〈高級ホテルの空間にいるような、ラグジュアリーなジャズ・ピアノ〉をコンセプトに、タワーレコードが企画・選曲したコンピレーションである、本作。ビル・エヴァンスやオスカー・ピーターソン、チック・コリアといった超一流のジャズ・ピアニストたちによる名演の数々が、惜しげもなく収録されている。

とかく音楽というものは、空間や場所と強い結びつきを持っているものだ。1950年代、アメリカでエキゾチカが流行した背景にも、オセアニアや東南アジアといった〈南の楽園〉に対する人々の憧憬があったという。つまり未知の場所への漠然としたイメージに輪郭を与えてくれるものとして、音楽が求められたのだ。当時彼らが抱いた憧れの内実がいかなるものであったか、いまとなっては知る由もないが、自由に好きな場所へ出かけることもままならず、〈素敵な場所〉へ漠然と憧れを募らせるわが現状を思うと、なんとなく彼らにシンパシーのようなものを感じてしまう。

豪奢なホテルで過ごすひとときをピアノの調べで喚起する本作は、旅や〈素敵な場所〉に飢えながらコロナ禍に見舞われた世界を生きる私たちに、極上の〈アームチェア・トラヴェル=空想旅行〉を提供してくれる。

もちろん本作の見どころは、コンセプト面だけに留まらない。本作は、純粋に音楽作品として聴いてみても魅力的だ。

一聴してまず胸を打たれるのが、その音の良さだ。収録曲すべてに最新マスタリングが施されたことで、一音一音の繊細なニュアンスがくっきりと聴き分けられるようになり、その背後に存在するピアニストたちの筋肉の動きや息遣いまでリアルに感じ取れる。

また多彩なスタイルの演奏をまんべんなく配置した構成によって、各ピアニストのタッチや和声感覚上の特徴が浮き彫りになっており、そこも面白い。たとえば、力強いタッチで明朗なメロディーを走らせるオスカー・ピーターソンに、スピーディーな手さばきで仄暗いロマンティシズムを漂わせるバド・パウエル、柔らかなタッチで滲むような和声の響きを紡ぐビル・エヴァンス……というように。

〈アームチェア・トラヴェル〉へ出かけるためのチケットとするも良し。BGMとして流し、部屋の雰囲気を格上げするも良し。推しのピアニストを見つけ、〈ジャズ沼〉に潜っていくための手引きとするも良し。よく知るはずのピアニストの新たな表情を発見すべく、聴き込むも良し。ジャズ門外漢から玄人まで、満足すること請け合いな一枚だ。