川本真琴の8月7日(水)にリリースする新作『新しい友達』。フル・アルバムとしては実に9年ぶりとなる本作には、七尾旅人やmabanua、Jimanica、山本精一、林正樹、マヒトゥ・ザ・ピーポー、植野隆司、野村陽一郎、伊賀航、久下惠生、U、豊田道倫といった錚々たるミュージシャンたちが演奏で参加している。
なかでも、Mikikiがレコーディングの模様をお伝えした峯田和伸(銀杏BOYZ)がゲスト・ヴォーカルで参加した“新しい友達 II”は、その意外な組み合わせで話題を呼んでいる。そんな同曲のミュージック・ビデオは、曽我部恵一がただひたすら走り続ける、という前代未聞の作品。さらに監督は大ヒット映画「劇場版 テレクラキャノンボール 2013」などで知られるカンパニー松尾だ。
この、あまりにもユニークな映像はどうやって生まれたのか? 川本、曽我部、松尾の3人が和気あいあいとした雰囲気のなかで語った。
川本真琴の下積み時代
――川本さんと曽我部さんはどういった繋がりがあったんですか?
曽我部恵一「自分の企画イヴェントにお誘いしたことがあって、それが最初なんです。男女で同じ曲を別々に歌うっていう企画のCMでもご一緒しましたね。デビューの時期が近いので親近感を勝手に感じてました※。ちなみに川本さんはサニーデイ・サービスと僕が別々だと思ってて(笑)」
――えっ、そうなんですか!?
川本真琴「はい……」
カンパニー松尾「衝撃の事実だよね(笑)」
――それがいつ結びついたんでしょう?
川本「けっこう最近です」
曽我部「〈今日〉って言われたらショックだから深く追及しないけど(笑)」
――90年代当時、サニーデイの音楽は聴いていました?
川本「聴いてなかったんです。もちろん名前は知ってましたよ(笑)! 私、デビューの時期からシーンの音楽を全然聴いてなかったんです。下積みの頃で〈曲を作る〉とか〈詞を作る〉とかってどういうことなんだろうなあって考えていた時期ですね。
デビューのときも自分のことを歌にする、表現する、っていうことも考えてなくて。なんか……〈マッキントッシュの会社で働いている社員〉みたいな感じだったので」
――組織の一員として(笑)。
川本「はい。ちょっと記憶が薄いんですよね。〈自分〉っていうものもよくわからない、みたいな。デビュー3年目くらいまで夢の中みたいだったんですよ。なぜかというと、すっごい不規則な生活をしてて……。だから自分のコアな部分で曲を作ったり詞を作ったりし始めたのは、ここ15年くらい?」
松尾「川本さんってそういこと全部、正直に言うからさ(笑)」
川本真琴の世界観をカンパニー松尾が表現
――では川本さんと松尾さんの繋がりについて教えてください。豊田道倫さんがハブになっているのかなと思ったのですが。
川本「最初、MVを撮ってもらったんです」
松尾「“ブロッサム”(2001年のシングル。作詞は七尾旅人)ね。それも豊田さんが関係してて」
川本「そうでしたっけ?」
松尾「そうですよ。川本さんが豊田さんに〈誰かいい監督いない?〉って電話して、〈松尾さんって人おるで〉って紹介されたんでしょ? でも一般の音楽関係の人は、AV監督の俺に頼むなんてしないわけですよ。けど川本さんはそういうの全然気にしないから。
いきなり電話がかかってきて〈やってください!〉みたいな感じで、〈大丈夫かなあ?〉って思ったんだけど。実際会ってお話ししたらこのとおりの方なので、お付き合いしやすくて。
ちなみに“ブロッサム”のMVは最初から川本さんのなかに画作りや世界観がちゃんとあったんです。それは今回の話にも繋がるんだけど」
川本「ありましたっけ?」
松尾「俺は(撮影)場所を提供しただけだよ。川本さんがその公園にアップライト・ピアノを持ってきて、リンゴも置いて、衣装も自分で決めた。だから俺はすごく楽でしたね」
曽我部「そのほうが松尾さん的にはやりやすいんですか?」
松尾「フリーハンドでやるときは俺の世界観でやるわけじゃないですか。俺の仕事はほぼそうやって出来てるんだけど。
だから逆に、MVは決め込んでもらってたらそれを職人的に撮っていくだけなので。川本さんとの仕事は川本さんの世界観に協力しようっていう感じでできる。川本さんのオーダーはおもしろいしね」
――どういうところがおもしろいんですか?
