ジャズ・ピアニストでありながらメタル・ファンとしても知られる西山瞳さんによる連載〈西山瞳の鋼鉄のジャズ女〉。新型コロナウイルス感染拡大防止の影響でライブやフェスがなかなか開催されにくい状況が続いていますが、特にメタル界隈は深刻な状況です。そんななか、この状況を楽しく乗り切る方法を西山さんが考えます。 *Mikiki編集部

★西山瞳の“鋼鉄のジャズ女”記事一覧

 


今年の梅雨は長いなあと思っていたら、8月に入って猛烈な暑さが続いています。

こんな暑さはヘヴィメタルで返り討ち!と言いたいところですが、今年の夏は暑いくせに圧倒的に熱量が足りない。暑いくせに、心に汗が足りない……。

そう、夏フェスがないんですよね。

私自身も夏はイヴェントが多く、出演することはあっても聴きに行くことは少ないのですが、フェス1日目どうだったとか、こんなサプライズがあったとか、このバンドが圧倒的なパフォーマンスだったとか、目当てのバンドの会場がいっぱいで入場制限していたとか、音楽ニュースサイト、SNSなどでリアルタイムで漏れ聞こえてくる高揚した感じ、暑苦しさ、音楽の熱に浮かされた感じが、今年は全くありません。

今年は状況的に仕方がありませんが、その場に行っていなくても熱量が感じ取れるのが夏フェスだったのだなと、今年の静寂ぶりを体験して思います。静かだ……。

 

夏フェスどころか、ライブもまだまだ稼働していない状況ですね。

ジャズのライブは6月以降、人数制限をしながら少しずつ動かしていますが、メタルはまだまだ厳しい。ジャズは元々黙って着席で聴いていますが、メタルは密になってなんぼ、汗と飛沫が飛んでなんぼ、ぶつかってなんぼの楽しさですからね。小さな規模も大きな規模も開催が難しいと思いますし、それがないライブなんてライブじゃねえ!と思うファンの方もいらっしゃるでしょう。

配信ライブも、ジャズの場合はアコースティック楽器がメインなので、ワンポイントの録音で可能。ステージの動きも少ないですから、機材や配信スタッフがいなくてもある程度可能ということもあり、急ごしらえではありますが、わりと広く行われています。

しかし、メタルになると、音もミックスしないといけませんし、躍動感や熱量を伝える映像にするにはカメラ・スタッフも複数人必要だし、スタッフ・技術・資金が必要だと思います。また、何よりも配信だとフロアの一体感を得ることが不可能で、メタルのライブが体験として良いのは、あの一体感なんですよね。そもそも集団でないと一体感は得られない。

 

以前、レコード会社の方から「国内でそのジャンルで最大のフェスの動員数を考えてみて下さい、それが商業規模で、CDが売れる枚数ですよ」と聞いて、なるほどと思ったことがありました。メタルのフェスは、ジャズよりは遥かに大きいです。ジャズは商業規模の小ささゆえ小回りが効いて、人数制限ありの有観客ライブも配信ライブもできているというところがあると思います。

 

メタルのライブ、次はいつ行けるんだろうか……、また、どのような配信だったら満足できるのだろうか……と考えたときに、〈そのうちVRでメタルのライブ配信ってできるようにならないんだろうか?〉と思ったんですが、どうでしょう? もう誰か、どこかの会社がトライしていますかね?

ゴーグルをかければ、フロアに立っていて、ライブハウスの照明も感じて、隣に同じように期待して待っている観客がいる。客電が落ちて、歓声が上がり、ライブが始まるとフロアを動くこともできる……。

ジャズでは必要ないと思うのですが、メタルのライブをVRで鑑賞できたらフィジカルなライブ体験に近い形で楽しめるんじゃないでしょうか。

昨年見た、ブリング・ミー・ザ・ホライズン(Bring Me The Horizon)のライブは、大きなスクリーンを使った視覚効果込みで、没入感の強いコンサートでした。あれを考えると、そのうちできてもおかしくないというか、予算があってシステムを開発できる世界的にメジャーなバンドが一発やってくれたら、新しいライブ体験になるかもと思いました。

実現したら、なかなか日本に来てくれないメタリカも体験できるチャンスになるかもしれないし、パイロ演出の多いラムシュタインも見てみたいし、マディソン・スクエア・ガーデンのような海外のいつか行ってみたい会場で鑑賞体験もできるかも。「フォートナイト」などのゲームでライブができるのであれば、そのうちVRでも可能かも、と夢想しています。

 

まあ、本物のライブが一番ではあるのですが、私自身が先日レコーディング・スタジオからの高画質高音質のライブ配信を体験して、〈配信ライブはライブの完璧な代替物にはなり得ないけれど、別の価値を提示することができるかも〉と思えるようになりました。

メタルならではの、リモート時代の楽しみ方が生まれる可能性もあるかも、と、新体験が生まれるのを心待ちにしています。

 

空想ついでにもう一つ。

先日のこの連載で書いた、高円寺のご飯屋さん〈高円寺メタルめし〉に「オレフェス」というノートを以前置いていたのですが、これがとても面白かった。

「参加バンドのラインナップはこんなの、会場はどこで、チケット価格はいくら」と、お客さんが自分の理想のフェスを書いていくノートなんですね。

〈オレフェス〉ノート表紙(以降の写真は高円寺メタルめし掲載許可済み、撮影・西山瞳)
 
