世代や地域を超えて〈縁〉を結ぶ音楽家、金延幸子

 日本の女性シンガー・ソングライターの草分け的存在、金延幸子。70年代初頭にアメリカへ移住したあと、一度は音楽から遠ざかっていた彼女は、ある出会いをきっかけにふたたびギターを手にした。いくつかの作品をアメリカでリリースしたあとの98年、彼女は日本へと赴き、日本語の歌詞を中心とするアルバム『Fork in the Road』を制作。それから25年、盟友・久保田麻琴による采配のもと、オリジナル音源に大幅な追加レコーディング&ダビングを施した同作の新ヴァージョンが登場。音楽活動再開までの経緯と、生まれ変わった傑作『Fork in the Road』について、金延本人に話を訊いた。

金延幸子 『Fork in the Road』 コロムビア(2023)

 

フィリップ・K・ディックに勧められて

――まず98年当時、オリジナル版『Fork in the Road』を制作することになった経緯を教えてください。

「私が参加していたバンド、愚のメンバーで友人でもある松田幸一さんのプロデュースで私のアルバムを作りたいという話をいただいたんです。それでいったんデモテープをレーベルに送ったんだけど、アメリカで作った曲だったから、歌詞が英語だった。そしたら、リリース元のシールズ・レコードの秋山(光雄)さんから〈これ、全部日本語にできませんか?〉と提案されたんです。けど、それがすごく難しい作業で(笑)! 私、若い頃に日本を離れちゃったから、あんまり日本語が得意じゃないんです。だから、子どもが話すような日本語を元に、お友達に手伝ってもらいながら歌詞を作っていきました。例えば“Dreamer”っていう曲は、当時、ビートルズの写真集を眺めながら〈I Need You〉って歌って子どもを寝かしつけてたのが元になっていて(笑)。なんとなくほのぼのしているでしょ。でも〈I Need You〉という言葉を本当は愛する人の口から聴きたい……っていう気持ちも込めてます」

――ここに収められた曲は、いつ頃に書かれたものなんでしょうか?

「すべて70年代後半以降に出来たものです。それまで2人の子育てをやっていて忙しくて、ギターもクローゼットにしまったままだったんです。あるとき、当時の夫ポール・ウィリアムス(著名なアメリカ人音楽評論家)の友人であるSF作家のフィリップ・K・ディックがカリフォルニアの我が家に遊びに来たんですけど、そのときに彼が『み空』のレコードを聴いてくれたんです。じっと集中して聴いてくれてね。終わったら、〈君には才能があるから、ぜひまた音楽をやるべきだ〉と熱心に勧めてくれたんです。そこからですね。またギターを手にして曲を作りはじめたのは」

――すごいエピソードですね。

「フィリップは音楽がとても好きで、女性のシンガーをプロデュースしたいって夢を持ってたみたいなんです。それで、彼の後押しで作ったのが、81年のシングル『Fork in the Road/Tokyo Song』。“Fork in the Road”は、もともとそのシングルのために作った曲だったんですよ。私、その頃は英語も全然上手くなくて、いわゆるブロークン・イングリッシュしか喋れなかった。歌詞もそんな感じだったんだけど、〈こんなので大丈夫かな?〉ってポールとフィリップに訊いたら、〈むしろそれがいいんだよ!〉と言われました。フィリップは、私のその後の人生にとって本当に守護天使のような存在でしたね」

――今回のアルバムにはさまざまな世代や地域のアーティストが参加しています。どうやってそうした多様なメンバーが集まったのでしょうか?

「本当にいろんな偶然が重なった結果なんです。今回の再録音に参加してくれたスティーヴ・ガンと出会ったのも、共通の友人を通じてでした。素晴らしいアーティストで、前から彼の音楽が好きでよく聴いていたんです。彼と会ったとき、〈サチコはもっとライヴをやるべきだよ〉と言ってくれて、実際に私のステージをサポートしてくれたんです。カーウィン・エリスは、私の誕生日にお祝いのメッセージを送ってきてくれたのが知り合ったきっかけ(笑)。気になって彼の名前をネットで調べたら、〈すごく素敵な音楽をやってるじゃない!〉って」

――日本人バンド、幾何学模様のメンバーの参加も目を引きます。

「彼らはね、一度アメリカ・ツアーのオープニング・アクトとして私を誘ってくれたことがあるんです。ブッキング・エージェントから写真と音源を送ってもらったんだけど、まるで現代人とは思えない長髪でヒッピーのような見た目にびっくりしました(笑)。結局そのライヴは移動の難しさから断ってしまったんだけど、しばらくあとに、カーウィンが自分でやっているネットラジオで日本のバンドの曲をかけていて、気になってネットでライヴ映像を観てみたんです。そしたら、〈あのときの長髪のバンドじゃない!〉って(笑)。すごくおもしろいパフォーマンスをしていて、すっかりファンになっちゃいました。そういう若いミュージシャンを見つけると(久保田)麻琴ちゃんにすぐ知らせる習慣があるんだけど、ちょうどそのあと、麻琴ちゃんが携わっていた裸のラリーズのリイシュー盤のリスニング・パーティーに幾何学模様のメンバーが遊びに行って、その場でお互いが繋がったみたい。これも偶然」