松尾「だって、まさか曽我部さんに走らせるなんて思ってなかったから(笑)。俺は純粋に、ベタにサニーデイ・サービスのファンだけど、実は曽我部さんとちゃんと話したことはなかったんですよ。豊田さんのライヴをずーっと撮ってたから、〈豊田さん越しに見える曽我部さん〉は知ってたんだけど。あんまり俺からは話しかけられなかったの」
曽我部「そうなんですか?」
松尾「うん。本当に好きな人って話しかけづらいですよ。変な意味じゃなくて。カレーの話とかずっとしたかったんだけど(笑)」
写真家・佐内正史の存在
――そんなお3方で作られたのが“新しい友達 II”のビデオです。川本さんにお訊きしたいのですが、〈曽我部さんが走る〉というイメージはどこから湧いてきたのでしょう?
川本「不思議ですよねえ……。私と曽我部さんの間には、佐内(正史)さんっていう写真家がいるんです」
――お2人は〈川本真琴 and 幽霊〉としても活動されていましたよね。佐内さんとは新作でも“灯台””マジカル走れ走れYO!”の2曲で歌詞を共作されています。
川本「はい。佐内さんからは〈曽我部さんのあの曲がすごいよかった〉とか、そういう話をよく聞いてて。だから〈曽我部さん〉っていうのは頭のなかにあったんですよね。それで(MVに)出てもらえないかなあって。でも出てもらえないだろうなあ、無理だろうなあって思ってました(笑)」
曽我部「川本さんから電話がかかってきて〈自分でよければ全然やりますよ〉って応えたんです。そういえば撮影前、佐内さんに〈川本さんのビデオで走るんでしょ? 走るのは無理じゃない?〉って言われたから、絶対頑張ろうと思って(笑)」
川本「私、佐内さんに言ったっけ? そっか、Tシャツを借りたからだ! 撮影の何日か前に、曽我部さんに佐内さんのTシャツを着て走ってもらうので貸してください、ってお願いしに行ったんです。で、完成したビデオを佐内さんに見せたんですよ。そしたら〈曽我部さんに走ってもらえてよかったね〉って言ってましたよ」
そんなぬるい走りじゃダメ!
――松尾さんはどのように制作していったんですか?
松尾「曽我部さんと並走して撮りたかったんだけど、俺は走力がないから岩淵(弘樹:『遭難フリーター』『世界でいちばん悲しいオーディション』などを監督)くんに訊いたの。そしたらローラーブレードを滑りながら撮影できるカメラマンがいるっていう情報を得て、〈それだ!〉って思って。だから僕は一切走ってません!」
曽我部「カメラマンは後ろ向きに走りながら僕を撮るわけですよ。だから大変!」
――川本さんは撮影中どうでした?
川本「〈これはめちゃくちゃいいビデオになるなあ〉って思って見てました」
松尾「川本さんは超厳しいです。〈もっと走れ!〉って」
曽我部「〈もっと走れ!〉は確かにあった(笑)」
川本「う~……(笑)」
松尾「画的なことを言うと、最初から全力疾走してもダメなんです。それをまた超えていかないといけないから。だから俺は川本さんから言われたことをちょっとソフトにして、〈まだスピードはそんなに出さなくていい。だんだん速くしていって〉って言おうと思ってたんです。でも川本さんはとにかく最初っから〈走れ走れ〉〈そんなぬるい走りじゃダメ〉って(笑)」
川本「そうですね」
曽我部「午前中からそうだったので。このペースでいったら俺、たぶん死ぬなと思って(笑)」
〈男祭り〉な映像
――ビデオには川本さんも少し出演されてますよね。
松尾「最後、多摩川に行くのも、川本さんを出したのも、俺のアイデアです。だから俺の解釈も入っちゃったのかな」
