アルバム・リリースのアナウンスからたった一週間、曽我部恵一の新作が届けられた。サニーデイ・サービスの『Popcorn Ballads』(2017年)以降……いや、それ以前からこのスピード感、そして多作ぶりは常態化しており、ただただ圧倒されるほかない。曽我部という作家の〈速さ〉に、時代のスピード感のほうがようやく追いついてきたと言うべきだろうか。サブスクリプション/ストリーミング・サーヴィスでの作品発表という手段を手にしてからの曽我部は、未開の地を手探りで進みつつ、一方でどこか楽しんでいるように見える(注記しておくと、本作はCDもリリースされている)。

生き急ぐかのようなその姿勢以上に、この『ヘブン』というアルバムには、もっと驚くべき事実がある。曽我部が全曲でラップをしているのだ。そう、『ヘブン』は純粋なヒップホップ・アルバムである。

それでも突飛に思えないのは、以前から曽我部が自身の音楽活動やROSE RECORDSでのレーベル活動を通してラッパーやビートメイカーたちと交流を重ねてきたからだろう。“サマー・シンフォニー Ver.2”(2010年)のPSGから『Popcorn Ballads』のC.O.S.A.とKID FRESINOまで……決定的だったのは、MARIAやMC松島らが参加していたサニーデイ・サービスのアルバム『the CITY』だ。

『ヘブン』のサウンドは、同作から地続きの側面もある。ザラついたテクスチャー。作品全体をうっすらと包み込むサイケデリア。混沌とした『the CITY』よりはグッとヒップホップに寄せたサウンドとはいえ、かなりアブストラクトだ。“フランシス・ベーコンエッグ”というユーモラスな曲名どおりに、その実験的なブーンバップ・サウンドはフランシス・ベーコンの絵画のような凍てつくグロテスクさを感じさせる瞬間もある。〈世界その割れ目からの文学〉(“文学”)というラインが象徴的で、本作のリリックも音も世界の裂け目からあふれ出てきているかのようだ。

曽我部のラップは、何よりその、ほのかに艶めかしい声質が最大の魅力になっている。メロウで親しみやすい“mixed night”で、それを強く感じられるはずだ。力まずにひとつひとつの語を発声する“花の世紀”はECDのスタイルを想起させるが、韻を踏み過ぎることもなく言葉を繋いでいくその姿は実に自然体。あらゆるポイントで〈曽我部恵一のラップ・アルバム〉というのが何かしらの必然性をもって感じられる、見事な作品になっている。

なお、本作のリリックは曽我部のInstagramで随時公開されている『ヘブン』を制作するきっかけとなったエピソードも綴られているので、併せて読むことでキャリア異色のヒップホップ・アルバムについて、きっと理解が深まるはずだ。