ヴァイオリン奏者のKumi Takahara(高原久実)がファースト・フル・アルバム『See-through』をリリースした。クラシック~現代音楽を素地に持ちつつ、これまで湯川潮音やゴンドウトモヒコ、world’s end girlfriendといった多種多様なミュージシャンのサポートを務めてきた彼女が、約5年間にわたる自宅での多重録音を駆使して制作。極めてパーソナルな、それでいて普遍的な美しさを湛えたモニュメンタルな作品に仕上がっている。

ピアノやヴォイスの耽美的な旋律に、ときに電子音響のようなサウンドとなって絡まり合う弦楽器の響き、あるいは映像喚起的なフィールド・レコーディング等々、ポスト・クラシカルな色彩を浮かべた彼女の作品は、どのようにして生まれたのだろうか。今回のインタビューでは、幼少期から音大への進学を経て現在にいたるまでの経歴、および『See-through』の制作プロセスと減算の美学とも言うべき彼女の音楽観について、じっくりと語っていただいた。

 

姉と繋がるため、音楽の道を歩み始める

――高原さんは3歳からヴァイオリンを始めたんですよね。どういったきっかけがあったのでしょうか?

「母がクラシックを聴くのが好きで、家に演奏会のビデオが置いてあったんです。綺麗なドレスを着た女の人が、オーケストラをバックにチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏するというもので、私はそれがすごく好きで繰り返し観ていて。それで〈これがやりたい!〉って親に言ったんです。そしたら〈幼稚園に入るまで待ってね〉と言われて」

――ご両親も楽器を演奏されていたんですか?

「いや、うちの親は音楽家ではなかったです。クラシックの世界だと両親が音楽家で(そうした環境から)楽器を始める人が多いんですけどね。それで、幼稚園に入園するまでは親が空き箱で作ってくれたヴァイオリンのおもちゃで遊んだりしていて、入園してから近所のヴァイオリン教室に通うようになりました」

――ヴァイオリン教室はいつ頃まで通っていたのでしょうか?

「3歳から通い始めて、音大受験の直前までずっと通ってました。クラシック音楽の勉強をしているというよりも、親戚の家に遊びに行っているという感覚でしたね。反抗期も(親ではなく)教室の先生に向いたりして(笑)」

――音楽家として活動していくことを意識され始めたのはいつ頃でしたか?

「2つ上の姉がパンク・バンドのヴォーカルをやっていたので、よくライブハウスに遊びに行ったりしていたんですね。かなりのエネルギーで音楽に向かっていたのを傍で見ていたのですが、その姉がバイク事故で急に死んでしまったんです。姉が亡くなるまでは、自分にとってヴァイオリンは趣味でしかなかったんですが、自分が音楽の道に行けば彼女と繋がりを持っていられる気がして。それが高校2年生のときで、もうほんとに進路を決めるギリギリのタイミングだったんですけど、音大に行こうと決めました」

――高校卒業後は、国立音楽大学に進学して弦楽器を専門的に学ばれていますよね。今でも印象に残っている授業などはありますか?

「コースを選択して試験を通ると大学3年生から専門的なレッスンを受けられるようになるんですけど、私は同級生と弦楽四重奏を組んで室内楽の専門的なコースに進んだんですね。弦楽四重奏って、クラシック音楽のなかでもオーケストラから編成を削ぎ落とした〈究極のアンサンブル形態〉と言われていて、多くの作曲家がチャレンジしてきた分野でもあるんです。

それで、アンサンブルの歴史的な成立過程についての授業もおもしろかったのですが、特に印象に残っているのは、和音の重ね方に関するレッスン。例えばオクターヴ下のパートを担当する人が若干ピッチを高めに、上の人はうわずらないように少しだけ低めに弾くと、和音の響きがしっくり収まる。そういう技術的なことが学べたのは、今回の『See-through』で多重録音する際にも、ものすごく活きています」

『See-through』収録曲“Roll”

 

日常のなかに息づくクラシック音楽

――大学時代に、それまでの音楽の捉え方がガラリと変わる経験みたいなものはありましたか?

「大学に通っていたときは目の前の課題をこなすのに精一杯で、あまり広く物事を見る余裕がなかったんです。けれど卒業後にオーストリアのウィーンに約1年間留学して、そこでいろいろと音楽の見え方や捉え方が変わりました」

――具体的にはどのように音楽への意識が変化したのでしょうか?