曽我部「川本さんは〈走る目的なんていらない〉って言ってたじゃないですか? でもビデオを観ると、何かストーリーや目的があるように感じたんです。松尾さんの解釈はあったんですか?」
松尾「ちょっとあった。映像も音楽も時間の積み重ねだからさ、行き着く先っていうのはどうしても必要なので、やたらめったら走るわけにもいかないなって。〈なんで曽我部さんが走ってるんだろうな?〉〈どこに行くんだろうな?〉って考えたとき、やっぱり何かを提示したいって思ったんです。
で、(出発地点の)下北沢っていうのは曽我部さんのリアルな場所だから、〈どんなところへ抜けて行ったらあの曲に辿り着くか?〉はちょっと考えてましたね。でもそれも抽象的なものになっちゃったんですけど」
川本「松尾さんが撮影後に一人で撮った映像がちょっと入るんですけど、あれを観て、私の曲と全然関係ないなって思いました(笑)」
松尾「すいません!! やっちゃいました(笑)」
川本「〈男祭り〉みたいな。松尾さんのかっこいい感じって私の曲と関係ないじゃないですか。だからおもしろいな、それもいいなって思いました」
松尾「俺が撮るとどうしてもオトコ的なものが入っちゃうんです。それに最初は川本さんだけが歌った曲って考えてたのに峯田さんのヴォーカルが入っちゃったから、まったく印象が違うんですよ。あれ、困りましたよ(笑)。バイクの画は曲に負けそうになっちゃったから追加したの」
ちゃんと人を撮れる、人生を撮れるのは松尾さん
川本「曲がだんだん変わっていったんですよ。最初は自分のコアにある思い詰めた気持ちから作ってたんですけど、そのうち、おもしろいものを入れたいって思ったんですよね。
私の今回のアルバムは全体的にそうで、おもしろいって思ったことを入れていくやり方で作ったんです。去年の11月にNYにレコーディングしに行ったときもそういうやり方をしてて。だからアレンジとかも、全部おもしろいほうを選んでるんです」
――そういう作品なんですね。
川本「〈アイデアを持って人生を生きる〉〈人生はアイデアがいちばん大事〉ってことをすごく思ってて。だから曲作りや制作のときも、〈おもしろいもの〉〈アイデア〉っていうのが常に私のなかにあって」
――では、今回のビデオについては〈曽我部さんが走る〉〈松尾さんが撮る〉というのが〈アイデア〉ですか?
川本「曽我部さんは〈アイデア〉っていうより自分の基点になるところと……」
曽我部「リンクした?」
川本「そうですね」
松尾「俺は? 〈アイデア〉?」
川本「〈アイデア〉……いや、違う! 曽我部さんを撮るなら松尾さんがいちばんかっこいい撮影者じゃないかなと思ったんですよ。曽我部さんを撮るってなったら曽我部さんのもともとのイメージがあるじゃないですか?」
曽我部「うんうん」
川本「それで曽我部さんのプロモーション・ビデオになっちゃったら、〈私のやりたいことってなんだったの?〉ってなっちゃうので。そういうのじゃなくて、ちゃんと曽我部さんという人を、人生を撮れる人は松尾さんだなって思ったんです」
松尾「そんなに? ありがとうございます!」
曽我部「すごい人選だよね。僕、いろいろな人に撮ってもらったことがありますけど、松尾さんの仕事はすごいなと思いました」
川本真琴と曽我部恵一の声は似ている?
――最後に、川本さんがお2人に伝えたいことはありますか?
川本「えっ、私から2人に!?」
松尾「遺言(笑)」
川本「松尾さんにはライヴを撮ってもらったりしてたので、そういうおもしろい機会がこれからもあるとうれしいですね。曽我部さんからは教えてもらえることがすごい多くて。ミュージシャンの先輩って感じなので、またお話できたらうれしいです」
――曽我部さんと松尾さんからは?
