神々の〈完全なる不完全〉に着想を得た、神聖で人間味豊かなニュー・アルバム――ノルウェーの新世代歌姫は誰もが生まれ持った個性を肯定して祝福する!

天使のような存在感

 ピュアで神聖、おとぎの国から聴こえてくるかのようなオーロラの歌声。ノルウェー出身と聞いて〈ああ、だからなんだ〉と妙に納得させられるだろうし、フィヨルドの美しい白銀世界が脳裏に浮かぶ。ディズニー映画「アナと雪の女王2」でエルサに呼びかける〈謎の声〉を担当し、アカデミー賞にノミネートされた挿入歌“Into The Unknown”にフィーチャーされたのも(日本語吹き替え版では松たか子と中本みずきが歌唱)、きっとそんなファンタジー映画の中に生息しているかのようなオーロラの声やサウンド、そのルックスなどが関わっていたからに違いない。筆者は彼女の音楽を耳にすると、エンヤとコクトー・ツインズとテイラー・スウィフトが仲良くお茶会をしているかのような、そんな情景を想像してしまうのだが。傍らではシグリッドやビリー・アイリッシュが目を輝かせながら覗き込み、少し離れたところからビョークとリサ・ジェラルドが満足気に微笑んでいるんじゃないかと。実際にビリー・アイリッシュは大きな影響を受けたと公言しているし、あのケイティ・ペリーが「オーロラの音楽は私の心をときめかせてくれる。彼女は天使よ」と絶賛したこともある。いまから7年前のこと、オーロラが18歳の時だった。

 〈アナ雪〉シリーズのモデルになった都市でもあるノルウェーのベルゲン、その近くのオスという森の中で育ったオーロラ。そう、〈オーロラ〉というのは本名だ。フィヨルドが臨める人里離れた大自然の中、たっぷり想像力を膨らませながら、あれこれ夢想に耽って少女時代を過ごしたという。エンヤやレナード・コーエン、ボブ・ディランなどの音楽に親しんでいた彼女が、初めて曲を作ったのは16歳の時。両親に贈ったその自作曲を友人がネットに勝手にアップしてしまい、それを耳にした音楽関係者から説得されて本格的な活動をスタートさせている。

 2013年、17歳でデビュー曲“Awakening”を発表。2015年の“Runaway”がいきなりヨーロッパを中心に大ヒット。前述のケイティ・ペリーやトロイ・シヴァンからのラヴコールもあって、一躍世界に名を轟かせる。同年5月にはEP『Running With The Wolf』、翌2016年3月にはファースト・アルバム『All My Demons Greeting Me As A Friend』をリリース。特に後者は本国ノルウェーでチャート1位となり、世界中で大ヒットを記録した。

 すでにこの時点で独自の世界観がしっかりと確立されていた事実にも驚かされるが、その神秘的な音楽性は2018年のEP『Infections Of A Different Kind (Step 1)』、2019年のセカンド・アルバム『A Different Kind Of Human (Step 2)』でいっそう深まり(日本では2作をカップリングした『Infections Of A Different Kind Of Human』として2020年にリリース)、多くのリスナーにリーチした。独自性を極めていながら、決して独りよがりにならないのも彼女の音楽の特長だ。躍動的なシンセやポップなエレクトロ・サウンドを採り入れたり、郷愁を抱かせる民族音楽のエッセンスをちりばめるなど、独自性と訴求性を両立。難解ではなく、常に間口が広く開かれた音楽はあらゆるリスナーに向けられている。普段はヘヴィーメタルやクラシックしか聴かないもののオーロラだけは特別というファンが少なくなかったりするのもユニークな現象と言えるだろうか。