INTERVIEW

ENO・HYDE 『Someday World』(1)

ブライアン・イーノとアンダーワールドのカール・ハイド――大きな2つの才能が出会い、互いの時間や音楽的な価値観を共有しながら、いまリスナーを幸福なアナザー・ワールドへと導く!!

ENO・HYDE 『Someday World』(1)

〈コマンド+Z〉は使用しない

 片やアンビエント・ミュージックの提唱者で、ポップ・フィールドでのプロデュース業もこなし、電子音楽の巨匠として確固たる地位を築いているブライアン・イーノ。片やクラブ・ミュージック・シーンで数々のアンセムを生み出し、世界中のビッグ・フェスに引っ張りだこのモンスター・アクトとして名を馳せるアンダーワールドのメンバー、カール・ハイド。意外とも思われるこのコラボレーションはいかにして生まれ、そして何を作り上げたのか。最初の出会いは95年。2人は音楽やアートに対する考え方に、多くの共通点を見い出したそうだ。実際に共同作業を行ったのは、イーノの即興ライヴ・プロジェクト〈Pure Scenius〉にハイドが参加した2009〜2010年のこと。それ以来、イーノのスタジオにハイドが顔を出すようになり、彼らはポリリズムの実験を重ねていった。

ENO・HYDE Someday World Warp/BEAT(2014)

  「その実験を私は〈ライクティ〉と呼んでいた。スティーヴ・ライヒフェラ・クティの合成語だね。私があるトラックを引っ張り出してくると、カールは私のギター──大抵の場合、特異なチューニングが施されていて、奇妙なエフェクト装置に繋がれていたね──を手に取り、驚くべきプレイを披露してくれた。それで火が点いたんだ。彼がスタジオにやって来ると、すべてが活き活きと輝きはじめたよ」(イーノ)。

 もちろんハイドも、イーノとの相性の良さをかねてから感じていたようだ。

「循環性アフリカ音楽に対する僕の愛は、テクノへとダイレクトに繋がっている。ブライアンがベーシックなトラックを聴かせてくれた時、僕は青春時代にずっと大好きだった、あの素晴らしい循環性の音楽を思い出したんだ。まるで故郷に帰ったかのようだったよ」(ハイド)。

 こうした思いつきのようなセッションをスタート地点とし、それをファースト・アルバム『Someday World』として完成させる過程において、2人の間で〈反正常化ルール〉を設けたらしい。

  「〈丘の上に街を造ろう〉というのがそのひとつだった。このルールが生まれたのは、興味深い建築物の多くが地形的な制約のある街のなかに建てられていると気付いたからだよ。そしてわれわれは同じことを音楽でやろうとした。特異で不規則な音楽の地質を作り、それに沿ったものを形にしようと。ルールは他にもいろいろあった。〈音楽を回避する〉〈田舎の少年のファンクを〉〈自作の楽器のみを使用〉〈冷酷なまでに均衡したエネルギー〉〈立ったまま作業する〉〈ソーセージが調理されるのを見守る〉〈人生では同じことを二度と起こさない〉〈強い感情のみを〉〈毎日が新しい日〉〈シェフィールドの住人を驚かす音楽を作る〉といったものだ」(イーノ)。

  いかにもイーノらしい言葉とやり方だ。これらのルールは、そのままアルバムのコンセプトに繋がっている。具体的に言うとコンピュータライズドされた現代の音楽制作への反骨心、といったところか。

  「前コンピューター時代のレコーディング・セッションのような感覚が多分にあったよ。僕らが固執したのは〈コマンド+Z〉を使用しないことだった。操作の取り消し/元に戻すことはなしだったんだ。部分的に修正することはお互い了解していたけど、無制限にやり直していくことや、ミックスまで決断を先延ばしすることは禁止した。僕らはコンピューターを、制限のないレコーディング機材というより、むしろテープレコーダーとして使用していたね」(ハイド)。

 

驚くほど輝かしく、歓喜に溢れた音

  『Someday World』には弱冠19歳の無名の俊英、フレッド・ギブソンがプロデューサーとして抜擢されており、イーノとハイドの化学反応における重要なパートを担っている。

  「技術的な手腕はもちろんのこと、フレッドは素晴らしい感性も持っている。われわれだけでは辿り着けなかった場所へと、彼は導いてくれたね」(イーノ)。

 そうイーノも絶賛するフレッド・ギブソンの名を、この機会にぜひ覚えておきたいところ。そして、まさに親、子、孫くらいにあたる3世代によって制作されたアルバムは、ポリリズミックなアフロビートやミニマリズムに抽象的な電子音のアレンジを加え、全体的には非常にポップな印象を与えてくれる。ファイルの交換をしただけのコラボレーションがあたりまえとなっている音楽シーンにあって、直接的な共同作業に徹して作られた本作から溢れ出る昂揚感は、同プロジェクトがうまくいったことを示しているかのようだ。

  「われわれが共有する心地良いムードから生まれたサウンドは、驚くほど輝かしく、歓喜溢れるものだった。おそらくカールもこれほど幸福感に満ちたアルバムが出来上がるとは予想していなかっただろう」(イーノ)。

  「ブライアンは次々とアイデアを出してきた。彼は創造性への純粋な愛と情熱を常に維持していたんだよ。もちろんそれは〈ヒットを作ってやろう〉といった捻くれた欲望とは無縁だ。結果に囚われることもない。彼は作品が出来上がる過程を大事にしていて、その現場に立ち会えることが喜びなんだ。思うに『Someday World』は、期待通りのものを作ろうとしたレコードではないんだよ。というのも、それは常に心の通った共同作業の産物をめざしていたからさ」(ハイド)。

 本作には、イーノの75年作『Another Green World』ともどこか通じるものを感じる。あのポップな音世界にハイドの開放感がうまく溶け込んだような……。イーノはこれまでロバート・フリップクラスターハロルド・バッドデヴィッド・バーンなどと素晴らしいコラボレーションを繰り広げてきたが、今後、ハイドとのコンビでも楽曲制作を続けていくのだろうか。『Someday World』を聴いた誰もが、この2人による次の展開を期待せずにはいられないだろう。

 

▼参考作品

左から、スティーヴ・ライヒの98年作『Steve Reich: Music For 18 Musicians』(Nonesuch)、フェラ・クティ&アフリカ70の77年作『Zombie』(Celluloid/Knitting Factory)

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