F1ドライバーのように私はリスクを恐れない――艶やかな歌声を持つR&Bシンガーが〈いままで行ったことのない場所〉に到達。その勇気は一本の映画から生まれた……

 LAを拠点に活動するシンガー・ソングライター、ナイア。2013年のデビュー以降、10代の頃に学んだジャズやR&Bをベースにした艶やかな歌で注目を集め、ジョルジャ・スミス、ローラ・リー(クルアンビン)などさまざまなミュージシャンとコラボレートを重ねてきた。そんななか、通算3作目となるニュー・アルバム『Bobby Deerfield』は同名の映画からインスパイアされたという。その経緯を彼女はこんなふうに振り返った。

 「友達に誘われてアル・パチーノが来るプライヴェートな試写会に参加したんです。そこで観たのが(パチーノ主演の)『ボビー・デアフィールド』(77年)でした。F1ドライバーの話なんですが、ひどい映画で(笑)。でも、そのあと、映画のことが頭から離れなくなって、気が付いたら自動車教習所に通っていたくらい。ある朝、目が覚めたときに〈次のアルバムのタイトルは『Bobby Deerfield』にしよう〉と決めたんです。そこまでこの映画に惹かれたのは、作品と自分の人生が重なるような気がしたから。ボビー・デアフィールドというキャラクターはリスクを冒すことの比喩であり、私は自分がボビーだと感じたんです」。

NIIA 『Bobby Deerfield』 Niiarocco(2023)

 そして、彼女はアルバム・タイトルにふさわしいサウンドを探った。子どもの頃から映画に強く惹かれ、「映像を見た瞬間にサウンドが頭の中に思い浮かぶときもある」という彼女にとって、「ボビー・デアフィールド」はインスピレーションの源だった。そこで彼女がプロデューサーに起用したのはジョナサン・ウィルソン。デヴィッド・クロスビーやファーザー・ジョン・ミスティなど、世代を超えてさまざまなミュージシャンと仕事をしてきたジョナサンは、現在のLAのロック・シーンにおける中心人物だ。彼女はジョナサンが集めたミュージシャンたちとセッションを繰り返して曲を練り上げた。

 「最初にイメージしたのは、スピードを感じさせるサウンドでした。そして、フォークやブルース、ソウルの影響を取り入れながら、いろんな実験をしてみようと思ったんです。例えば、エレキ・ギターのソロやダンス・ビートを取り入れて、これまで苦手だったアップテンポな曲やエネルギッシュな曲に挑戦してみたり。ボビーというキャラクターが〈リスクを冒してもいい〉と思わせてくれたんです。いままで行ったことのない場所に行ってもいいんだって」。

 そして、彼女はさまざまなアイデアを試した。そこで辿り着いた「行ったことのない場所」のひとつが“Alfa Romeo”だ。この曲では、アップテンポのビートとモダンなシンセ・サウンドがF1レースのようなスピード感を生み出している。

 「この曲はクラウトロックやサイケ・ロックにインスパイアされてベースが強いサウンドに挑戦してみたんです。でも、納得できるものになるまで随分時間がかかってしまったし、歌詞も何を書いていいのか悩みました。でも、ボビーが自分だと気付いたことで、この曲では父と対話しようと思ったんです。ここでは私が父親の影響を離れて自立するプロセスを歌っています。この曲を作ったことで父との関係は前より良くなりました。音楽制作は私にとってセラピーなんです」。

 その一方で、“Idk What To Tell My Friends”は、R&B、ジャズ、ロックなどを融合。ナイアのこれまでのスタイルを残しながらも、ユニークなミクスチャー・サウンドに仕上がっている。

 「その通り。これまでの私の作品を思い出させるR&Bなメロディーに、ジョナサンが持ち込んだフォークっぽくてトリッピーな要素を加えて、さらに私のジャズっぽい歌声を乗せてみたんです。ジョニ・ミッチェルの曲を、R&Bアーティストが歌うみたいな感じにしようと思いました」。

 そのほか、タイトル曲は「ボビー・デアフィールド」の予告編に付ける音楽をイメージしたというインスト・ナンバーだったりとヴァラエティー豊かな曲が並ぶ。それだけにヴォーカル・スタイルにも工夫が必要だった。

 「今回の曲は、これまでとは違っているのでヴォーカルにも変化が必要でした。自分の声をアピールするのではなく、それぞれの曲の雰囲気に合わせようとした。曲の一部になることが大切で、アクセルを全開にするのではなく、ブレーキを踏むことも大事だったんです」。

 一本の映画との出会いをきっかけにして、新境地を切り拓いたナイア。今回のレコーディングは彼女に大きな自信を与えたようだ。

 「少し前まではこの業界を恐れたり、批判を気にしてプレッシャーを感じたりしていました。でも最近は、〈そんなのどうでもいい〉と思えるようになってきたんです。自分はギターが上手くないと思っていても、必要と感じたらやってみればいい。私はミュージシャンとして成長したいし、そのためにはリスクを恐れずにいろいろ試してみて、自分が好きなものや嫌いなものを発見しながら進化し続けることが重要。それを実感できたこのアルバムを、とても誇りに思っています」。

 そんな達成感がアルバムに輝きを与えている。映画が彼女の心を動かしたように、このアルバムもリスナーにインスピレーションを与え続けるに違いない。

ナイアの過去作と参加した作品を一部紹介。
左から、ナイアの2017年作『I』(Atlantic)、デューク・デュモンの2020年作『Duality』(Virgin)、ムーン・ブーツの2019年作『Bimini Road』(AnjunaDeep)

ジョナサン・ウィルソンが関わった近年の作品を一部紹介。
左から、ジョナサン・ウィルソンの2020年作『Dixie Blur』(Bella Union)、エンジェル・オルセンの2023年のEP『Forever Means』(Jagjaguwar)、ドーズの2022年作『Misadventures Of Doomscroller』(Concord)