「決定的だったのは作曲を始めたことですね。ウィーンで部屋を借りて暮らすようになって、考え事をしたり、これまでの人生を振り返ったりする時間が増えたんですね。それまで忘れていたことを思い出したり、蓋をして見ないようにしていたことと向き合ったり。そうしているうちに曲を作ることは、自分のなかに行き所のない感情が溢れたときの発散の手段になるんだと気づいて。なので、当時の曲はほとんど、姉へのレクイエムのようなものでした。

それまでずっとクラシックの世界にいたので、自分が演奏するのはあくまでも作品を再現するための手段だったんです。作曲家に敬意を払いながら、作品について自分なりに理解して、作曲家が求めているものを音として具現化する。だけど〈自分自身のことを表現していいんだ〉って気づいて、それまでとはまったく違う音楽との向き合い方を手に入れたというか、新しい世界が始まった感じがしました。

それは今回の『See-through』というアルバムのテーマにも繋がっているんです。タイトルの〈見通す〉〈透かし見る〉というのは、私自身の内側の奥の方から生まれるものに寄り添うということでもあって。そういう音楽を聴いていると、やっぱり感情が景色として浮かんでくるように思うんですね」

――なるほど、作曲家の作品を解釈して聴衆に届ける役割から、演奏家自身が主体となって音楽を生み出す、というふうに考えが切り替わったと言えばいいでしょうか。ウィーンでは、そういった考え方をする演奏家が多かったのでしょうか?

「そうですね。いろんな音楽があるなかで、自発的にクラシックを選択して弾いている人が多くいるようには見えました。あとクラシックを演奏している人でも、並行して電子音楽を制作していたり、垣根がないなと思いましたね」

――他に日本と比べて大きなギャップを感じたことはありましたか?

「日本だとクラシックはやっぱり敷居が高かったり、あとジャンルとしてもクラシックが好きな人以外はあまり聴く気がないという傾向があるじゃないですか。けれど向こうはどの街にも地元のオーケストラがいて、ホーム・グラウンドのコンサート・ホールがある。みんな日常のなかで自分の街の音楽を聴きに行くという感じなんです。出演者のファンだから聴きに行くのではなくて、もっと自然に音楽と親しんでいるというか」

――クラシック音楽が地域に根差しているんですね。

「そう感じました。あと日本だとクラシック専用のホールを作って、そこでオーケストラが演奏しますけど、向こうはいたるところに教会があって、教会が演奏会場になっていて。教会って音がよく響くように作られているんです。天井が高いというのもありますけど、石造りも多いですし。それで、ヴァイオリンをはじめとした西洋楽器は、やっぱりこういう空間で演奏するためのものとして生まれたんだなって思いましたね」

――ちなみに留学中に体験したコンサートで、特に印象に残っているものはありますか?

「室内楽編成でポーランドやドイツへツアーに行くことがあったのですが、そこで一緒だったヴァイオリニストがたまたまチリー・ゴンザレスのカルテットのメンバーだったんですね。それもあってチリー・ゴンザレスのパリのコンサートを観に行ったらとても良くて、ウィーンに戻ってからもアルバムをずっと聴いていました」

――どの辺りに魅力を感じましたか?

「単純に音が好きというのもあるんですけど、アルバムで言うと『Solo Piano』(2004年)のシリーズがとても好きで。彼はエレクトロとかヒップホップを作ったり、プロデュース業もやったりしていますけど、そういったバックグラウンドを持ちながら、『Solo Piano』ではあえてシンプルな生音のピアノを演奏したというのがとても刺激的でした。これからの時代、あえてフィジカルなものを選んで演奏することには価値があると思いますし、自分が弦楽器を弾くうえでもそうしていきたいなと」

――留学を終えて帰国してからは主にどういった活動をされていましたか?

「ウィーンに行く前とは違う活動をしたかったので、それまでやっていたようなクラシックのオーケストラの仕事に戻ることはありませんでした。帰国したのは2013年なのですが、その後も留学中と同じく部屋に閉じこもって音楽を作って録音するという生活が続いていました」

暮らしている空気ごと録音した『See-through』

――『See-through』は2016年から自宅で、それもバスルームで録音作業が始まったと聞きました。なぜバスルームだったのでしょうか?

「やっぱり宅録にはこだわりたかったので、自宅で録音しようとは思っていたんですが、家の中でいちばん静かな場所はどこだろうと探しているうちに見つけたスポットがバスルームだったんです。他の場所だと窓の外から音が入ってきてしまうんです」

――事前に譜面に曲を書いてから録音作業をしていったのでしょうか?

