©Yosuke Suzuki

2013年にバンドへと生まれ変わり、8年間活動を続けたKIRINJI。2020年末をもって彼らはバンドとしての活動を終了し、〈堀込高樹を中心とする変動的で緩やかな繋がりの音楽集団〉となることを発表。その歩みを凝縮したベスト・アルバム『KIRINJI 20132020』が2020年11月18日にリリースされた。

今回、Mikikiは新鋭小説家の奥野紗世子に『KIRINJI 20132020』についての執筆を依頼。文學界新人賞受賞作「逃げ水は街の血潮」(2019年)で注目を集めた奥野は、先日刊行された「文藝 2020年冬季号」の特集〈90年代生まれが起こす文学の地殻変動〉で高い期待とともに紹介されたことで注目を集めている。

KIRINJIと堀込高樹の大ファンである奥野が、〈バンドKIRINJI〉と堀込高樹の充実した8年を歌詞の面から振り返った。 *Mikiki編集部 

KIRINJI 『KIRINJI 20132020』 ユニバーサル(2020)

 

ならばこのベスト盤をダウンロードしてください、エッセンシャルなので

KIRINJIのベスト盤が出た。

堀込泰行の脱退後キリンジが、英字のKIRINJIになって以降リリースした四枚のアルバムからそれぞれ四曲ずつ収録されている。

わたしは〈過不足のない選曲だ〉と、深くうなずいた。

このベスト盤があれば、〈わたしはKIRINJIが好きです〉と言った際に〈キリンジ? 弟がいた時は聴いてましたけど、最近のは知りません〉とか〈冨田ラボがプロデュースしてた時くらいまでは聴いてましたよ〉といったことを繰り返す、いかにも悲しげな人たちにQOLをいますぐ上げるライフハックを教えるような気持ちで、〈ならばこのベスト盤をダウンロードしてください、エッセンシャルなので〉と言えると思う。

いままでは〈わかりました。ではわたしが作ったKIRINJIのプレイリストをシェアしますね〉とヤバいムーヴを取っていたわたしには好都合だ。

 

“雲呑ガール”が描く新宿歌舞伎町の上海小吃

リリース順に収録されています。まず『11』(2014年)の曲から。

堀込高樹は一曲目にアルバムの根幹というかコンセプトを色濃く反映した曲を持ってくることが多い。小説家が一行目にめちゃくちゃ力を入れるのに似ている。

『11』もKIRINJIとして活動を始める所信表明のような“進水式”から始まる。ベスト・アルバムの頭にこの曲を持ってくることは必然だろう。

『11』は堀込高樹をリーダーとする船の乗組員のようにそれぞれのメンバーを捉えた写真を配したジャケットのアートワークも印象的だ。なんだかウェス・アンダーソンの映画みたいな雰囲気がある。

『11』からは、わたしのフェイバリット・ソング“雲呑ガール”が入っているのも良い。

この曲の歌詞は新宿歌舞伎町に実在する〈上海小吃〉という中華料理屋を舞台に繰り広げられる。

さらにニクい点は、〈風林会館前集合/今夜は奢る/過払い金が戻ったから/寝ぼけたネオン 左手に見たら/怪しい路地滑り込みセーフ/魅惑の味覚さ〉の歌詞の通りに道を行くと実際に上海小吃に辿り着けるところだろう。

いまの季節はお通しに上海蟹が出てくるので、過払金が戻ったような気分で上海小吃に行けば自動的に上海蟹に吸い付くこともできるのもポイントだ。

コトリンゴさんと楠均さんの〈ホテル行こう/嫌です〉のやり取りもおもしろいし、〈猫舌〉を〈ラングドシャ〉と言い換えるワードセンスも、いつもながら素敵ですね。

それにラジオを聴いていたらやたらと流れてくることでお馴染みの〈過払金〉という言葉をどうしても歌詞に使いたかった堀込高樹の心情を考えるとチャーミングでもある。

〈君は不夜城の princess rapunzel〉は、直木賞作家・馳星周さんの「不夜城」という歌舞伎町の中国人マフィアの抗争の小説(映画化されてる)の引用なんじゃないでしょうか。

ちなみに上海小吃では、80年代に人身売買をしていたという男性と、トイレに行くたびに〈おしっこできてえらいね料〉として毎回500円もらっている女性に会ったことがあります。

コトリンゴさん初のメイン・ボーカル曲の“fugitive”も良い。

おそらくコトリンゴさんがソロでは歌わないであろう、〈崖の下で咲いてます〉〈変わり果てた私〉という歌詞が一人称で歌われる。割と歌謡曲的な情念を感じる歌詞なのだが、無機質なコトリンゴさんの声で歌われると肌寒さを覚える。

例えは悪いが、かぐや姫のラスト・コンサートに収録されてしまった〈わたしにも聞かせて〉を思い出す怖さがあるのだ。

 

〈満室!〉の“The Great Journey”、〈今夜キメます!〉の“Mr. BOOGIE MAN”

バンドKIRINJIの二作目である『ネオ』(2016年)からは、堀込高樹がライブで〈満室!〉と叫ぶたびに客席が〈キャー!〉と湧くことでお馴染みの“The Great Journey”が入っている。

曲の終わりで飄々とした感じで歌われる〈火星の土地で野菜育てよう/iPS細胞で永遠の若さを/人工知能と交わすピロウトーク〉という時事ネタをボンボンと放り込んだ歌詞の書き方は後述するアルバム『愛をあるだけ、すべて』でより重要になる。

それと、この曲や“都市鉱山”、“いつも可愛い”など、堀込高樹がちょっと変化球っぽい歌い方をしているときがわたしは好きです。

弓木英梨乃さんがボーカルの“Mr. BOOGIEMAN”は最高だ。

〈クチビルは赤い/赤い目のウサギ/ウサギなら跳ねる/わたしだって跳ねる〉の、女の子同士の会話で他愛もなく弾む連想ゲームのようなリズムからの〈華やいだ場所は/得意じゃないけど/ほんと自分でも可笑しいんだけど/今夜キメます!〉、最高です。堀込高樹の歌詞や楽曲を評するときに使われる慣用句的フレーズ〈職業作詞家的なセンス〉とか〈ポップ職人〉とか、そういうのが、もう極まりまくっている。それに、〈今夜キメます!〉と感嘆符までつけている。すごい!

『11』で新生KIRINJIとしてのポテンシャルを提示し、『ネオ』でそれを証明した堀込高樹。

だけど、昨年の新作『cherish』を聴いたいまだと、なんとなく物足りなさを感じる。前提としての、堀込高樹なのだからいいアルバムを出すに決まっているのだ、というラインを越えてきていない気がするのだ。