曽我部「僕はライヴを一緒にやりたいですね。この間、佐内さんの詩の朗読会で一緒にステージで音楽をやって。それがすごいよかったんですよね」
川本「よかったですよね、あれ!」
曽我部「うん。そういうことをちゃんとやりたいなあと思います。セッションでもなんでもいいんですけど、その日の気分で何かやれたら」
川本「ところで私の声ってちょっと曽我部さんの声と似てませんか? たぶん私の声(のピッチ)を下げると、曽我部さんの声になるんですよ」
曽我部「そうなんだ。確かに(自分の声のピッチを)上げたら、川本さんの声みたいになったことがあるかも」
川本「そっか。曽我部さんの声を上げたら私の声になるってことですもんね」
松尾「俺は専門的なことはわかんないけど、川本さんの声は中音域が強くて、女性歌手のそれではないって峯田さんが言ってましたよね」
――川本さんと曽我部さんが一緒に歌っているのを聴きたいですね。
松尾「俺も川本さんと曽我部さんが一緒に何かをやってるのを見たいですね。僕にとってお2人は歌で〈世界〉を変えちゃうっていうか、自分の世界観を持ってらっしゃる方々だから。川本さんにはもっと歌う機会を増やしてほしいです」
川本真琴の悩み
曽我部「川本さんのワンマン・ライヴを観たいなあ。リリース・ライヴはやるんですか?」
川本「やろうと思ってます」
――ここ数年、川本さんはいろいろな編成でやっていますよね。ゴロニャンず、ビッグバンド、シャンシャンズ……。
川本「たぶん今回は全然違う形態になるかなあって。あのアルバムの曲をライヴでやるって、ほんとに難しいんですよ。機械で作ってて、そういう音じゃないと表現できない曲もあって。だからどうやってやればいのかなって、すっごい悩んでます」
曽我部「シンプルにやったらいいんじゃないかなあ」
川本「でも絶対できない曲もあるんですよ!」
曽我部「できますできます。聴いてる人が補正してくれるから。僕らは3人組ですけど、3人だけだとできない部分もある。けど聴く人が脳内で足してくれるんです」
川本「曽我部さんの最近のアルバムって、バンドでは絶対に出せない音が入ってるじゃないですか。あれ、どうやってやるんですか?」
曽我部「バンドでやりますよ、適当に」
川本「えっ、音足さないの? クリックを聞いて同期するとかはしないんですか?」
曽我部「しないしない。再現しようとすると変なふうになるから」
川本「そうですよね。出来上がったものをもう一回ライヴでやるのって疲れるし、楽しくないんです」
曽我部「僕は曲を作るときはアコギで弾いたものをコンピューターで置き直してるから、(ライヴでは)最初のところに戻ってやる、っていう感じなんですよね」
川本「なるほどね~」
曽我部「だから、より適当にやるんです。〈なんで同じことしなきゃいけないの?〉くらい開き直って。〈ピッコピッコ〉みたいなのに合わせてやるより〈ワン・ツー・スリー・フォー!〉ってやるから楽しいわけじゃないですか、バンドって」
川本「わかる!」
曽我部「だから、楽しくやったらいいんですよ。僕もすっごい迷って、たくさんミュージシャンを呼んでやってた時期もあるんです。3人バンドなのに7人編成になったりして。で、満足するポイントが〈あの曲のあの音は再現できた〉っていう感じになってしまう。でも、そういうことじゃないなと思ったんです。いまはだから逆に(音源で)聴こえる音をあえてやらない。
昔、エリオット・スミスのライヴをロンドンで観たのね。そのときはギター・ヴォーカルとドラムとベースの3人しかいなかったんです。演奏は全然上手くないんだけど、音源ではピアノやストリングスがあるとこも〈ジャーンジャーン〉ってシンプルにやってたの。でも曲のコアな部分がめちゃくちゃ伝わって、〈あっ、これでいいんだ〉と気づいたことがあった」
川本「そっか~。昔、コピバンをやってた頃も忠実にやろうとは思ってなかったですもん。〈私、スターになりたいわ!〉みたいなそんな気分でやってた(笑)」
曽我部「聴きに来るほうは再現を聴きたいわけじゃないですから。たとえ完璧に再現してても、曲そのものからは遠く感じることもありますよね」
川本「なるほどな~」
松尾「これからは困ったら曽我部さんに電話すればいいね」
川本「そうですね(笑)。よかった、(ライヴを)やる前に訊いておいて!」
松尾「今日はいろいろ勉強してますね(笑)」
川本「すっごいいろいろなものを得た! 実りある一日でしたわ~」
――川本さんの悩みが一つ解決しました。
川本「じゃあ、今年中にライヴをやります! マネージャーにスケジュールをうまく調整してもらって(笑)」
曽我部「楽しみです!」
INFORMATION
SPACE SHOWER TV
A Day In The Music 川本真琴と曽我部恵一のある1日を追って
2019年8月2日(金)24:00~24:30
https://www.spaceshowertv.com/program/special/1908_adayinthemusic.html
川本真琴 MUSIC VIDEO SPECIAL
2019年8月2日(金)24:30~25:00 SPACE SHOWER TV
https://www.spaceshowertv.com/program/special/1908_kawamotomakoto.html