COLUMN

トム・ヨークが歌う悪夢のような不安の世界

新作『ANIMA』特集:歌詞編

Photo by Alex Lake

レディオヘッドのフロントマン、トム・ヨークのニュー・アルバムが6月20日に突如デジタル配信でリリースされた(国内盤CDは7月17日に、その他フィジカルは19日に発売)。〈ANIMA〉という題が掲げられたそのアルバムは、ミステリアスなタイトルや深化したエレクトロニック・サウンドで早くもリスナーたちを魅了している。〈フジロック〉への出演も控える彼の新作に、Mikikiは〈言葉〉と〈音〉という2つの視点から迫ろう。まずはライターの新谷洋子が、歌詞や独特の宣伝方法からトムが描く悪夢的なイメージを紐解く。 *Mikiki編集部

THOM YORKE ANIMA XL/BEAT(2019)

あなたが忘れてしまった夢を思い出させてあげましょう

トム・ヨークが3枚目のソロ・アルバム『ANIMA』をリリースすることを予告したのは、さる6月半ばに世界各地に突如出現した、アニマ・テクノロジーズなる架空の企業の広告。夢を記録する装置〈ドリーム・カメラ〉を開発したという同社は、〈あなたが忘れてしまった夢を思い出させてあげましょう〉とアピールしていた。そんな仕掛けが示唆する通り、『ANIMA』をインスパイアしたのは第一に、トムが〈夢〉に抱いている関心だ。

タイトルも夢と深く関係しており、〈anima〉はラテン語で魂や生命を指すと同時に、精神分析学のパイオニア、カール・グスタフ・ユングが提唱したアニマとアニムスに因んでいるのだとか。ユングは、男性と女性の夢それぞれに現れる異性の像が人間の心理において重要な意味を持つとし、アニマ(女性像)とアニムス(男性像)と名付けた。つまりここで言う〈anima〉はトムの夢に現れる女性像であり、彼の本質につながる、内なる女性的要素ということになるのだろうか?

ポール・トーマス・アンダーソン監督の「ANIMA」トレイラー。トム・ヨークの新作とコラボレートした短編映画

 

アルバムに散りばめられた〈悪夢〉のイメージ

実際、いち早く本作について語った「Crack」誌のインタヴューで、夢で見た多数のイメージを挙げていたトム。しかも興味深いことに彼は、東京滞在中に時差ボケに苦しんで、2時間だけ眠ることができたときに、強烈なイメージがいくつも脳裏に刻まれたというエピソードを披露している。2曲目の“Last I Heard (…He Was Circling The Drain)”に引用された、人間とネズミの立場が入れ替わって、ネズミたちが街を闊歩する傍ら人間たちは排水溝でもがいている――という恐ろしいイメージは、そのひとつだ。〈もうこれ以上どうにも耐えられないと思いながら目を覚ました〉と、不穏なリフレインも添えられている。

ほかにも、“Twist”に登場する、自転車を一生懸命にこいで逃げている男の子と、エンジンがかかったまま放置されている空っぽの車、“Not The News”の海鳥の羽をまとった占い師、“The Axe”の〈色とりどりの風車の脇で長いクギに射抜かれている僕〉……と、アルバム全編に散りばめられたイメージは、単なる〈夢〉ではなく〈悪夢〉と表すべきものばかり。いずれも、暗鬱で、執拗で、ズキズキと重いリズムを刻んで心にのしかかる不安感を醸しており、「Crack」誌のインタヴューによると、まさにこの不安感こそ、トムが表現したかったものなのだという。

『ANIMA』収録曲“Not The News”

 

『OK Computer』から『ANIMA』へ――トム・ヨークが表現する不安感

もっとも、こういう得体の知れない不安感は、言ってみれば、表現者としての彼のデフォルト設定。レディオヘッドの作品を含め、トムがキャリアを通じて貫いてきたモードであり、ご存知のように名盤『OK Computer』(97年)はその極みだった。あれから20年余りを経て、同作が予告した、テクノロジーが暴走するハイパー・キャピタリスト・ワールドはもはや目の前に迫っている。ここにきて、誰もが彼と同じ不安感を共有していると言っても過言じゃないのだろう。誇大妄想ではなく実体を伴うものとして。

そういう意味で『ANIMA』に充満する不安感は、経済格差や環境問題などなど、いまの世界が直面するさまざまなイシューにシンクロするものだが、エレクトロニックに徹したサウンド志向も相俟って、殊に支配的なのは、テクノロジーにまつわる不安感なのではないかと思う。というのもトムはApple Musicのラジオ〈Beats 1〉のインタヴューで、ジャロン・ラニアーの名前もインスピレーション源として挙げていた。

〈Beats 1〉のホスト、ゼイン・ロウによるトム・ヨークへのインタヴュー映像

 

我々には、夢を思い出すためのドリーム・マシーンが必要なのか?

そう、「人間はガジェットではない」(2010年)の著書で知られるラニアーは、テクノロジーの負の側面について警告を発しているアメリカ人のコンピューター学者。“The Axe”でAIアシスタントらしきマシーンを罵倒するトムもまた、ヴァーチャル・スペースに没入してリアリティーから切り離されてしまっている人間たちを、その催眠状態から解いて、ヒューマニティーを取り戻すよう促しているかに聴こえるのだ。

そして、〈僕はとても無礼な人間〉というタイトルがユーモラスですらある“I Am A Very Rude Person”も、創造するための破壊を呼びかけているし、“Dawn Chorus”では〈何かを見逃した気がするけどそれが何なのかわからない〉と嘆きつつ、〈これが最後のチャンスなんだ〉と歌う。人類のサヴァイヴァルを賭けた選択を迫られている2019年の世界では、自分がいつ、どこで、何を見逃したのか思い出すために、我々はみなドリーム・マシーンを必要としているのかもしれない。

 


LIVE INFORMATION
FUJI ROCK FESTIVAL '19
THOM YORKE TOMORROW’S MODERN BOXES

2019年7月26日(金)新潟・湯沢町 苗場スキー場 WHITE STAGE
出演時間:22:00~23:30
メンバー:トム・ヨーク/ナイジェル・ゴドリッチ/タリク・バリ
https://www.fujirockfestival.com/

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