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弦と、声と、音で織りなす、記憶のアッサンブラージュ

 2006年に東京で設立されたFLAUは、何年にも渡りオルタナティヴな音楽を愛好する世界中のリスナーに注目されているレーベルで、レーベル・オーナーのausやNoah、数年ぶりの復活で話題になったCuusheらエレクトロニカ的な世界観を軸とし、80’sシンセポップのオマージュで知られるCRYSTAL、よりビートが強調されたStefan Jósやサブマースらの作品をリリースしてきたが、不思議とその独特な世界観のバランスは初期から保たれている感触を受ける。一貫してパーソナルで丁寧に編まれた音作りがその印象を強くさせる。

 また一般にポスト・クラシカルと呼称される、クラシック楽器を主体としながらも電子音との現代的な融合を目指したり、録音環境に意識的なアーティストたち、シルヴァン・ショヴォー、ヘニング・シュミート、マサヨシ・フジタらの作品もこのレーベルからだ。昨年の徳澤青弦と林正樹によるチェロとピアノの『Drift』が、アンビエント的な電子音の助けを借りることなく、選曲のセンスや繊細な演奏表現で、鮮やかな色彩感を湛えた作品だったことも記憶に新しい。

Kumi Takahara 『See-through』 FLAU(2021)

 ヴァイオリニスト/作曲家のKumi Takaharaのデビュー作『See-Through』はこのクラシック音楽路線上にありつつ、アーティストとレーベルの個性がクリエイティヴに絡み合う充実作だ。3歳頃からヴァイオリンを始め、国立音楽大学を卒業後ウィーンで活動をしてきた彼女は、同時代のポップ・アーティスト、例えば湯川潮音、ゴンドウトモヒコ、world’s end girlfriendらのサポートも行いながら、レコーディング・アーティストとしての自己も育んできた。ウィーン滞在中の2013年、バスルームで自分の演奏する音を、日々の感情を事細かに記した日記のように録音し始めると宅録熱は高まり、当初ヴァイオリンのみだった楽器が、チェロ、ピアノ、コントラバス、ヴィオラと増えていく。こうして、声や楽器を使ってメロディーを作るかと思えば、五線譜には表現できない楽器の表情をも敏感に弾き分け、さまざまな環境音をも記録し、それらを組み合わせ曲を構成していく。楽器の演奏とパーソナルな記憶を持つ音たちは複層的に絡み合い、作品に独特の深みを与えている。

 “Ditty”ではアーティスト本人が、弾いた弦の上でユニゾンで歌うのだが、グリッサンドや弦の加速すらユニゾンする。声質と弦のかすれる音もよくマッチし、その周囲に漂うスタッカートを始めとするちょっとした技巧も、快活でどこか微笑ましい。“Nostalgia”は、シンプルな親しみやすさを帯びたピアノによる旋律が冒頭で繰り返されるかと思えば、中音域の抑制された対旋律が回想を誘い、少し遠方から弦の持続音が出現する。ピアノのアルペジオがエコーのような効果で反復し、さまざまな音がうごめき、具象と抽象が組み合わさるシュルレアリスム絵画のような構成で、まるでタイトルどおりに過去へと誘われるようだ。“Roll”はジョン・ケージのピアノ作品“ある風景の中で”を彷彿とさせるシンプルで幻想的な室内楽的構成だ。しかし本人の短いヴォイスが途中から入るとクラシックのジャンル感は希薄となり、それぞれ違う音域の弦、ヴォイス、ピアノが暖かく色彩感を放ちながら、美しく融和していく。波の音が印象的な“Tide”はクライマックスのような充実がある。複数の要素が絡み合うと、弦を中心に重層的な声部を作り出す。そこには昔の音色重視のエレクトロニカにも、商業的な映画音楽にも見当たらない、パーソナルで力強い解放感がある。続く“Log”は、The Boatsの片割れCraig Tattersall (Humble bee)によるマイルドで落ち着いたビートが、ポップな口直しの感触とともに、この作品の音世界を拡張していく。

 伝統的な価値観が強固なクラシック・ヴァイオリン演奏の世界を基盤にしつつも、現代的な作家としての資質をausやThe Boatsら他者との共同作業のなかで開花させたKumi Takahara。多くのリスナーの間で早くも次作の発表が待たれる存在となったのは想像に難くない。

 


FLAU
2006年末に設立された東京のレコード・レーベル。エレクトロニカ、アンビエント、クラシックなど幅広いジャンル、参加アーティストも国内外問わず、だが共有する色彩感を感じるラインナップ。イヴェント〈FOUNDLAND〉も主催。
https://flau.jp/

 


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