〈オレフェス〉ノート表紙裏
 

他愛もない空想なんですが、こんなの実現したらすごいなあ! 馬鹿だなあ!とか、個人の趣味趣向丸出しの無茶なフェスばかりで、笑顔にしかならない。これが、知っている人じゃなくて、どこかの全く面識のないメタル・ファンの書いたものだから面白いんですよね。近くに同じような趣味の人がいるなあ、とか、こんなあり得ないこと書いてピュアなファンだなあ、とか、まだ見ぬ同志の空想を見るのは、ものすごく楽しいです。

 

例えばこんな感じ。

バンドの組み合わせ、会場の組み合わせ、価格設定と、全ての組み合わせが大体どこか(あるいは全て)おかしく、〈無茶やないか〉というポイントだらけで、突っ込みながら見るのです。SNSでタグを付けてやろうと思ったらできますね。空想の披露ゲームをして、このフェスのない夏を楽しく乗り切るのも一興かと。

 

ああ、メタル方面でも早くライブ体験に戻りたいなあ!

 


LIVE INFORMATION
8月23日(日・昼)東京・成城学園前Cafe Beulmans/形態:デュオ/メンバー:市野元彦(ギター)(配信あり)
8月28日(金)神奈川・横浜上町63/形態:デュオ/メンバー:鈴木央紹(テナー・サックス)
8月30日(日)東京・小岩Cochi/形態:ソロ
9月4日(金)神奈川・茅ヶ崎Storyville/形態:デュオ/メンバー:安ヵ川大樹(ベース)
9月5日(土)神奈川・横浜Dolphy/形態:The Tree Of Life/メンバー:安ヵ川大樹(ベース)、maiko(ヴァイオリン)
9月9日(水)埼玉・蕨Our Delight/形態:デュオ/メンバー:牧山純子(ヴァイオリン)

【アーカイブ配信中】 Dede x イマチケ Tokyo Basement Sessions 西山瞳トリオ・高音質配信ライブ
https://dede.ima-ticket.com/hitomi_nishiyama

詳細はhitominishiyama.net

 

RELEASE INFORMATION

東かおる、西山瞳『フェイシス』9月23日(水)リリース決定!
2013年作『Travels』に続く、東かおる(ヴォーカル)・西山瞳(ピアノ)共同名義作品の2作目がリリース決定。前作同様、市野元彦(ギター)、橋爪亮督(サックス)、西嶋徹(ベース)という、日本のコンテンポラリー・ジャズ・シーンの最重要メンバーで録音。詳細はこちら

東かおる,西山瞳 『フェイシス』 MEANTONE RECORDS(2020)

東かおる、西山瞳『フェイシス』トレイラー動画
 

PROFILE:西山瞳

1979年11月17日生まれ。6歳よりクラシック・ピアノを学び、18歳でジャズに転向。大阪音楽大学短期大学部音楽科音楽専攻ピアノコース・ジャズクラス在学中より、演奏活動を開始する。卒業後、エンリコ・ピエラヌンツィに傾倒。2004年、自主制作アルバム『I'm Missing You』を発表。ヨーロッパ・ジャズ・ファンを中心に話題を呼び、5か月後には全国発売となる。2005年、横濱ジャズ・プロムナード・ジャズ・コンペティションにおいて、自己のトリオでグランプリを受賞。2006年、スウェーデンにて現地ミュージシャンとのトリオでレコーディング、『Cubium』をSpice Of Life(アミューズ)よりリリースし、デビューする。2007年には、日本人リーダーとして初めてストックホルム・ジャズ・フェスティバルに招聘され、そのパフォーマンスが翌日現地メディアに取り上げられるなど大好評を得る。

以降2枚のスウェーデン録音作品をリリース。2008年に自己のバンドで録音したアルバム『parallax』では、スイングジャーナル誌日本ジャズ賞にノミネートされる。2010年、インターナショナル・ソングライティング・コンペティション(アメリカ)で、全世界約15,000エントリーの中から自作曲“Unfolding Universe”がジャズ部門で3位を受賞。コンポーザーとして世界的な評価を得た。2011年発表『Music In You』では、タワーレコード・ジャズ総合チャート1位、HMV総合2位にランクイン。CDジャーナル誌2011年のベストディスクに選出されるなど、芸術作品として重厚な力作であると高い評価を得る。2014年には自己のレギュラー・トリオ、西山瞳トリオ・パララックス名義での2作目『シフト』を発表。好評を受け、アナログでもリリースする。2015年には、ヘヴィメタルの名曲をカヴァーしたアルバム『New Heritage Of Real Heavy Metal』をリリース。マーティ・フリードマン(ギター)、キコ・ルーレイロ(ギター)、YOUNG GUITAR誌などから絶賛コメントを得て、発売前よりメタル・ジャズ両面から話題になり、すべての主要CDショップでランキング1位を獲得。ジャンルを超えたベストセラーとなっている。同作は『II』(2016年)、『III』(2019年)と3部作としてシリーズ化。2019年4月には『extra edition』(2019年)もリリース。

自己のプロジェクトの他に、東かおる(ヴォーカル)とのヴォーカル・プロジェクト、安ヵ川大樹(ベース)とのユニット、ビッグ・バンドへの作品提供など、幅広く活動。横濱ジャズ・プロムナードをはじめ、全国のジャズ・フェスティヴァルやイヴェント、ライヴハウスなどで演奏。オリジナル曲は、高い作曲能力による緻密な構成とポップさの共存した、ジャンルを超えた独自の音楽を形成し、幅広い音楽ファンから支持されている。

西山瞳2作目のピアノ・ソロ・アルバム『Vibrant』好評発売中!

西山瞳 ヴァイブラント MEANTONE RECORDS(2020)