les créatures - marilou parolini ©varda estate

映画を愛し、人生を愛し、生涯現役を貫いたフランス人監督アニエス・ヴァルダが遺した、宝石のような映画たち

 今年3月にこの世を去ったフランスの映画監督アニエス・ヴァルダ。写真家として出発し、晩年はアート作品を手掛けるなど、彼女は人生を芸術に捧げた、というより、大好きな猫を可愛がるように芸術を愛した。そんなヴァルダの劇場初公開作品2作と遺作が公開される。

「ラ・ポワント・クールト」©1994 AGNES VARDA ET ENFANTS

 年代順に紹介していくと、「ラ・ポワント・クールト」(54年)はヴァルダの長編デビュー作。フランスの貧しい漁村にパリから若い夫婦がやってくる。村は夫の故郷で、妻にとっては初めての訪問。二人は離婚の危機を迎えていた。そんな二人のドラマと、村人達の群衆劇が並行して進んでいく。当時無名だったフィリップ・ノワレとシルヴィア・モンフォールが演じる夫婦のエピソードでは、幾何学的ともいえるモダンな構図に写真家=ヴァルダの美意識が光り、二人は感情を抑えて淡々とセリフを喋る。一方、村のエピソードでは現地の人々が出演し、生活感溢れる演出はネオリアリズモを思わせる。そんな異なる二つの世界が、クライマックスの祭りのシークエンスで交差するユニークな構成だ。さらに当時としては画期的な全編ロケ撮影が行われた本作を観れば、ヴァルダが〈ヌーヴェルヴァーグのゴッドマザー〉と称されている理由がよくわかるだろう。

「ダゲール街の人々」©1994 agnès varda et enfants

 「ダゲール街の人々」(75年)は、当時、子育て中だったヴァルダが自分の生活圏内で撮影したドキュメンタリー。ヴァルダは彼女が暮らすパリ14区ダゲール通りの人々にカメラを向ける。香水屋、肉屋、パン屋、美容院など、下町の風情を漂わせた店で、店主と客と交わされる何気ない会話。そこで流れるゆるやかな時間を切り取りながら、ヴァルダは観察者の眼差しでダゲール街という小宇宙を、そこに点在する惑星のような店を覗き込む。そして、映画の後半には奇術師のミスダグが登場。カフェで彼が繰り広げられる奇術ショーに住人たちの日常生活を巧みに交差させていく。その現実と幻想を行き来するような語り口の楽しさはヴァルダならでは。ヴァルダは晩年に無名の人々を題材にしたドキュメンタリー作品を次々と手掛けることになるが、その出発点ともいえる作品だ。

「アニエスによるヴァルダ」
©2019 Cine Tamaris – Arte France – HBB26 – Scarlett Production – MK2 films

 そして、ヴァルダの遺作となった「アニエスによるヴァルダ」(2019年)は、彼女がこれまでのキャリアを振り返ったドキュメンタリー。様々な劇場で、ヴァルダはディレクターズチェアに座って観客に自作について語る。そこに作品の映像が入ったり、ロケ地にヴァルダが赴いて出演者と対談したりと、ヴァルダは時空を軽やかに飛び越える。映画ファンにとっては物語の舞台裏を知る楽しみがあるが、ひとりの女性の生き方としても興味深い。また、日本ではあまり観ることができいヴァルダのアート作品が紹介されているのも嬉しいところ。なかでもフィルムで作った家は、妻として、母として、そして、映像作家として生きた彼女の人生を集約しているようだ。ヴァルダは自身の映画の様式を〈シネクリチュール(映画書法)〉と表現しているが、本作の彼女が最後に書き遺した人生の注釈といえるかもしれない。今回上映される3作品を通じて、そのみずみずしく、愛らしい〈文体〉をじっくりと味わえるはずだ。

 


CINEMA INFORMATION

特集上映〈RENDEZ-VOUS avec AGNÈS アニエス・ヴァルダをもっと知るための3本の映画〉
「アニエスによるヴァルダ」(2019年/119分/フランス)
「ラ・ポワント・クールト」(1954年/80分/フランス)
「ダゲール街の人々」(1975年/79分/西ドイツ=フランス)
配給:ザジフィルムズ
◎12/21(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー!
http://www.zaziefilms.com/agnesvarda/