE』から約2年。冨田ラボが今月3日にニュー・アルバム『M-P-C “Mentality, Physicality, Computer”』(以下『M-P-C』)をリリースした。以前から多彩なアーティスト、クリエイターをゲストに迎えてきた冨田恵一だが、今作はRyofu(KANDYTOWN)やchelmicoといったラッパー勢、長岡亮介(ペトロールズ)や吉田沙良(ものんくる)ら個性派ヴォーカリストなど、ストリートからの影響を多分に取り入れ、さらに一皮剥けた印象だ。ではなぜいまこのメンバーと音楽を作り上げたのか? 彼の現状のモードと、いまポップスで起きていることについて、冨田自身に話を伺った。 *Mikiki編集部

冨田ラボ M-P-C "Mentality, Physicality, Computer" SPEEDSTAR(2018)

〈いまポップスで起きていること〉

――前作『SUPERFINE』も新しい才能との融合を試した作品でしたけど、今回の『M-P-C』では、ラッパーのRyohuが中心的にフィーチャリングされているなど、さらにもっと新しいというか、ストリートに出ていった感があると思いました。やっぱり、そこには主にアメリカの話ではありますけど、ヒップホップ/トラップ・ミュージックの潮流が気になっていたということなんでしょうか?

「『SUPERFINE』の頃からリアルタイムでリリースされている作品にすごく刺激されていると話してきたんですけど、それが相変わらず続いていて。そうなると、ラップ・ミュージックへの関心というか、ラップか歌か、と区別することにさえあまり意味を感じなくなりましたね。特にアメリカのヒットチャートなんて、ヒップホップが分母になっている音楽しかないんじゃないかという感じがある。だから僕もヒップホップを聴く、ということじゃないんですが、単純に気分として自分が興奮できたりするものが、アメリカのヒットチャートに上がるものと完全にリンクしていたんですね。

前作でもYONCEさん(Suchmos)に“Radio体操ガール”でラップの譜割りみたいな感じでメロディーを書いて歌ってもらったりしたし、そういった技法的なおもしろさもまたやるだろうけど、今回はとりあえずラッパーをフィーチャリングしてやってみようというのは、わりと早い段階から決めてました。前作でもやりたかったんですけどね、歌モノでコラボするのとは工程も少し違うじゃないですか。あの時はふさわしいトラックを事前に作ることができなかったので、今回こそはと決めていたんです。今おっしゃった〈ストリート〉っていうワードに関係するのは、一番はそこじゃないですかね。ラップを入れようとしたこと、ともなってそれにふさわしい音像のトラックが増えたこと」

――そうですね。まさにそういう意味では、アルバム・タイトルの『M-P-C』というのは“Mentality, Physicality, Computer”の略ということですが、実際に僕らがこのワードを見て思い出すのは、ヒップホップやビート・ミュージックのトラック作りにおいて最重要機材のひとつであるサンプラーの〈MPC〉なんです。まあ、あっちは“Music Production Center”の略語ということですが。

「思いつきとしては、“Mentality, Phisicality, Computer”の3語を並べようというのが最初だったんです。それでスタッフといろいろ打ち合わせしてて、〈これ、頭文字がM-P-Cになりますよ〉って言われて、〈あ、それおもしろい!〉となりました。僕は自分ではMPCは使ってないですけどね。でも、今回やろうとしているのが、わりとMPCに関係がある音楽だし、内容も表している。そういう経緯でこのタイトルにしました」

――偶然の一致というのもおもしろいですし、逆に言うと、最初から“Mentality, Phisicality,  Computer”というワードが冨田さんの念頭にあったというのも興味深いです。

「いろいろ音楽を作るうえで、メンタルやフィジカルのことってみんな考えるじゃないですか。だけど、そこにコンピューターを並べては言わないな、って思ってたんです。だけど、コンピューターって、その二つとおなじくらい重要なもので、僕の音楽を作るうえでもコンピューターはいろんな形で関わってくるし、コンピューターに影響を受けて人間の演奏や考え方が変わるのもわかる。だったら、それを並列で並べちゃうのはおもしろいな、というのが最初かな」

――〈コンピューターは無機的でダメだ〉っていう意見との対立構図って、いまも結構ありますよね。

「ありますねー。特に録音物よりもライヴ、みたいになって以降〈生演奏こそが(いい)!〉みたいなことは各所で言われていて。もちろん生演奏のライヴ感はね、素晴らしい体験になるからその意見はわかりますよ。でもコンピューターはそれと対立させて考えるものではなくて、生演奏とは違った表現をするための道具ですからね。特に録音作品にとっては重要だし」