「いや、譜面には書いてなかったですね。あんまりオタマジャクシのイメージで作ってしまうと、想定内の音楽にしかならないんです。なんとなくフワッとあるだけのイメージで音を重ねていって、譜面とは別のところで作曲できるのが、多重録音の魅力だと思っていて。

なので一人遊びみたいなものでもあるんですけど、〈あ、これを重ねたらこんな響きになるんだ〉と発見しつつ作っていきました。その場で音を重ねたり、消したり、繋げたり。クラシックよりも、いわゆるバンドマンのやり方に近いかもしれないです」

――自宅で制作したデモをもとに、音響設備の整ったスタジオで録音し直そうと思ったことはありましたか?

「まったくありませんでした。整った環境での録音は十分やってきたので、一貫して一人の空間で、あくまでも個人的な作品として作りたいというのがあったんです。暮らしている空気ごと録りたかったし、それができるところに宅録のロマンを感じます。

実は制作期間中に3回引越しをしているんですね。なので最初のバスルームだけでなく、いろいろな部屋で録った音がアルバムには入っているんです。聴き返してみるとまるで日記帳のようで、〈この音はこの場所でこんなときに録ったな〉というのがすぐにわかってしまう。

フィールド・レコーディングも入っているんですけど、それは旅先の旅館のストーブの音をiPhoneで録音したものだったり、海に出かけたときの波の音だったり。(この作品には)いろんな記憶が音として混ざり合っているんです」

 

私小説的な作品に余白を残すためには

――ヴァイオリン以外の楽器は、もともと演奏していたのでしょうか?

「ピアノは並行してずっと演奏していました。それとヴィオラもヴァイオリンと似ているので弾くことが多かったんですけど、チェロとコントラバスは録音作業を始めてから〈やっぱり低音が欲しいな〉と思って、買い集めていって。だんだん楽器に埋もれた部屋になっていきました」

――他のミュージシャンに依頼するのではなく?

「そうですね。もちろんライブやコンサートだとお願いすることもあるんですが、今回のアルバムに関しては、自分の内側に目を向けていたこともあって、あんまり外の誰かにお願いしようとは思いませんでした」

――ということは逆に、ミックス/プロデュースを手がけたausさんとThe Boats、ピアノで参加されている渡邊智道さんは、ある種特別な存在だったと。

「そうですね。個人的な作品にしようとは思いつつ、私小説的になりすぎて聴き手が共感できる余白がなくなってしまうのが嫌だったので、作品として落とし所をつけるためには、どこかで外側の要素も必要だったんです。でもオープンな制作にはしたくなかったし、そのバランスが難しいところでした。

ausさんは、今回リリースさせてもらったレーベル、flauのオーナーでもあるし、初期のデモ曲を作っている時点から絶妙な距離感でずっと制作に関わってくれていたので、プロデュースに関しては、自分の内側に招いたうえで、風通しをよくするための換気を手伝ってもらっていたような感覚ですね。9曲目の“Tide”は何度も手直しをしていちばん時間をかけたのですが、曲自体が漂流していたようなときからたくさんのアイディアを投げてもらっていました。3曲目の“Nostalgia”も元のイメージをしっかり尊重してくれているので、他人の手が入ったようには思えないくらい。

『See-through』収録曲“Tide”
 

逆にThe Boatsのお二人の手を借りた7曲目の“Chant”と10曲目の“Log”は、曲を手放しで委ねたような感覚で、それができたことで、このアルバム全体を客観視できるようになったと思います。新鮮な空気と新しい発見をもたらしてくれているので、そういう意味ではこの2曲は要でした。どちらにせよ音楽家としての絶対的な信頼ありきですね。

『See-through』収録曲“Log”
 

渡邊さんは、私がクラシックを弾いていた頃から共演経験があったのですが、彼の音色は特別なんです。ピアノの音はタッチの差で大きく印象が変わってしまうと思う。特にクラシックのピアニストとなると、もはや職人のように、そうした1音を出すためにずっと研究をしているようなところがあって。3曲目の“Nostalgia”と6曲目の“Kai-kou”はピアノが非常に重要だったので、特別な響きで録りたくてお願いしました」

『See-through』収録曲“Nostalgia”

現代音楽の流れにありつつ、自然な心地よさを喚起するもの

――今回のアルバムは収録曲の曲調は様々ですが、全体としてはECMが現代音楽を扱った〈ニュー・シリーズ〉を彷彿させる、耽美的なサウンドで統一されているようにも感じました。作品を制作するにあたって、インスピレーションを得た音楽などはありましたか?

