オルガ・ノイヴィルト
©Harald Hoffmann

ジャズやロック、ポップ・ミュージックが顔を出すハイブリッドな世界観をサントリーホールで聴く

 初めてパリで、オルガ・ノイヴィルト(1968-)の作品を聴きに行ったのは、2008年、フェスティヴァル・ドートンヌの、前年に亡くなったシュトックハウゼン特集コンサートのうちの一つだった。曲目は、3つの器楽グループとエレクトロニクスのための“フールームールー”(1997年作曲)、アンサンブルとコンピューターのための“ロスト・ハイウェイ組曲”(2008年作曲)の初演。“フールームールー”はフランク・ステラの同名作品(ハーマン・メルヴィルの「マーディ」に出てくる架空の島の名前で、ステラがメルヴィルを題材にした数々の作品の一つ)からインスピレーションを得たもので、“ロスト・ハイウェイ組曲”は、デヴィッド・リンチ監督の映画に基づいた音楽劇「ロスト・ハイウェイ」(2002-2003年作曲)から取られた。

 映画や美術といったアクセスしやすく、想像が広がるジャンルとのリンク、動き回るエレクトロニクスの音響、エレクトリック・ギター、ハワイアン・ギター、ハーモニカ、プリペアード・オンド・マルトノなど多様な楽器と極彩色の音色に、ジャズやロック、ポップミュージックが顔を出す。一見、ポストモダンのようでいて、ダーク、かつパワフルなエネルギーを放つ、混ぜこぜハイブリッドな作品世界には強烈な個性が光っていたのを覚えている。

 とくにアンダーグラウンドやマージナルなアートに惹かれ、社会のアウトサイダー、マイノリティーへのフォーカスと擁護をテーマにした作品も多く、オペラとポップ・ロックの領域を横断するカウンターテナーのヒット曲を用いた“クラウス・ノミへのオマージュ”(1998年作曲2011年編曲)、ノイヴィルトにとって重要な作家の一人メルヴィルに捧げる“ザ・アウトカースト”(2009-2011年作曲)なども、ユニークで際立っていた。また、テクノロジーと人間を主題に、ピアニストがコンピューターで操作される、調律の狂った自動ピアノと対決するユーモラスな“クロイング!”(2008年作曲、タイトルは階段から転げ落ちる擬音語)も面白い。

 今や、ヨーロッパの現代音楽シーンで欠かせないノイヴィルトは、オーストリアでジャズピアニストの父のもと、ジャズを聴きながら育ち、トランペットとドラムを習った。しかし、事故でジャズトランペッターになる夢をあきらめることになり、サンフランシスコで、作曲、音楽理論、映画・映像アートを学ぶ。音色、エレクトロニクスにも興味を持ち、パリでは、1990年代にトリスタン・ミュライユの講義を取り、IRCAM(フランス国立音響音楽研究所)のワークショップにも参加した。多才多芸で多方面とつながる彼女の舞台作品は、ノーベル賞作家エルフリーデ・イェリネクがよく台本を担当していることでも知られる。音楽で、既成のシステムへの反骨精神や政治的な視点を表現するという面では、ルイジ・ノーノと出会い、共鳴したことも。

 そんなノイヴィルトが、今年、8月のサントリーホール・サマーフェスティバルでテーマ作曲家として取り上げられることになった。管弦楽曲のコンサートと室内楽曲のコンサートが開かれるが、なかでも、世界初演される“オルランド・ワールド”は、ウィーン国立歌劇場初の女性作曲家への委嘱、そして創立150周年記念作品として注目を浴びたオペラ「オルランド」(2017-2019年作曲)から作られている。「オルランド」は、主人公が男性から女性に変身する1928年のヴァージニア・ウルフの同題の小説をもとに、それ以降の時代の話なども加えて、LGBTQ、ジェンダー問題、児童虐待、人種差別、極右翼の台頭といったアクチュアリティのある社会問題を扱う。

 音楽的にも、エリザベス朝、ルネサンス期から現代、クラシックから童謡・ポップまでジャンルを超えた引用・フェイク引用が散りばめられ、オーケストラにドラムやエレクトリック・ギターのロック・バンドと、差別や序列を排除し、ヒエラルキーや男性支配社会からの解放を歌う。ノイヴィルトの今までの集大成として、その世界観が凝縮されているとも言えよう。音楽やパフォーマンスはもちろん、舞台セットに代わる縦長の複数のLEDスクリーンに映される映像(ウィル・デューク)や、ノイヴィルトが直接依頼したコム・デ・ギャルソン(川久保玲)の衣装も見応えがあり、ぜひコンサートの前に「オルランド」のDVDも見ていただけたら、と思う。

 “オルランド・ワールド”の指揮は、初演の指揮も務めたほか、自身が音楽監督を務める*アンサンブル・アンテルコンタンポランなどでもよくノイヴィルトの作品を演奏してきたマティアス・ピンチャーで、こちらも楽しみである。

 現代音楽の枠組みにおさまらない作曲家として、様々なとっかかりから聴き始めてみてほしい。

*本誌発行時現在

 


オルガ・ノイヴィルト
1968年8月4日、オーストリアのグラーツに生まれる。ウィーン 音楽大学でエーリッヒ・ウルバンナーに作曲、ディーター・カウフマン、ヴィルヘルム・ツォーブルに電子音楽を学ぶ(1987~1993)。個人的にアドリアーナ・ヘルツキー(1988~1989)、ルイジ・ノーノにも師事。パリのIRCAMではトリスタン・ミュライユに学んだ(1993~1994)。1999年、ロンドン交響楽団の委嘱作“クリナメン/ノードゥス”がピエール・ブーレーズの指揮で初演され国際的名声を獲得、以後現代音楽界の第一線で活動を続けている。

 


LIVE INFORMATION
サントリーホールサマーフェスティバル 2023

■テーマ作曲家 オルガ・ノイヴィルト  サントリーホール国際作曲委嘱シリーズNo.45(監修:細川俊夫)

作曲ワークショップ × トークセッション(日本語通訳付)
~若手作曲家からの公募作品クリニック/実演付き

2023年8月23日(水)東京・赤坂 サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
開場/開始:18:20/19:00
レクチャー:オルガ・ノイヴィルト/細川俊夫

オーケストラ・ポートレート(委嘱新作初演演奏会)
2023年8月24日(水)東京・赤坂 サントリーホール 大ホール
開場/開演:18:20/19:00
出演:ヴィルピ・ライサネン(MS)/マティアス・ピンチャー(指揮)/東京交響楽団

室内楽ポートレート(室内楽作品集)
2023年8月28日(月)東京・赤坂 サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
開場/開演:18:20/19:00

https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/feature/summer2023/