――ラップ・ミュージックでは、サンプリングやループによって作られたトラックに、どうしようもなく生なものであるラップが合わさってゆく。そこが録音物とライヴの二律背反をくっつけてゆくものだというのは現代的なおもしろさとして、ありますよね。

「さらに、その声さえ加工しちゃったりね。いろんな意味でヒップホップがポップスの中心になった、という気はしている。いま、その影響が皆無のポップスを探すほうが難しいというか。それくらい浸透して、大きな分母になっている気がします」

――だからこそ冨田さんとしては、前作からさらに進んで〈いまポップスで起きていること〉に近づいて行かざるを得なかったということでしょうか。

「そうかもしれない。意識としては、前作からの傾向を深掘りしたらこうなったという感じだけど。ヒップホップ要素に関して、たぶん僕が取り込んできた順序は人とは違ってると思うんです。ずっとジャズを聴いてきたので、90年代にはヒップホップの要素を含んでるものもあった。そういうのは聴いていて、あとはジャズネタのヒップホップを少し聴いたりはしたけど、その時はそんなにハマらなかったんです。とにかくリイシューものばかり聴いていたから。

その後も引き続きジャズはリアルタイムのものも聴いていましたが、クリス・デイヴや他のドラマーがJ・ディラ的なビートを演奏するのを耳にしました。それが僕にとってものすごく大きなトピックで、そこへの興味から、聴くものが一気にリアルタイムの作品に変わったんです。J・ディラもそこから遡って知ったくらいで、ヒップホップを聴くにしても最初はディラ以上に訛ったビートを探して聴いていました。でも、たくさん聴いているうちに、訛りどうこう関係なく、ヒップホップ自体も楽しむようになった。みたいな感じで聴くものがどんどん変わってきたということと、作り手としてのキャリア、その中での進化とかもあるわけで、新作にはそれらが素直に反映されている気がします」

――そのなかでも、アルバムで冨田さんに続き、準主役的な立場でフィーチャリングされているのがKANDYTOWNのラッパー、Ryohuです。この出会いは、やっぱり大きなものだったんですか?

「大きかったです。Ryohuさんは、SuchmosとかMELRAWのフィーチャリング・ラッパーとして最初に知ったかな。わりと近いというか、知ってるバンドの人とコラボしてて、ジャズっぽかったりするものやポップスのトラックでもラップしていたから、そういうスタンスでできる人だったらいいかもなと思ってお願いしたんです。

Ryohuさんをフィーチャリングした曲は“M-P-C”“Interlude 1”“Interlude 2”“Outroduction”とあるんですけど、実はそのトラックのもとは、インストとして作っていた7分くらいある曲だったんですよ。それをいろいろ切ったり編集したりして、インタールード的に使えるだろうとは思っていて、作業しながら〈どこかにラップを入れてもらうのもありだな〉とも考えていたんです。それで、ラッパーの候補として浮上したRyohuさんに、とりあえず、その7分のインストをまるまる彼に送ったんです。その時は、〈前半部分でラップをやってほしくて、他のパートでもやれそうなところがあったら〉くらいの提案でした。ただ、〈ラップ用に作ったトラックじゃないから、もしこれが難しいということであれば、新しくトラックを作るので遠慮なく言ってほしい〉とも添えました。

でも、Ryohuさんからは〈これでやります〉と返信が来て、前半にラップを入れたデモを送ってくれたんです。そのラップは収録したのとほとんどおなじもので、〈これはいいな、これでいこう〉と思ったので、そうなったんです。ラップがよかったんで、そこを繰り返して、サイズももっと長くして、みたいなことを考えて。そしたら、レコーディングの当日に、Ryohuさんがさらに別パートにもリリックを書いてきてくれたんです」

――なんと! 発注してないのに。

「〈じゃあ、どんどん入れていこう〉となって、最初から最後までラップを入れたわけ。その時なんですよ、アルバム全体のコンセプトが明確になったのは。アルバム・タイトルだけは先に決まってたから、Ryohuさんに〈テーマとかありますか?〉って訊かれた時に、そのタイトルの説明だけはしていて。

もともとあった前半部分のリリックだけでもアルバムのテーマ曲っぽかったんだけど、全体に自由にリリックを加えてくれたことで、これをインタールードとして使えばRyohuさんが語り部的にアルバムのテーマを言ってくれてるような形になるし、ラップをフィーチャーしたポップス・アルバムにもそういう構成のものはあるじゃない? だから、レコーディングしてるその日に〈これはいいな〉と思ったんです。それが、アルバムのレコーディングでもわりと終盤の出来事。それまでもなんとなくの全体像は思い浮かべていたけど、Ryohuさんのおかげですごく明確になったんです。