「曲ごとになんとなくヒントになるような音楽はありました。たとえば2曲目の“Ditty”は、ピアノの右手と声が完全に同じラインで連動するんですが、ヴァイオリンって顎で固定するので声を出しながら弾くのがとても難しい楽器なんですよね。もちろんチェコのイヴァ・ビトヴァみたいにできる人もいますけど、訓練を積まないとなかなか難しくて。なのでピアノとかコントラバスとか、声を出しながら演奏できる人たちの音楽がヒントにはなっています」

――“Ditty”の声とピアノのユニゾンはブラジル音楽や現代ジャズとも通じる感触もありました。事前にメロディーラインを作曲しないとできない演奏とも言えますが、反対に即興的な演奏を丸ごと収録したトラックもあるのでしょうか?

『See-through』収録曲“Ditty”
 

「実は半分以上が即興で、その場で出てきた演奏を録音でメモして、そのまま曲にしているんです。“Ditty”も譜面に書いたわけではなくて、帰り道に頭の中で考えていたものを家に着いてからすぐにピアノで歌い、その場で丸ごと録音しました。

それと1曲目の“Artegio”は、とある森の中の美術館にピアノが置いてあって、他に誰もいなかったので遊びで触っていたことがあったんですね。そのときにiPhoneで録音していて、それを後から切り貼りするように繋げて曲にしているんです。

『See-through』収録曲“Artegio”
 

ただ、9曲目の“Tide”はクラシカルな構成になっていて、フーガという対位法の技法を使っています。同じフレーズを繰り返して重ねることで壮大になっていくんですけど、それは即興では作れない種類の響きなんです」

――“Tide”は8曲目“Sea”から続いて海にまつわるフィールド・レコーディングが使用されていますよね。

「そうです。曲ごとにぼんやりと思い浮かべている景色があって、森とか、街の中とか、電車の車窓から見える風景とか。“Sea”と“Tide”は曲名にあるように海辺のイメージがありました。アルバム全体を映画のような作りにしたかったんです。景色のなかから聴こえてくる響きを立体感を持って出していくというか」

『See-through』収録曲“Sea”
 

――先ほどの〈フレーズを繰り返す〉という点では、ミニマル・ミュージックにも近いところがあります。高原さんは現代音楽の作曲家だと誰が好きですか?

「人間的にも惹かれているのはジョン・ケージです。いろんな作風がありますけど、非常に斬新なことをやる一方で、“Dream”とか“In A Landscape”とか、ああいうフランス印象主義のような叙情的なピアノ作品も作っている。すごくシンプルだけどしっかりと美しくて、聴き手の内側に何かを喚起させるところがある。それに肩書きが音楽家でありキノコ研究家であるというのもおもしろいですよね(笑)」

――現役のミュージシャンで共感を覚える人物はいますか?

「姉妹で活動しているココロージーが好きで、ライブ映像もよく観ていて。あと現役ではないですが、エリオット・スミスは宅録の先輩だと思っています。ほかにはフィッシュマンズのループを使った曲なんかもよく聴いていますね。どうしても、有限な生命のきらめき、みたいなものを感じられる音楽に惹かれます」

――“Tide”は、ポーランドが拠点のエレクトロニック・ミュージック・プロデューサー、アース・トラックスさんによるリミックス・ヴァージョンが公開されていますが、彼についてはどうでしょうか?

“Tide”のアース・トラックスによるリミックス
 

「もちろん好きですよ。やっぱりリミックスするのであれば自分にはない要素が欲しくて、生音には生音のよさがありますけど、アース・トラックスさんをはじめ電子音楽には〈無機質だからこそ心地よい〉という部分があると思うんです。それは私にはない部分ですし、無機質であっても音楽のエネルギーを埋めてしまうような、そういうミュージシャンはすごくいいなと思っています。

このアルバムではアース・トラックスさん以外にも、イスラエルのゾーイ・ポランスキーさんやイギリスのディラン・ヘナーさんら世界各国のアーティストさんにリミックスをお願いしていて、あとからリミックス集をリリースする予定です。もともとは部屋で一人で作っていた曲が、海を越えて誰かの手にかかるというのは、とても興奮しますね。

あとは現役のミュージシャンで言うと、アルヴォ・ペルトが好きなんです。実は留学中にペルトの室内楽のプロジェクトに参加したことがあって、ご本人ともお会いしたんですけど、彼の今やっていることはクラシックの延長線上にありつつ、間違いなく現代の響きでもあると思うんです。

私自身、そうした現代音楽の流れの先にはありたいなと思います。けれど、文脈を知っている玄人だけのための音楽ではなくて、そうではないような人にも自然に手にとってもらえるようなものでもありたいなと思っていて。斬新なだけではなくて、自然と心地よさを喚起するような音楽を作っていきたいですね」