©Alberto Venzago

指揮界の牽引者としての自負心が支える作品解釈。
それを信頼する楽団と分かち合う充実の日々。

 2015年のシェフ着任から7年間を過ごしたN響のステージに、パーヴォ・ヤルヴィが春風と共に舞い戻ってきた。今度は名誉指揮者の称号をひっさげ、4月の定期公演に3つのプログラムで登場。筆者が足を運んだ日はリヒャルト・シュトラウスの“アルプス交響曲”と交響的断章“ヨセフの伝説”という重量級の演目をこなしていたが、その後者について彼は、「不当に低く評価されてきた作品だが、真価を発揮するには優れたオーケストラが必要。N響のメンバーも〈こんなに厄介な譜面は初めて〉と口々に言っていましたよ!」と、手応え十分の口ぶりで語る。こうした〈隠れた傑作〉に光をあてながら、余人では得難いレベルの演奏で世に送り出すのが、パーヴォは大好きなのだ。指揮界の牽引者たる自負心にも支えられた、半ば使命感的行為として。

 その彼が「高度な機能性を要求するレパートリーで、ベストな状態にある楽団のポテンシャルが最大限に発揮された」と笑みを浮かべるN響との最新盤が、2021年9月の定期公演を収めたバルトーク・アルバム。

PAAVO JÄRVI, NHK交響楽団 『20世紀傑作選5 バルトーク:管弦楽のための協奏曲 組曲「中国の不思議な役人」』 RCA Red Seal/ソニー(2023)

 組曲“中国の不思議な役人”は意外にも彼にとって初録音だ。「第一次大戦後の世相の影響下に、原作の舞台のスキャンダラスな題材を通じて、バルトークは〈人間の持つ素晴らしい醜さ〉を描こうと意図した。持ち前の先鋭的な語彙を精緻な管弦楽法で操りながら、そこに粗暴なバーバリズムを融合させている点に私は惹かれます」

 そして“管弦楽のための協奏曲”に備わる偉大さを、「意図的に簡潔な書式をとりながら、表現者として深化を遂げ、重層的なメッセージを発信していること」だとパーヴォは看破する。

 「オーケストラのショーピースという面も備えながら、私はそこに自伝的な要素も認めずにはいられません。曲の随所を彩るハンガリーの田園情緒。祖国への追憶の念も託された第3楽章の〈エレジー〉。第4楽章で引用されるショスタコーヴィチは、自らの不遇な扱いを逆手にとったパロディとも受けとれます。そしてフィナーレを満たす、不屈に輝く精神の営み。これはバルトークの筆が生んだ“新世界からの協奏曲”なのです!」

PAAVO JÄRVI, パリ管弦楽団 『ラヴェル:管弦楽曲集』 RCA Red Seal/ソニー(2023)

 もう1枚の新譜が、パリ管弦楽団とのラヴェル。2010年から2016年まで同オーケストラの首席指揮者をつとめた期間を「人生でも稀有な経験を得る日々だった」と彼は述懐する。

 「特に感銘を受けたのが、この楽団にいわば〈匠の技〉として備わっている、細部のニュアンスを感覚美も豊かなサウンドへ結びつける能力。それがおのずと、フランス音楽の真髄に迫っていく。この国が生んだ作曲家でも、私が最も敬愛するラヴェルを彼らと演奏しながら、本当に多くのことを学びました。パリ管弦楽団の新たな本拠地のホールの柿落としとなった2015年の公演で、“ダフニスとクロエ”第2組曲を、それも合唱を交えて演奏できたことも光栄な思い出ですね」

 その“ダフニス”のライヴ音源と共にカップリングされた3曲にも、それぞれパーヴォらしい視点に基づいたラヴェル解釈が刻み込まれている。

 「なぜか演奏の機会に恵まれない隠れた傑作が“高雅で感傷的なワルツ”。ラヴェルが内心に秘めた暗い部分や、記憶の中に明滅するような心象風景まで伝わってきます。“クープランの墓”はバロックと20世紀の完璧なまでの融合体。その精密なオーケストレーションを再現する上で、スコアへの忠実度は不可欠のものです。そして“ラ・ヴァルス”には、第一次大戦を経験したラヴェルがヨーロッパの社会に向けた痛烈な批判も込められている。硬直した価値観と退廃した精神によって自らの文化を瓦礫に貶めながら、末期の様相で旋回を続ける〈死の舞踏〉にも等しい音楽……」

 作品に向き合う意識と視線はあくまで鋭く、しかし楽団員や聴衆に差し伸べる手は柔らかく包容力に富む。そんな芸域を今や極めつつあるパーヴォ・ヤルヴィが来たる10月、2019年から音楽監督として率いるチューリヒ・トーンハレ管弦楽団との初来日を果たす予定だ。

 「ドイツ音楽を中心とするオーソドックスな演目に示す高い適性は楽団の歴史からも明らかですが、良い意味で特定の色に染まりにくい柔軟性も持つオーケストラ。その本領を実感できるプログラムを用意していますよ!」

 


パーヴォ・ヤルヴィ(Paavo Järvi)
NHK交響楽団首席指揮者、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン芸術監督、エストニア国立交響楽団芸術顧問。1980年、カーティス音楽院に入学し、ロスアンジェルス・フィルの指揮者コースではレナード・バーンスタインに学ぶ。シンシナティ交響楽団音楽監督、フランクフルト放送交響楽団首席指揮者、パリ管弦楽団音楽監督を歴任。2010年には故国エストニアのペルヌにペルヌ音楽祭を創設。ベルリン・フィル、ドレスデン・シュターツカペレ、ウィーン・フィル、フィルハーモニア管弦楽団など、多数の主要オーケストラにも定期的に客演。演奏レパートリーは幅広く、バロックから現代音楽に及ぶ。

 


LIVE INFORMATION
パーヴォ・ヤルヴィ指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

2023年10月16日(月)東京・サントリーホール 大ホール
開演:19:00

■曲目
ショパン:ピアノ協奏曲第1番(ピアノ:ブルース・リウ)
ブラームス:交響曲第1番 他

2023年10月18日(水)東京・サントリーホール 大ホール
開演:19:00

■曲目
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番(ピアノ:ブルース・リウ)
ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」 他

2023年10月15日(日)北九州
2023年10月19日(木)所沢
2023年10月20日(金)富士
2023年10月21日(土)大阪

https://www.japanarts.co.jp/concert/p2033/