『劇的舞踊カルメン』は、舞踊×演劇から生み出される、愛と死の物語りの“物語”
「これまでの10年間、作品を創る過程でいろんな手法を使ってきました。『カルメン』ではそれらを全部用いています」と金森穣は言い切る。――ベジャール門下から優れたダンサーとして羽ばたき、ヨーロッパ各地で活躍しながら振付の才能も開花させていった彼が、りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館に舞踊部門芸術監督として迎えられ、日本で初めての劇場専属ダンス・カンパニー〈Noism(ノイズム)〉を設立、猛然と走り出したのが2004年のこと。来たる6月に初演される劇的舞踊《カルメン》は、身体表現の生きる斬新な時空をダイナミックに拓き続け、常に鋭い問題意識とともに観客を惹き込んできた金森穣とNoismの10年を集大成する‥‥いや、全てを呑み込み新たな次元へ進む作品となるだろう。
『カルメン』といえば、ビゼー作曲のオペラ。金森穣の新作も、音楽はすべてビゼーだ。非常にオリジナルな想像をつかみ出してきた彼が、このようにしっかりと原作を持った作品を手がけるのも極めて異例だが、そこは金森。これまでの舞台化とはまったく視点が違う。
「プリセツカヤやマッツ・エックによる振付などいずれも、ホセとカルメンに焦点を当てたものですが‥‥」と金森は自身の舞台化のポイントを語る。「私の振付は、あくまでメリメの原作小説からオリジナルの脚本を書いています。オペラには出てきませんが、原作は最初〈旅する学者〉の視点から語られている。学者がホセと呼ばれる男に出会い、彼が語るカルメンとの物語に転化するとき、語りの一人称はホセになる。‥‥この、人称も変わり時間軸も飛躍するという構造に凄く刺激を受けました」
‥‥ホセが語った物語を学者が語る、という〈物語の物語〉。ただの聞き書きではないユニークな重層性と飛躍をはらんだ小説の面白さを、ビゼーのオペラはばっさり切り落として〈ホセとカルメンの物語〉に集約した。もちろんそれゆえに求心力を生んだのは確かだが、まさにその排されたところに惹かれた金森は、今回の劇的舞踊で「〈語られた物語の "物語" 〉という虚構の真理を追究したい」というのだ。
「バレエであれオペラであれ、お客さんはそれをひとつの完結した世界として額縁越しに見るのが普通ですが、今回の舞台ではその間に〈旅する学者〉がいる。学者が見ている舞台があり、学者もまた舞台の中に入っていく。お客さんとの間に彼がいることで、出来事を別の次元から見ることができるんです」
そこで、金森作品では初めて、ダンサーだけではなく役者の存在が必要となった。カルメンの物語と観客との挟間を行き来する〈旅する学者〉。
「役者さんもあくまで〈身体〉なんです。もちろん発せられる言葉には社会的な意味が付与されるのですが、呼吸や立ち姿によって声音もさまざまありますし、声を発している瞬間は身体表現である、ということは重要です」
この重要な役は、SPAC―静岡県舞台芸術センターの専属俳優、奥野晃士が演じる。
「言語化されない身体表現とお客さんの間に、言語を用いる表現者をひとり介在させることで、メリメの原作の持つ多層的な物語をお届けできると思います。――カルメンたちを生身の人間が演じるという虚構と現実、そこから一歩出たところにいる〈旅する学者〉の虚構と現実。それらが波のように押し寄せたところに、舞台芸術の虚構性がある種の現実を呑み込むような‥‥それが演出家としての野心です」
カルメン役は、Noism結成以来のメンバーであり、金森作品と一心同体の井関佐和子
タイトルロールであるカルメン役は、Noism結成以来の重要メンバーとして常に重要なパートを踊り、金森作品と一心同体というべき名ダンサー、井関佐和子。2010年からはカンパニーの副芸術監督も務める。
「この物語、そしてこの音楽で踊りたいとずっと思っていたんです」と意気込みを語る井関。「でも、自分の浅い知識という壁にまずぶち当たりました。カルメンの一般的なイメージといえば、紅い薔薇をつけて派手な振る舞いをする女性ですよね。ところが原作を読んでみると、薔薇が出てこないんです」
金森「薔薇くわえて踊りたかった?(笑)」