アルバムの1曲目が“Introduction”で、そこからタイトル曲の“M-P-C”になりますけど、普段の僕のアルバムでは、自分のサウンド的なテーマとして〈これを1曲目にしよう〉と決めることが多いんですよ。だけど、今回はサウンド以上にRyohuさんの書いたリリックだよね。あとは、タイトル曲がラップであるということで、アルバムの性格を明確に提示できる、ということをレコーディングしたその日に思った。そこから、曲をいろいろ切っていって、“Interlude”や“Outroduction”を作っていきました」

――アルバム・タイトルの意味を伝えただけで、アルバム全体を貫くコンセプトにもなるリリックが出てきたということにもラッパーとしてのセンスを感じます。

「僕が歌モノで作詞を人にお願いする時に、自分から〈この曲のコンセプトはこうです〉みたいなことはしないんです。訊かれたら思ってることは言いますけど、訊かれなければ特に言わない。Ryohuさんには訊かれたんで伝えただけなんですけど、それをうまく咀嚼してやってくれたなと思います」

――〈Mentality, Phisicality, Computer〉っていうテーマ性を、若い世代だからこそ、よりダイレクトに受け止めた部分もあったんじゃないかと思います。

「そうですね。〈これはアルバムを代表しちゃうリリックだな〉と思いました。また、後から足された部分がよくて。彼は〈もっと書いてきちゃいました〉って笑いながら言ってたけど、さすがでした」

 

〈最初あのトラックどう思いました?〉〈むず!〉

――今回のインタヴューでは、それぞれの曲についてもいろいろ聞いていこうと思ってるんですが、収録順というより、ラップの話題から入ったので、次はchelmicoをフィーチャリングしたラップ曲“アルペジオ”にしましょうか。

「“アルペジオ”は、今回のレコーディングで一番最初に作った曲なんです。シンガーのレコーディングとしても最初だったかな。ラッパーをフィーチャリングしようと思って、一番最初に決めたのもchelmicoでした。今回は歌モノより先にラップのトラックを作ることから始まっていたから」

――そうなんですか!

「男女二組はラッパーを入れようと思ってたんです。chelmicoはさ、想像以上にちゃんとラップに軸足を置いてる人たちなんですよ。あんなユルい感じだから、ちょっと違うと思われてるかもしれないけど(笑)。彼女たちの雰囲気やふるまいって、完全にポップ・フィールドにいる人たちに見えたりしてると思うんですよ。でも、そこも僕には重要でしたね。

なにせ冨田ラボでラップを入れるのは初めてだったし、ラップ・ミュージックをポップスと区別してしまうリスナーに対しても、彼女たちのスタンスであれば間口を広げられると思ったんです。もちろんchelmicoのフロウやリリックが良いという前提あっての話ですが。でも、トラックを作るにあたっては、最初はちょっと戸惑いましたけどね。僕はビートメイカーではないから構図として真ん中に歌があって〈よし!〉って思うほうなんですよ。だから、実際に僕がトラックを作って、chelmicoがどうするかっていうのは想像しかできない。その状態ではなかなかできないと思ったんで、〈なんでもいいから仮ラップして〉ってお願いしてスタジオに呼んだんです」

――仮歌じゃなく、仮ラップ。

「そう。最初にトラックが出来て送った時に、フリースタイルでいいからとにかくこれに何かラップを乗せてみてくれないかとお願いして。それで、他の曲のリリックを使ってやってみてくれたんです。そしたら、それが良くて、そこでもう一気に安心した。アルバムの最初の作業でもあったんで、結構慎重になってもいたから」

――そこがうまく決まらないと始まらないわけですからね。あと、いまのラッパーの人たちは、ビートに対する感覚もはるかに柔軟になっていますよね。

「そうなんですよ。”アルペジオ”のトラックだって、特にやりやすいものではないでしょ? でも、二人とも最初からすごくスムースにやれてた。Rachelさんに〈最初あのトラックどう思いました?〉って聞いたら、〈むず!〉って言ってたけど(笑)。

Ryohuさんの”M-P-C”にしたって、1拍半のポリリズムが絡んで区切りが9小節になったり、4分の5拍子があったりするんだけど、難なくラップしてたからね。そういうのって、もしかしたら5、6年前だと本当に難しかったかもしれない。いまは、ちょっと変則的なビートでも、そこにどうラップを乗せていくかをみんな直感的にできてるんじゃないかなと感じました」

