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 90年代、アメリカのロック・シーンは立て続けに才能のあるミュージシャンを失った。ニルヴァーナカート・コバーン、そして、シンガー・ソングライターのジェフ・バックリィだ。ジェフはカートが自ら命を断った94年にデビュー・アルバム『グレース』を発表。その奇跡のような歌声で注目を集めたが、セカンド・アルバムを製作中の97年に不慮の事故で帰らぬ人になった。しかも、ジェフの父親、ティム・バックリィも才能溢れるシンガー・ソングライターだったが、28歳の若さでオーヴァードーズで死去していて、親子二代に渡る悲劇は痛ましかった。でも、だからこそ〈伝説〉にもなりやすいわけで、二人をめぐる映画が制作されたことを聞いた時は、彼らの音楽を愛する者としては居心地の悪さを感じずにはいられなかった。しかし、完成した『グッバイ・アンド・ハロー 父からの贈りもの』で描かれているのは悲劇の親子ではなく、音楽という絆で結ばれた親子の物語だった。

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 1991年、LAに住むジェフ・バックリィ(ペン・バッジリー)のもとに電話がかかってくる。それはNYの教会で行われるティム・バックリィ(ベン・ローゼンフィールド)のトリビュート・コンサートに出演しないか、という誘いだった。幼い頃に父親を亡くし、想い出もないまま成長したジェフは、複雑な想いを抱きながらコンサートに参加することを決意する。映画ではこの時期のジェフの背景については説明はされていないが、当時ジェフはミュージシャンとしてデビューするために試行錯誤を繰り返していた。前の年にチャンスを求めてNYに出たもののうまくいかず、LAに戻って父親の元マネージャーに連絡をとり、デモテープを制作するという悶々とした日々を送っていた。ジェフは有名な父親に対して反発と憧れを感じながら、ミュージシャンとしてのアイデンティティを探っていたのだ。本作ではジェフがNYにやって来てコンサートが行われるまでの数日間の出来事を通じて、一人の若者が何かを掴むまでのナイーヴな心の旅を繊細なタッチで描き出していくが、そこにティム・バックリィの生前のドラマが挿入されることで、言葉を交わすこともなかった父と子の物語が、まるでハーモニーを奏でるように構成されている。

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 そんななか、精神的に不安定なジェフを支えるのが、コンサートを手伝っているアリー(イモージェン・プーツ)だ。彼女は気まぐれなジェフの相手をしながら、ほのかな愛情を通じて彼に勇気を与える。そして、父親に代わってジェフに音楽の手ほどきをするのはゲイリー・ルーカスフランク・ウッド)。キャプテン・ビーフハートマジック・バンドに在籍していたこともあるこのベテラン・ギタリストは、コンサートを通じてジェフと知り合い、ジェフがデビューしてからも彼の良きパートナーだった。ゲイリーの家で初めてジェフとゲイリーがセッションするシーンでは、後に『グレース』に収録される曲が誕生する瞬間を見ることができて、ジェフのファンにとっては興味深いシーンだ。そのほか映画には、ティム・バックリィの良き相棒だったギタリスト、リー・アンダーウッドや、コンサートを企画したハル・ウィナー、参加アーティストの一人だったリチャード・ヘルなど実在のミュージシャンが登場。それぞれ役者が演じているが、演奏シーンもしっかり盛り込まれている。

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 リハーサルを抜け出して、アリーと一緒に街をぶらついたり、父が住んでいた家を訪ねたりと落ち着かないジェフ。一方、ティムは愛人を連れてツアーをまわり、モーテルで「妻は僕の歌が嫌いなんだ」と寂しそうにつぶやく。時を隔てて共に人生を彷徨っているような父と子。そして、映画のクライマックスはコンサートの本番だ。このコンサートで注目を集めたことがジェフのメジャー・デビューへと繋がったが、ジェフを演じたペン・バッジリーは渾身のパフォーマンスを披露する。バッジリーだけではなく、ティム・バックリィを演じたベン・ローゼンフィールドにとっても、あの独特の歌声を再現するのは到底無理な話だろう。しかし、彼らは役者としてオリジナルの雰囲気を掴んで熱演している。本作の原題『Greetings from Tim Buckley』は、このコンサートのタイトルからとられているが、映画ではコンサートをドキュメンタリーのようなタッチで描き、ジェフ・バックリィというミュージシャンの誕生の瞬間を観客に目撃させる。悲劇的な死ではなく、希望に満ちた生のほとばしりを。そこに監督・脚本を手掛けたダニエル・アルグラントのジェフ・バックリィに対するリスペクトが伝わってくるようだ。ジェフ・バックリィの隠された事実を明らかにする、というより、ジェフの歌が抱えているものに迫った本作は、音楽のように感覚的で叙情豊か。観客は物語の行間からジェフやティムの想いを受け止める。映画を観た後、彼らの人生を“聴いた”ような気にさせられる作品だ。

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MOVIE INFORMATION

映画「グッバイ・アンド・ハロー 父からの贈りもの」

遠い記憶の父へ──。
時を越えて〝音楽”が繋いだ父と息子の物語。
夭逝の天才ミュージシャン、ジェフ・バックリィ誕生への軌跡がここに―。
グッバイ・アンド・ハロー 父からの贈りもの

◎10/18(土)、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田ほか全国順次ロードショー

監督・脚本:ダニエル・アルグラント『ニューヨーク 最後の日々』
音楽監修:スーザン・ジェイコブズ『アメリカン・ハッスル』
出演:ペン・バッジリー『ゴシップガール』、イモージェン・プーツ『ニード・フォー・スピード』、ベン・ローゼンフィールド、ノーバート・レオ・バッツ『フェア・ゲーム』他
配給:ミッドシップ (2012年 アメリカ 104分)

buckleys.jp

 


 

intoxicate presents
特別試写会

映画「グッバイ・アンド・ハロー 父からの贈りもの」
特別試写会に25組50名様をご招待!

日時:10/6(月) 18:30開場 19:00開映
会場:シネマート六本木

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