井関「ちょっと演りたかったですけど(笑)、なによりビゼーのあの音楽で踊ってみたかった。でも、私が勝手にイメージしていたカルメンが象だとしたら、原作のカルメンは子鹿に思えたんです。‥‥子供っぽくしないで、ってよく言われてるので気をつけないといけないんですけど、そこには女性性以上のものがあるように思えたんです。オペラではホセの心情を通していろんなものを見ていたので、原作を読んで、カルメンは何を考えていたんだろう、と深く考えるようになりましたし、彼女を好きになりました」
井関佐和子にとって、カルメンというある意味で既存のキャラクターを演じることは、これまでの金森作品とも違うアプローチになるのでは‥‥と尋ねると「これが穣さんが創ったオリジナルの物語だったらそれに凄くのめり込んでゆくと思うんですけど、これだけ世の中で広く知られて、凄い数のカルメン像があるわけじゃないですか。だから逆に開放感がありました」と言う。「何でもいいんだ、そこから私自身が見つけていけばいいんだ、と」
振付に先立って、公演のイメージを鮮烈に象徴するポスター撮影が先におこなわれた。手足を広げて地面に這いつくばりながらこちらを見上げるカルメンを真上から捉えた写真は、落下の重力に激しく抗するようにも見える意味深長な構図だ。
井関「撮影では、カルメンという女性のイメージを模索しながらいろいろ演ってみたんですけど、穣さんはずっと『違う』って言い続ける。最終的には『土を食べろ』と言われて(笑)。それで穣さんの求める獣的な女性が、創ろうと思わずに自然に出来てきた」
金森「カルメンが野性で、ホセが理性。彼女は社会的規範から逸脱しているがゆえに、エリートに生まれて頑に生きてきた男が翻弄されてしまうんですね。カルメンの持つ過剰な喜怒哀楽が、ある種の野性としてひとりの舞踊家の身体から発せられるのを、見たい。舞踊家がそれまで知らなかった自分に出会う瞬間、私が見たことのない輝きを発する瞬間を欲するんです。それが創作の醍醐味であり苦難でもあるんですけど」
先入観を大きく超えてゆく舞台――しかし音楽は、敢えてビゼーのみだ。ただしオペラ原曲ではなく、オーケストラ用に編まれた数々のアレンジを巧みに組み合わせてゆくのが、さすが金森。まず音楽を離れて原作から台本を書き下ろし、そのうえでシーンに合わせて選曲していったところ「結果的にはオペラにあるほとんどの曲を使っていると思います」というから相当のボリュームだ。
「ただ、有名な組曲版[ビゼー&ギロー編曲]は使っていないんです。シチェドリンが[プリセツカヤ振付の]バレエ用に編曲した組曲と、モートン・グールドがオーケストラ用に編曲した版をメインに、ホセ・セレブリエール編曲[《カルメン交響曲》]からも使っています。――編曲によって使う楽器が違えば、メロディは同じでも豊穣感もインパクトも違いますから、その対比も利用したりしています。あるいはオペラで使われたのと違うシーンで使っていたり‥‥私は音楽家ではないので自由にやらせていただいています」とのこと。まさに再構築、聴きなれた名旋律も意外な貌をみせてくれる、金森作品ならではの刺激を期待していいだろう。
「以前の『ホフマン物語』では、物語を伝えることに固執して動きの妙味にエネルギーを注げなかった、という反省点が自分の中ではあります。今回は早いうちからいろんなアプローチで動きを創っているので、いい振付になっています。‥‥ビゼーの音楽で統一されているので、身体的にはいろいろなアプローチをみせたい」
衣装は、リヨンで活躍していた若い頃からの知己で、長らく共同作業の機会を待っていたという新居幸治&新居洋子によるブランド〈Etable of Many Orders〉が担当。美術に木工を活かしたいという金森の希望で、独創的な家具製作で活躍する近藤正樹の作品を‥‥と、これまでの金森作品にひきつづき斬新で美しい舞台美術と振付とが密接にかかわりながら、濃密な時空を生むであろうことも楽しみだ。
日本初の劇場専属ダンスカンパニーとして創り続けることの大切さと難しさ
東京など各地での精力的な公演でダンス・ファンを驚かせ続けながら、あくまで本拠地・新潟でダンスを生き、創り続けることの大切さと困難と。首都圏以外の街でカンパニーが成り立つことはヨーロッパでこそ珍しくないが、日本では初めてのことだった。しかし、新潟の誇るべき創造の現在進行形として豊穣を産み続けてきたNoismが、10年から先もさらに舞台芸術の喜びを(街と共に!)発信してゆく、その可能性をもさらに拓く機会になるのではないだろうか。今回はプロフェッショナル・カンパニーとして活躍する〈Noism1〉に加えて、2009年に設立された付属研修生によるカンパニー〈Noism2〉との合同公演。まさに総力戦だ。
