田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野が、この一週間に海外のシーンで発表された楽曲のなかから必聴の5曲を紹介する連載〈Pop Style Now〉。ちょうどいまアメリカはスーパーボウルが終わったところで、盛り上がってましたね。『アベンジャーズ/エンドゲーム』の新たなTVスポットが放映されたり」

天野龍太郎「音楽シーン的にはハーフ・タイム・ショーに毎回注目が集まります。今年はマルーン5とトラヴィス・スコット、ビッグ・ボーイが出演しました。とはいえ、ネガティヴな話題ばかりでしたね……」

田中「警察官によるアフリカ系の人々への暴力に抗議したコリン・キャパニックがリーグから追放されていて、オファーされたアーティストがみんな断ったんですよね。だから出演した3組へのバッシングがすごくて。あと、21サヴェージが移民税関捜査局に逮捕されるというニュースもありました。実は英国籍で(!)、不法滞在だったと」

天野「そういえば、彼は先週『トゥナイト・ショー』で“A Lot”を披露したんですけど、新しいヴァースを追加してるんですよね。水道もガスも止められていた幼い頃を振り返りつつ〈俺の子どもたちが国境の前で足止めされてるなんて想像できない〉とラップしています」

田中「なんだか示唆的ですね。さて、それでは〈Song Of The Week〉から!」

 

Billie Eilish “bury a friend”
Song Of The Week

天野「〈SOTW〉はこちら、ビリー・アイリッシュの“bury a friend”です!」

田中彼女のことは年明けにも紹介しましたよね。そのときはアカデミー賞へのノミネートでいま話題の映画『ローマ/ROMA』にインスパイアされた、企画性の高い楽曲でした。今回は純粋な新曲です」

天野「新曲のリリースと共に、前回も触れたデビュー・アルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』を3月29日(金)に発表することも正式に発表。僕の周囲にも彼女のファンは多いですし、まさに待望の一作ですね」

田中「そうですねー。で、この“bury a friend”はビリーらしいダークな一曲です。音数が極端に少なくて、キックとストレンジな質感の打音、そして抑制されたビリーのヴォーカルだけで構成されています。随所に挿まれる叫び声みたいな効果音も凄い……っていうか怖い。挑戦的なプロダクションですよね」

天野「ぶっきらぼうに鳴るベースの音にも驚かされます。〈友だちを埋めろ〉というタイトルのこの曲は、ビリーのベッドの下にいるモンスターの視点から書かれているとか。でも、モンスターは自分自身だった。だから〈私は自分を終わらせたい〉と……。暗いけれど、みずからの闇と向き合うことを歌った曲だと僕は解釈しています。グロテスクでホラーなビデオも必見です」

田中「マリリン・マンソン、あとナイン・インチ・ネイルズのSM的世界観を受け継いでるような感じもありますよね。ちなみに低い声でビリーに呼びかけているのは、クルックスというロンドンのラッパー。2人はInstagramを通じて知り合ったそうです。まったく知らなかったのですが、彼のことも要チェックですね」

 

Arlo Parks “Super Sad Generation”

天野「2曲目はアーロ・パークスの“Super Sad Generation”。彼女は南ロンドンを拠点にしている18才のシンガー/プロデューサーです」

田中「この曲は、昨年11月に発表した“Cola”に続くセカンド・シングル。決して派手ではないんだけれど、全体に漂う優しいメランコリアにウルッときちゃいますね」

天野「チルなブレイクビート、柔らかいタッチのギター、温かな音色のシンセサイザー……サウンドがアトモスフェリックで心地いいです。ささくれ立って荒んだ心にそっと毛布をかけてくれるようなソウル・バラードですね」

田中マッシヴ・アタックの名曲“Protection”を彷彿とさせますよね。アーロのなだめるような歌唱も素晴らしいです。ポエトリー・リーディングとラップの間にある感じは日本のユニット、その他の短編ズみたい」

天野「彼女は詩人でもあるようですし、そう考えるとノーネームに似てるのかな。歌詞は自己投薬や自殺願望、失業といった彼女の友人たちが抱えている苦悩を語りつつ、それらを俯瞰して世代像として書いたものになっています。〈私たちは超悲しい世代/暇を潰して給料を失う〉というコーラスが見事で、めちゃくちゃグッときちゃいます」

田中「日本の若者にとってもパンチラインとして響くんじゃないでしょうか。ちなみに彼女はバイセクシャルだと公言しているようで、社会的なステイトメントを発することは、いまの若いアーティストとして重要であると捉えているみたい。カッコイイ!」

天野そう語っているインタヴューでは影響源としてキング・プリンセスアール・スウェットシャツフィービー・ブリジャーズ、ソフィーなどさまざまなジャンルのアーティストを挙げていて、その横断的なセンスもいまっぽくて優れてますよね」

 

YBN Cordae “Locationships”

天野「3曲目はYBN・コーデイの“Locationships”。彼は〈Young Boss Niggaz〉略して〈YBN〉コレクティヴの一員です。YBNって地理的な繋がりが薄いコレクティヴなんですよ。中心にいるYBN・ナミールの拠点がアラバマ州バーミンガムで、一方のコーデイはメリーランド州シュートランドです」