――それをおもしろさととらえられて、なおかつその不規則性を言葉にも還元できてるんですよね。

「フロウのおもしろさだけじゃなく、リリック自体にもちゃんと意味があってスピード感もあって。それはRyohuさんもchelmicoもそうだったな」

――そう感じてる人は多いと思いますけど、chelmicoには出て来た当時のPUFFYとかを思い出しますよね。あの二人も、当時は“やる気なさそうに見える”キャラだったけど、音楽的な咀嚼力はすごく高かったわけで。

「すごく思い出しますよね。アルバムのキックスタートとしては正解だったし、〈よし!〉って気分になりました。いつもそうなんですけど、1曲目はやっぱり慎重になりますから。それがうまくいってよかった」

 

冨田ラボ初の英語詞

――では、その次に着手した2曲目は、どれになります?

「次はね、Nazさんの“OCEAN”です」

――先行シングルにもカップリングされていましたけど、彼女の歌、すばらしいですよね。

「まだデビュー前でキャリアのない人を入れよう、というのはずっと思っていて、それがやっと今回実現したんです。彼女は、14歳くらいの時にオーディションを受けてるのを見たのかな。沖縄に住んでる高校生なので、休みの日に東京に来るというスケジュールでレコーディングしました。でも、なかなか僕が曲ができなくて。バラードというか、遅いBPMの曲にしようというのは決めてたんだけど。たぶん、アルバムの1曲目に作ったのが歌モノじゃなく、ラップのトラックだったというのが結構影響してて。しかも、歌モノの場合は曲の骨格みたいなデモで歌を録って、ポスト・プロダクションで色付けするという作業が多かったけど、ラップはそうはいかないと思ったので結構長いこと“アルペジオ”に時間をかけてたんですよ。だから、そこから歌モノをやろうとしても切り替えが難しかった。〈あれ? 曲ってどうやって作るんだっけ?〉くらいに(笑)」

――いやいやいや、そんなまさか(笑)。

「結局、仮歌録りの前日くらいにようやく曲を思いついて、そこからは一筆書きのように出来ていったんですけどね。あと、この曲は、冨田ラボとしては初めて英語詞の曲なんです」

――そう言われると、そうですね。

「いままでは日本語だけだったんです。前作くらいまでは〈絶対日本語でポップスを作る〉って言ってたくらい。ただ、最初に見たオーディション動画ではNazさんは英語で歌っていたのが印象に残っていたし、いまは日本だから日本語で、とも僕も思わなくなってきて。本当に気が変わるのが早いというかね(笑)。とにかく、想像しうる一番いい形にするということが大事で、それ以外はない。英語を歌ってる彼女がかっこいいから、この曲はそれがいい。それでこうなった感じなんです」

――Nazさんの英語での歌、すごくいいですよね。

「本人いわく、自分で歌うのも英語の曲が好きだけど、英語がそんなにしゃべれるわけではないそうなんですよ。でも、英語詞を歌うことに関しての勘所がすごくいいみたいで。若いから、指摘した問題点を次に会った時はクリアしてくるし、ポテンシャルをいろいろ感じさせる部分がある」

――ちなみに、その流れでいうと“OCEAN”で英語詞OKになったおかげで、WONKのKento NAGATSUKAをフィーチャリングしたもうひとつの英語詞曲“Let it Ride”も、できたということですか?

「それもある。あとは、KentoさんはWONKでも英語で歌ってるし。だけど、前作までの冨田ラボだったら、〈じゃあ、あえてここでは日本語で〉ってお願いしてたと思う。でも今回は普段英語で歌ってるKentoさんを聴いて、いいなと思ってるわけだから、それをそのまま聴きたいっていう気持ちのほうが大きかったですね」

――心境の変化といっていいかどうかはわからないですけど、興味深いですよね。冨田ラボという作品のフィールドにみなさんが入るにあたって、〈今回はもっと素の状態で来ていいですよ〉と言ってるようなところがある。

「よく考えると、ラッパーを招き入れるということ自体が、すでにそうですから。いつもはガチガチにメロディーが決まってるところを、ラッパーには彼らのフロウでやってもらうわけで。だから、歌モノもそうしようと思ったわけではないけど、いろんなところがフレキシブルになってきた。〈どうやっても、何を着ても冨田ラボになる〉ということは最近とみに思ってることでもあって。『SUPERFINE』でもいろいろ変化をしたと思ったけど、しばらく経って聴くと自分でも〈ああ、やっぱり冨田ラボだな。ということは……〉と思えるようになった。そういう経緯ですかね」

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