金森「10年の実験にすべてつきあってきたのは、この人[井関]だけなんですよ(笑)。初期作品の頃にやっていたアプローチを今やると、皆てんてこ舞い。だけど知らないが故に新しいものが出て来たりして、面白いことになっています」
井関「昨日やったことが今日全然違ったりしてますが(笑)」
金森「もっと良くなるかも知れない、という可能性を捨て切れないんです。最終的には決断しなければいけないんですけど、自分の想像もしなかったようなものに出逢いたい。このプロセスで重要なのは、最初から〈どうせ明日変わるだろうな〉じゃ駄目なんです。これ以外ない、と演ってもらって、次の日に変える。それも、これ以外ない‥‥という繰り返しなので面倒くさいとは思うんですけど(笑)そういうことでしか見えてこない。頭の中にあるものをかたちにするんじゃないんです。イメージはきっかけにすぎなくて、あらわれたものが何に見えるか、が最終的に重要なのであって、できるだけ多くのアプローチをして、見えてきたものの中からいいものを選んでいかないと意味が無い。俺こういう風に思います、というのを演りたいわけじゃない」
振付家を深く刺激し続けてきた井関も、ダンサーとしていよいよ素晴らしい時期に来ている。
「いま、いい時期だと思うんですよね。内側と外側のバランスが取れ始めている。と言うと安定したようにきこえるかも知れないけどそうではなくて、振り子がもの凄い離れたところで振れている、一番いい時期。それを存分に活かしてほしい。こちらもチャレンジですね。驚いてほしいし、驚きたいし、もっと輝いてほしい。自分の中にあるカルメンになってほしいわけじゃなくて、この人の中の野性を見たい。人間であれば誰の中にもあるものを見たい。根源的な野性と自由を、佐和子を通して見たい」
金森穣(かなもり・じょう)
演出振付家、舞踊家。ネザーランド・ダンス・シアターⅡ、リヨン・オペラ座バレエ、ヨーテボリ・バレエを経て、’03年には初のセルフプロデュース公演『no・mad・ic project ~ 7 fragments in memory』で朝日舞台芸術賞を受賞。一躍注目を集める。’04年りゅーとぴあ舞踊部門芸術監督に就任し、劇場専属舞踊団Noismを立ち上げる。近年ではサイトウ・キネン・フェスティバル松本での小澤征爾指揮によるオペラの演出振付を行う等、幅広く活動している。平成19年度芸術選奨文部科学大臣賞、平成20年度新潟日報文化賞ほか受賞歴多数。
井関佐和子(いせき・さわこ)
舞踊家。Noism副芸術監督。スイス・チューリッヒ国立バレエ学校を経て、’99年にネザーランド・ダンス・シアターⅡ(オランダ)に入団。’01年、クルベルグ・バレエ(スウェーデン)へ移籍。’04年、Noism結成メンバーとなり、金森穣作品においては常に主要なパートを務め、現在日本を代表する舞踊家のひとりとして各方面から高い評価と注目を集めている。’08年よりバレエミストレス、’10年よりNoism副芸術監督も務める。
Noism設立10周年記念 Noism1&Noism2合同公演
CARMEN 劇的舞踊カルメン
演出振付:金森穣
音楽:G.ビゼー〈カルメン〉オーケストラ版&組曲版&交響曲版より
衣装:Eatable of Many Orders
家具:近藤正樹
映像:遠藤龍
出演:Noism1 & Noism2、奥野晃士(SPAC-静岡県舞台芸術センター)
[新潟公演]
6/6(金)19:00開演 7(土)17:00開演 8(日)15:00開演
会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館〈劇場〉
www.ryutopia.or.jp
[神奈川公演]
6/20(金)19:30開演 21(土)17:00開演 22(日)15:00開演
会場:KAAT神奈川芸術劇場〈ホール〉
www.kaat.jp
[兵庫公演]
6/27(金)19:00開演
会場:兵庫県立芸術文化センター〈阪急中ホール〉
www.gcenter-hyogo.jp