田中「へー。メンバーたちがゲームのXbox Liveを通じて知り合ったっていうのもイマドキの若者っぽい。肝心の曲ですが、まずはプロダクションがカッコイイ! ビートはトラップなんですが、太くてグルーヴィーなベースからは西海岸っぽさも感じます。コーデイのスムースな声にも合ってますね」

天野「プロデューサーはS1というテキサスの人ですね。リリックは女性との関係性についてのもので、LAやナイジェリア人の女の子、アトランタ、シカゴ、テキサス……と彼が遊んでいる女性を数え上げるという、なかなかひどい歌詞です」

田中「モテモテなのかと思いき、ビデオは夢オチなんですよね(笑)。ユーモラスで親しみやすいキャラクターもいい感じです。先のナードな結成エピソードも含めてちょっとMaltine周辺の雰囲気にも近いなーと思ったり」

天野「ちなみに、サビではジェイ・Zの名曲“Girls, Girls, Girls”を引用してて、曲名は〈locations〉と〈relationships〉をくっつけた造語です。YBNはコーデイだけじゃなく、ナミールやオールマイティ・ジェイなどフレッシュなラッパーがたくさんいるので、これからもチェックしていきたいですね」

 

Samia “Lasting Friends”

天野「続いて、サミアの新曲“Lasting Friend”です。サミアことサミア・フィナティーは、NYで活動する新進気鋭のシンガー・ソングライターですね」

田中「22歳とまだ若いのですが、堂々とした歌声からはシャロン・ヴァン・エッテンやエンジェル・オルセン、ミツキのような芯の強さを感じます」

天野「ですね。この“Lasting Friend”はサウンドも最高。歪んだギターを掻き鳴らす飾り気のないグランジ・ロックで、Homecomingsのファンに聴いてもらいたいかも!」

田中「一方で〈Stereogum〉や〈Pitchfork〉は彼女の歌詞のフェミニズム的な視点を評価していますよね。ヴァースは〈ディラン、フィル、ブライアン、レン、その他/彼らは体育館の常連/毎日昼休みに私の胸を触ってきた/あなたたちの汗まみれの手をまだ感じている/私は服を着て/すぐにそんなこと忘れてしまった〉という歌詞です」

天野「ジョックたちによるセクハラについての曲なんでしょうか? 最初のサビは〈私は自分の過去を恥じることなんかない/私はそう言い続ける〉というリフレインなんですが、最後は〈そうやって長きにわたる友情を築けると思っているなら/私はこれから起こることを気にはしない/私は自分の過去を恥じるでしょうね〉と決別を宣言します」

田中「ビデオではサミアが浜辺で過去の自分を掘り返して、スコップで殴り殺すという映像で表現されていますね」

天野「痛々しいけど、最初に紹介したビリー・アイリッシュの曲にも通じるものがありますね。とにかく彼女、今年要注目のミュージシャンと言っていいでしょう。これからが楽しみです」

 

Andrew Bird “Sisyphus”

天野「最後はアンドリュー・バードの新曲“Sisyphus”。3月22日(金)にリリースする12作目のアルバム『My Finest Work Yet』からのリード・ソングです」

田中「アルバムのタイトルがすごいですね。〈いまのところ最良の仕事〉! さすがに12作目ともなればタイトルが思いつかないものなんでしょうか……」

天野「若いリスナーには彼のことを知らない人も多いと思うので簡潔に説明しておきますと、シカゴ出身のシンガー・ソングライター/ヴァイオリン奏者で96年にソロ・デビューしています。マルチ奏者としても有名で、特にループ機能を使ってさまざまな楽器を重ねていく〈1人オーケストラ〉なライヴ・パフォーマンスは話題になりました」

田中このライヴ動画とか最高ですよね。さて、2017年に発表した『Echolocations: River』はフィールド・レコーディングを中心に据えたニューエイジ的な趣の作品だったけれど、“Sisyphus”を聴くかぎり『My Finest Work Yet』はポップソング寄りのアルバムになってそう」

天野「イントロから彼の十八番である口笛が耳を奪います。亮太さんはこういうウェスタン風の旋律が好きですよね。男の哀愁ですか(笑)?」

田中「時代から置いていかれる者への共感かも(笑)。『アリー/スター誕生』でブラッドリー・クーパーが演じていたロックスターにもとことん泣かされちゃいましたからね……」

天野「(無視して)実際、“Sisyphus”は音の鳴りもいまっぽくないですよね。ドラムがドカドカと響いてて、全体的に分離していない、くぐもった音になってます」

田中「なにやら『My Finest Work Yet』の録音では、ミュージシャンはヘッドフォンを付けず、演奏者を分離する板なども使わずに、テープで録ったみたいですよ。なので意図的に、ある楽器に向けたマイクが他の楽器の音も拾うようにしたそうで」

天野「なるほど。アンドリュー自身、新作制作に際して考えたのは〈分断の時代において道徳的な指標をどう定めるべきか〉だったと言っています。それをふまえると録音やエンニオ・モリコーネ的な旋律もポリティカルな意味を帯びてきますね。アルバム、楽しみです!」