木澤佐登志 ダークウェブ・アンダーグラウンド 社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち イースト・プレス (2019)

2019.02.05

ダークウェブといえばドラッグが取引され、人身が売り買いされ、殺人依頼のやりとりがなされ、アクセスしたが最後、PCがウィルスに感染してしまう……なんていう、一般人が足を踏み入れてはいけない危ない場所として、おどろどろしく描写されるのが普通のメディアの取り上げ方だ(そして、それは本書でも指摘されている)。そういった(部分的には)実態からかけ離れた幻想を切り崩すのが、木澤佐登志による「ダークウェブ・アンダーグラウンド 社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち」である。本書における木澤の筆致はとにかく徹底して客観的で、現実には存在しないダーク・ウェブという場所を探索し、さもその目で見てきたかのように描き出す。本書が対象にしているのは電脳空間だとはいえ、ルポルタージュやノンフィクションとして読むのが正しいだろう。

最初に挙げた例は極端だが、しかしダークウェブに身を置く者たちは、やはり〈社会秩序を逸脱〉している。〈闇のAmazon〉の異名を持つブラック・マーケット〈シルクロード〉や児童ポルノ愛好家たちのコミュニティー、あるいはオルタナ右翼や過激派フェミニストなどの新反動主義者たちなど、いかにもダークウェブなトピックが丹念に洗い出される。そんな不穏な内容である一方、インターネットの歴史を必要十分な情報で解説したり、あるいはダークウェブにおける重要な要素である暗号通貨(仮想通貨)について詳しく紹介したりと、前半は読者にフレンドリーでもある。

SNSの時代には忘れがちなことだが、インターネットとは自由な空間を追い求めるものであり、カリフォルニアン・イデオロギーと地続きのリバタリアニズム的なもので、現実のオルタナティヴとして存在しうるのだ。このあたりの事情を知らない読者にとっては、この穏やかならざる一冊はある意味、インターネット入門として読むこともできるはず。さらにネットの暗部を克明に描いた本書は、SNSと向き合わざるを得ない私たちにとって、この状況をなんとか生き抜くための教科書にすらなりうるかもしれない(なのでぜひ、本書は高校生や大学生にも読んでもらいたいと思う)。

さて、そんな「ダークウェブ・アンダーグラウンド」をなぜ、ここMikikiで取り上げるかというと、それはもちろん音楽がダークウェブと関わっているからだ。本書の第5章〈新反動主義の台頭〉では、エレクトロニック・ミュージックが突然登場する。レイヴ、アシッド・ハウス、ジャングルとドラムンベース、ダブステップ、さらにはヴェイパーウェイヴ……。また、ハイパーダブを主宰するコード9やワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(OPN)といったアーティストにも言及されている(本書では取り上げられていないものの、ジャイアント・クロウが『DARK WEB』というアルバムを2014年にリリースしていたことも忘れがたい)。

というのも、批評家マーク・フィッシャーの師でもある新反動主義のキーマン、ニック・ランドの思想がエレクトロニック・ミュージックと密接に関わっているからだ。ランドが立ち上げた研究組織〈サイバネティック研究ユニット(CCRU)〉は、大陸哲学とSFとオカルティズムとクラブ・カルチャーとを横断する独自のものであった。そして、そこに学生として参加していたのがコード9であり、CCRUの思想からインスパイアされて“Black Snow”という曲を書いたのがOPNだったと。

最近、ele-king booksから出版されたフィッシャーの「わが人生の幽霊たち――うつ病、憑在論、失われた未来」では、ジャングル/ドラムンベースにおける最重要人物のゴールディーについて独自の論が展開されている。そこでフィッシャーはジャングルという音楽の非人間的な特徴について、たびたび言及している。そのことにも表れているとおり、徹底していくとアンチ・ヒューマニズムへと行き着く新反動主義は、非人間的な電子音楽と非常に相性がいい(ランドがドラムンベースをバックにアントナン・アルトーの詩を読み上げるパフォーマンスを行っていたという記述も実に興味深い)。

かようにダークウェブというのは、ある意味で非人間的なものだ。しかし、そのきっかけを作ったのも、システムを構築したのも人間であり、そこにアクセスし続けているのも人間である。それと同様に、フィッシャーが論ずるようなアンチ・ヒューマンなドラムンベースやケアテイカーの〈幽霊的〉な音楽も、人間が作り出したものだ。そう考えると、どうも不思議な感じがする。アンチ・ヒューマニズムは人間の文化の外部から突きつけられるのではなく、文化の内側から現れ、私たちはそれに熱狂することもできるのだ(例えば、SF小説や映画について考えてみればわかるだろう)。

慣れ親しんだ、心地良いメロディーやリズム、音色を否定するアンチ・ヒューマンな音楽――そこには人間が持っている、根深いマゾヒスティックな欲望すら見え隠れする。そしてここには、非人間的なものこそが人間的であるという逆説がある。だからこそ本書で描かれているダークウェブもまた、逃れようもなく人間的なのである。

人間が生み出す音楽というものは、楽器や理論だけで成り立っているものではない。それは外部の、周囲の文化や思想なしには生まれえないし、それらと関係しながら成立している。そんなことを感じている音楽ファンにも薦めたい一冊だ。

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