没後40年  異形のアーティスト、クラウス・ノミの偉業を回顧する

 クラウス・ノミは、あの一度見たら忘れられない、強烈な印象を与える奇抜なルックスによって、80年代初頭の日本でも当時の感度の高い人々の間でセンセーションを巻き起こした。たとえば、モデルとして某楽器店の販促に登場するなど、ノミは当時の日本で、その性別不明で、異星人のようでもあり、アンドロイドのようでもあるイメージによって、80年代という時代を体現するキャラクターとして、音楽よりも先にアイコニックな存在となっていたのだ。1944年にドイツで生まれ、戦後の西ベルリンで育ち、1972年にニューヨークに移り住み、アンダーグラウンド・シーンで活動した。伝説的アンダーグランドTV番組「TVパーティ」にも登場している。注目されるきっかけとなったのは、デヴィッド・ボウイのスタジオライヴのバックコーラスでのテレビ出演だった。じつは、ノミを起用したボウイよりも年長である。自身のアルバムがリリースされるのは、ようやく80年代に入ってまもなく、1981年だが、それはヨーロッパのレーベルからだった。日本ではさらに遅れて1984年にようやく日本盤が発売された。その意味では、日本のリスナーは、スネークマン・ショーのアルバムに選曲された、ファースト・アルバム収録曲であるヘンリー・パーセルのオペラ「アーサー王」の中の歌曲のカヴァー“コールド・ソング”を、ほぼ時差なしに聞くことができたということになる。同時代の日本では遠藤賢司のEP『オムライス』にもその影響を聴きとることができる。

 オペラとロックをバックグラウンドに、自身の独自のアイデンティティをファッションや音楽に投影していくノミの表現とは、ボウイのグラム・ロック時代のコンセプトをエレクトロニックなポップ・ミュージックとしてアップデートするものだったとも言えよう。それは、ボウイの影響を受けたレディ・ガガのようなアーティストに見出せる特徴でもあるように思う。そして、時代の新たなアイコンとして、いよいよ浮上しようという矢先に、1983年8月6日、エイズによる合併症のために39歳で他界してしまう。没後20年にあたる2003年には、映画「ノミソング」が公開された。それはノミの知られざる孤独をも描き出したものであったが、多くの人々の共感を得ることになった。

 そして没後40年となる2023年に、この早すぎたラジカルなポップ・スターを回顧する、日本初CD化を含む過去の音源がリリースされる。これまで、どこかキワモノ視されてきたことも否めないアーティストを再評価するよい機会となるだろう。