時代を味方につけた男が改めてアコースティックなピアノ・トリオで臨む、エクスペリメントの先にある風景。伝統と革新のサイクルの狭間で風雲児が選り抜いた過去の遺産――そのヴィジョンとメッセージとは?
「〈Black Radio〉シリーズで得た収穫は、たくさんの新しいファンだ。それも、ジャズ・ファンではなくR&B/ヒップホップのファンだ。俺としては、そうした新しいファンにジャズ・トリオというものを紹介したかった。それも、彼らが知っている曲で、ジャズ・トリオに触れてもらうのがいちばんいいと思ったんだ。ただデューク・エリントンを演奏してるばかりじゃ、彼らにジャズを好きになってはもらえない。理解してもらえないからね。だから、彼らが知っている曲でやろうと思った。どれも俺のお気に入りの曲だから、俺も演奏していて楽しいし。俺は各アルバムに違った個性を持たせたいと思っているから、今回も何かこれまでとは違ったことをやりたいと思ったのさ」。
〈ただデューク・エリントンを演奏してるばかり〉のような近年の作品がどれほど世に出ているのかは知らないが、こうした挑発的とも取れる発言を繰り返すことである種のリスナーが喜ぶのだとしたら、彼にとっては思い通りのコミュニケーションが成立しているということなのだろう。エクスペリメントで制作したネオ・ソウル・アプローチの快作『Black Radio』(2012年)とその続編がグラミーのR&B部門を連続受賞するという成果も生んだロバート・グラスパーの新作は、かつて出世作『In My Element』(2007年)を共に作り上げた、ヴィセンテ・アーチャー(ベース)とダミオン・リード(ドラムス)とのアコースティックなピアノ・トリオ編成によるカヴァー作『Covered』。しかも、録音方式はキャピトル・スタジオでのライヴ・レコーディング。かつて〈ボナルー〉にトリオで出演した際のライヴ音源はあったものの、本人が主導した作品という意味では初のライヴ・アルバムという捉え方もできるわけだ。
興味深い収録曲は、自身のオリジナルも交えつつ、レディオヘッド“Reckoner”、ジョニ・ミッチェル“Barangrill”のようにジャズ・ミュージシャンらしい越境感覚の滲むナンバーから、ミュージック・ソウルチャイルド“So Beautiful”やジェネイ・アイコの“The Worst”、ジョン・レジェンドの“Good Morning”、盟友ビラルの“Levels”といったR&Bアクトの楽曲までがチョイスされている。
「アレンジについては、原曲のサウンドを損なわないように気を付けた。アレンジしすぎてR&B/ヒップホップのリスナーが理解できないようなものにはしたくなかったんだ。ジャズ・ミュージシャンの多くがそれをやるんだよな。彼らがR&Bの曲を演奏すると、まったくR&Bじゃなくなるという(笑)。〈おい、いまのがスティーヴィー・ワンダーの曲だって? 嘘だろ?〉みたいな感じでね(笑)。元の楽曲が良いなら、何も変えない。もし変えるとしても、ほんの少しだけ。今回はそう思ってアレンジしたよ。このアルバムを作るにあたり、ハードコアなジャズ・ファンのことは頭になかった。すでに彼らは僕を応援してくれているからね。今回はハードコアなジャズ・ファンでない人たちのためのアルバム、というか、良い音楽を好む音楽ファン全般のためのものと言えるだろうな。良い音楽が好きな人なら、このアルバムを気に入ってくれると思う」。
そんな今作ではあるが、全体の印象に大きく作用するのは、ハリー・ベラフォンテを迎えたオリジナル曲“Got Over”とケンドリック・ラマーを取り上げた“I'm Dying Of Thirst”の続く終盤の展開に違いない。白人警官によって相次いだ非武装の黒人青年の射殺事件に対し、子供たちのナレーションで静かに拳を掲げるような後者の重い仕上がりは、グラスパーがミュージシャンとして現代アメリカを生きる存在であることを改めて思い起こさせてくれるものだろう。
「俺はただ、いまの時代を記録したかっただけだ。マーヴィン・ゲイ、アレサ・フランクリン、ニーナ・シモン、アイズレー・ブラザーズ、ダニー・ハサウェイ、スティーヴィー・ワンダーらは、時代を象徴し、アメリカの社会状況を描写した歌を持っていただろ? だから、いまの時代を記録することが重要だと思ったのさ。俺はあまり政治について発言するタイプじゃないけど、音楽を通じてできる限りメッセージを伝えたいと思ってる。話すより音楽のほうがメッセージが伝わるという人たちもいるしね」。